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 江戸時代や平安時代等の昔の一般庶民は痴漢や猥褻行為や覗きに対してどう思っていたのでしょうか?性犯罪における刑罰は今よりも軽かったのですか?武士や貴族の娘に対する行為ならともかく、一般庶民の娘に対する痴漢や猥褻行為は逮捕・処罰しなければいけない犯罪行為として認識されていたのですか?
 仮に自分がタイムマシンで何百年前の時代にタイムスリップして、道を歩いている若い庶民の娘に話し掛けて、体を触ったりしたら、どうなると思われますか?
 

 
 

A 回答 (4件)

この本おすすめです



江戸の下半身事情 (祥伝社新書 (127)) (新書)

江戸時代の江戸、ないし都会で女の子に公然猥褻するチャンスは当然昼間だけしかありません(夜はプロの女の人しかうろついていませんから、オカネとられます)。で、女の子叫ぶ、野次馬くる、話ややこしくなる、番屋のお役人くる、御用となる、番屋で説教、住所氏名(長屋住まいがほとんどですからどこの長屋のだれそれといいます)聞かれる。場合によっては瓦版屋がその番屋でネタ仕入れて、記事になる。なんでこんなことしたんだ、行くべきところでスッキリしてくればよかったのに、とでも書かれるでしょう。笑い物です。武士だったら、一家の恥となり勘当程度ですめばいいですが(浪人は別)、いい家の人だったら災難があるかもしれません。
逆に言うと江戸時代のお江戸は、そんなことしなくても庶民から武士まで、行くところは多々あったのです。男女比がアンバランスで男だらけの街だったので、独身が多く、そういう人たちのはけ口は、いい商売でもありました。今と違うのは男色もごく当たり前で、美少年専門店もありました。陰間茶屋(かげまぢゃや)といいます。

意外なことですが、明治になって少しは落ち着いたものの、昭和33年に禁止になるまで、赤線と言う公娼制度があったくらいで、その権利を巡って政治家をまきこむ事件が起きたほどです。
戦前の少女クラブという雑誌のおなやみ相談コーナーには、男と関係してしまい子供をはらんだが流産してしまって…… なんて投稿が載っています。
雑談的ですが、ご参考になれば。記憶モードで書いていますので、専門家のご意見も待ちましょう。
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時代と地域によって、そうした痴漢や猥褻行為に対しての対応には大差


があって一概には言えないとは思いますが。
ただ、共通しているのは「よそ者には厳しい」という事でしょう。

同じ村の住民や、地域の住民だったら、村長(おさ)なり、住民による
話合いなりで処罰されるでしょうが、
よそ者が入り込んできて娘にちょっかい出そうものなら、袋だたきか
半殺しでしょうね。

昭和初期、少なくとも大正期以前は、日本は性に関してかなりおおらか
でしたので、夜ばいや独身者の性行為には黙認されてましたが
それはあくまでも女性やその家族が問題にしなければの話。
いやがる娘に性的行為を強要するのは、やはり「村八分」なりの処罰
が存在していました。
妻帯者や既婚女性への性的行為は、どんな場合でもばれたらかなり重い
処罰を覚悟しなければなりません。
村だったら「追放」が充当だったでしょう。江戸期以前だったらそれは
かなりの重罰だった。

ちなみにタイムマシンで過去に行き、道を歩いている娘に痴漢行為
をした場合・・・
その娘が自分のおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんという
可能性が高いですよ。
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平安時代は、庶民は職業ごとにコミュニティがあるような感じで、そこの女の子によそ者がちょっかいだしたら、そのコミュニティによって相応の報復(大概は殺される)をうけるでしょう。



貴族は時によりやっかいで、まず文通、というか和歌を読んで送り、そのセンスで女のほうから返事が来ます。この返事、あからさまに「いや」ならいいのですが、あいまいな内容だと、男は知恵を絞って何がいいたいのか考えて、それに則した内容のお返事出します。で、これをくりかえし、うまく行ったら女官や従者が手引きして、問題なくすすみます。
問題は、当時の貴族でもストーカー的なヤツがいたようで、女の人がいやだ、と返事してもがんばってあの手この手でせまるので、女官が「いっそのことあいつが来るところに姫様のウ◎コおいといてやりましょう」といいますが、姫様がさすがにそれは、と難色を示し、考えたすえに、ウ◎コの色形のお菓子を作っておいておきました。そうしたらストーカー君は、あの姫はウ◎コまでこのようにすばらしいのだ、とますますハッスルという、困った話が残っています。
「兄弟」「姉妹」はよくいたようで、いったんことが成就すればそんなにガチガチにダメでもないようです。国宝の源氏物語絵巻の一シーンに、ダンナが手紙を読んでいるのだが、その手紙がよその女から来たのだと誤解した奥方が後ろから襲いかかろうとしている、で、女官たちはフスマに耳あててドキドキワクワク、なんてやっています。もっとも、えらい人の女に手を出すことは、やはりリスクが大きいことではあったでしょう。都を追放された貴族は、世にいなくなったに等しい存在になりますから。
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今よりもむしろ重い。

密通罪は死罪になる。
日本の現行刑法では性犯罪で死刑は問えないから
昔のほうが重いわけだ。
痴漢行為も、体罰刑が江戸時代はあったから、
捕まれば相応の罰をうけるし、
刑罰は現代よりも重い。
また江戸の治安は任侠団体を含む、自治組織が
握っていたから、タイムマシンでやってきたような
よそ者がトラブルを起こすと、
どうなるかわからない。
人別帳にも載ってないわけで、存在しない人間は
殺されようが売り飛ばされようが、
なんら法的保護はえられないから、
チカンどころの騒ぎじゃない。江戸は閉鎖的社会。
平安時代とかだと、ほとんど無法状態にちかい。羅生門の世界。
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