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質問です。
1/3を少数に直したときの、3がずーっと続くものとか、
微積分の定義で、無限に分割とかありますが、
ずーっとはっきり理解できなくて困ってました。論理的には一応分かりますが。
最近、無限は、ダイレクトに人が捉えることができるものじゃないと思ったのですが、数学が得意な方はどうなのでしょうか?
無限集合の濃淡や、ほかには・・例えば、僕が2次元空間として理解していたのは、それはある種の近似であって、まず限定された有限の大きさの2次元空間を無意識に想像していて、それが、把握はできないけど、無限大に拡大したもの、として捉えてるなーと思ったのですが、他の方も同じですか?
素朴な疑問として、4次元立方体や、この無限とかも、ダイレクトにイメージできる人って、もしかしていませんか?
どうもこうじゃないのかと思えてならないのですが、直観による把握の限界について、多分議論はされている気もしますが、直接伺った方が確かかなーと思ったので。
高校で微積分を習って以来の疑問です。
お返事お願いいたします。

A 回答 (2件)

その通りです。


ほとんどの数学者は無限を考える事ができることを前提にしています。
このようなことは本当にやっていいのかということを
主題にした本で野矢茂樹著「無限論の教室」はお薦めです。
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この回答へのお礼

そうですか! わかりました~!

そうですよねー僕だけ、無限を直接味わえてないのかと思って、なんかちょっと引け目があったんですが、安心です。

ブルーバックスとかで無限の本を借りて読んだことはあるんですが、
お薦めの本是非探して読んでみたいと思います。
ネットのHPの説明などでは、やはりあまり詳しいことは出ていません。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/03/30 20:34

私の場合は無限は一括して捉えられるものだと仮定して理論を組み立てています。

そうじゃないとなかなか大きく理論を発展させるのは難しいのではないかと思います。例えば無限を一括して捕らえられないとすると実数を定義することができません。
今の数学において実数は「有理数の切断」という概念もしくは「有理数のCauchy列全体の集合」として定義するので、すでに定義に無限の操作を仮定しています。実数が定義できないとすると有名な数Πの存在も否定することになるので非常に困難な状況と言えます。
だから少なくとも私は無限という概念を考えられると仮定して集合を扱っています。例えば√2なら負の数または2乗して2より小さい正の有理数を下組として持つ有理数の切断として考えます。これはそれほど想像できないものではないと思うのですがどうでしょう?恐らく現代の数学者の大半は無限の概念を少なくとも[実数のレベル」では一括して考えられるものとして扱ってるはずです。一括して考えられるとすると2次元空間も近似じゃなくて一気に全体をイメージしてます。でもたまに証明する時に局所的に扱わないと値が無限になってしまって駄目な時もありますが、例えばケプラー予想とかそうですよね。4次元空間もイメージする時は少しずつ基本的なことを証明していってやっていい操作というのを少しずつ積み上げていきます。これが4次元をイメージすることだと思います。

この回答への補足

回答ありがとうございます。
お返事遅くなり済みません。
つまり、肌で感じることはできなくても、概念としての無限はありですし、無限を直接捉えるのでなく、無限という概念が存在することを決めて、数学は取り組んでるということでしょうか?
そうすると、それは、「公理」みたいなものでしょうか?
つまり、証明なしの、共通認識としての概念、のような?
違ってるかな~? 
前提としてあるんだ、と決めてるのなら、それはそれでなるほど、なんですが・・・。

補足日時:2008/03/30 01:54
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