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都営地下鉄大江戸線は、光ヶ丘~都庁前間を”6”の字ルートで運行されている。
なぜJR山手線のように環状ルートにしなかったのか?
光ヶ丘~都庁前が中途半端に伸ばしたのは理解できない。

A 回答 (2件)

都営大江戸線の建設が始まったとき、その線形は、環状線+枝線となる計画だった。


六本木方面からきた電車は、新宿駅の次には新宿西口駅へ向かい、そのまま飯田橋方面へと抜けていく。まさに環状運転を行うはずだった。
そして、新宿駅からは、練馬方面への枝線が分岐するはずだった。
そのため、新宿は、環状線と枝線の交わるターミナルとして、2面4線(ホーム2本、線路4本)を備える計画だった。

ところが、バブル期の地価上昇、とりわけJR新宿駅周辺の地価高騰は著しく、2面を有する広大な大江戸線新宿駅の土地取得費(地下駅であっても、地価の占有部に対応する地上部の土地の買収費あるいは使用料が発生する)が予算を大きく上回る見込みとなった。
既に路線建設費で予算をオーバーしている状況で、この莫大な土地代を負担することは、東京都といえども困難であった。

そのため、地価の少しでも安い西新宿の都道直下にターミナルを建設することとした。これが都庁前駅だ。
六本木方面からも飯田橋方面からも都庁前駅に向かわざるを得なくなったため、この段階で環状運転案は止む無く放棄された。

ところで、大江戸線の路線名称についてよく知られた事実だが、
「都営地下鉄12号線路線名称選考委員会」が、一般公募をもとに、「東京環状線」という名称をいったん決定したにもかかわらず、
石原都知事が「環状運転もしていないのに紛らわしい名称を用いるとはけしからん」と怒り、名称案を委員会に差し戻している。
確かにこれは事実だが、もう一つの事実もあわせ語られないため、ときに単なる石原都知事の気まぐれだと解される恐れがある。
実は石原都知事は、委員会開催前から、「環状運転はしていないのだから、環状という言葉を路線名に用いないように」と都庁の事務方に申し渡してあったらしい。
ところがなぜか、その意向が委員会に伝わっておらず、結果として石原知事の許容できない名称に決定されてしまった、ということのようだ。
(以上、質問者の口調に合わせてみました。)
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以前、落合南長崎に住んでいたため、よく利用していました。


懐かしいです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B1%9F% …
こちらに詳しくかかれています。

目白の辺りの土地の取得に失敗した、予算不足、都庁職員の思惑など、いろいろ重なって、いまの様な中途半端な形になったそうです。

光が丘より先に延長する計画もありますが、赤字がすごいみたいで、実現するかどうか・・・
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