街中で見かけて「グッときた人」の思い出

サンフランシスコ条約において「裁判」と訳すか「判決」と訳すかで論争があり、過去の質問を見てもいろいろな意見がなされております。最近になって知ったのですが、仏文では。”「accepte les jugements」この後に、「言い渡された」を意味する「prononces」が付いている、だから「判決」と訳すのが妥当だ”との主張を聞いたことがあります。しかし、この話をそのまま鵜呑みにしてよいのでしょうか?といいますのも、英文の訳についての過去の質問をみても、「何々の辞書ではこの様な意味が書かれている」とか「東京裁判の判決には仕掛けがあった」とかいうものがありますが、そのほとんどが文法や前後の文章との論理関係をまったく無視して自説を主張されておられる方ばかりでした。英単語一つに日本語訳が一つあるというのではなく、bookを「本」と訳すか「予約する」と訳すかは文法を考える必要がありますし、takeを「(手に)取る」と訳すか「盗む」と訳すかは前後の論理構造に着目する必要があります。このような考え方は仏文を読むときも同じだと思います。問題の「prononces」ですが、確かに英単語でも「pronunciation」という単語がありますのでおそらくは何かを発声するという単語ではないかと推測できます。しかし、私はフランス語がまったくできないので「prononces」があるからといって「言い渡された判決」と訳していいのか分かりません。フランス語に詳しい方からの回答をお願いします。ちなみに、ネットで調べたのですが、サンフランシスコ条約の仏文全文を見つけることができませんでした。見つけられたのはごく一部です。もし、全文読まなければ判断できないと仰られる方がおりましたら、回答にてその趣旨を教えてください。(以下が私の見つけた仏文の一説です。)
 Le Japon accepte les jugements prononc s par le Tribunal Militaire International pour 1´Extr me-Orient et par les autres tribunaux alli s pour la r pression des crimes de guerre,au Japon et hors du Japon,et il appliquera aux ressortssants japonais incrarc r s au Japon les condamnations prononc es par lesdits tribunaux.

A 回答 (2件)

法律学の厳密な知識はありませんが、 フランス語の表現として"les jugements prononce's"(e'のところはeの上にアクセント記号が付きます)が「言い渡された判決」を意味することは疑いありません。


仏語の動詞prononcerは英語の動詞pronounceと同じく発音・発話・言明・宣言するなどの意味があり、prononcer un jugementは「判決を言い渡す」という意味で使われる表現です。(英単語pronounceも判決を申し渡すという意味で使いますね。)prononce'はその過去分詞(複数形にかかっているのでsが付きます)ですからpar(英語のby)~の法廷(極東軍事法廷とその他の諸法廷)によって「言い渡された諸判決」という意味です。

既に過去の質問を参照されているようですから、繰り返すまでもないでしょうが、「裁判」と「判決」を区別して「判決は認めたが裁判は認めていない」とか、その逆とかを言うのは、あまり意味があるとは思えません。国家として判決を承認するとは、裁判の正当性を承認することにほかなりませんし、「気に入らない判決なら従わない」というのなら、そもそも裁判の正当性や管轄権を認めていないことになりますからね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます!

詳しい説明感謝します。

lang-langを疑うわけではないのですが、一応セカンドオピニオンも聞きたいので回答の締め切りを先に延ばさせていただきます、どうかお気を悪くなされないようお願いします。

>、「裁判」と「判決」を区別して「判決は認めたが裁判は認めていない」とか、その逆とかを言うのは、あまり意味があるとは思えません。国家として判決を承認するとは、裁判の正当性を承認することにほかなりませんし、「気に入らない判決なら従わない」というのなら、そもそも裁判の正当性や管轄権を認めていないことになりますからね。

法律には無学で「裁判」と「判決」の法的な差がどのようなものなのかが分からないので、上記の記述については私は感想を述べることができません。

ただ、「裁判」と「判決」についての論争については3つのタイプの人たちがいます。

1.「裁判と訳すのが妥当、あるいは裁判とも判決とも訳すことができる」と主張する人

2.「訳としては判決と訳すのが妥当、しかし判決と訳しても結果的には裁判と訳したときと法的意味は同じである」と主張する人

3.「訳としては判決と訳すのが妥当、判決と訳した場合と裁判と訳した場合とでは法的意味はまったく異なる」と主張する人

lang-lang様の回答を読むとlang-lang様は上記の1.のような人の主張には当然賛同しないと思います。私が確認したいのは「1.」か「2.と3.」のどちらの側が語学の知識が欠如しているにもかかわらず発言しているのかを確認したいだけです。決して2.と3.のどちらが法的知識が欠如しているにもかかわらず発言しているのかを確認したいのではありません。

お礼日時:2008/05/04 23:34

記すのを忘れましたが、仏語版の条文はフランス外務省のサイトにあります。

(ちょっとサーバーの反応が悪いようですが。)厳密な意味での「正文」はJournal Officiel(官報)によらねばならないようですが、表現を知るには十分でしょう。

http://www.doc.diplomatie.gouv.fr/BASIS/pacte/we …

この回答への補足

セカンドオピニオンを希望しておりましたが、おそらくlang-lang様の説明にあえて加える点がないか、あるいは反する意見がないかのどちらかだと思いますので、これ以上はセカンドオピニオンを待たずに質問を締め切らせていただきます。

補足日時:2008/05/18 18:02
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます!

仏語版の条文、あったんですね。

語学力のある人とない人とでは得られる情報の差があまりにも大きいことを痛感させられました。

お礼日時:2008/05/04 23:36

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