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英語はI、We、などで一律なのに
日本には私、俺、あたし、うち、わし、わい、おいら、etc…

文化的背景で違いが出たのでは?と
塾の英語の先生が言っていたのを聞き
このことについて論文を書きたいなぁと思うのですが
どうも情報が足りません。

詳しい方いましたら回答お願いします!

A 回答 (11件中1~10件)

 こんにちは。



 二つの要因を挙げます。
 ひとつは 社会文化的な要因です。
 日本人の社会は・つまりその人間関係は 《内と外》に分けて捉えると言われます。
 たとえば 血縁としての身内。あるいは地縁もしくは場縁として うちの学校やうちの会社というような一定の集まり。あるいは外国で 日本人どうしであったり 日本語が通じる者どうしであったりする場合。
 このように一定の範囲で《内》が決まれば その中では 親しみが増し わるく言えば 馴れ馴れしくなります。
 そのとき 自分や相手をどのように呼ぶかは もうどうでもよいとなります。おい そこのちび! とか そののっぽ野郎! であったりします。あるいは おれはおまえで おまえはおれだと言うまでになります。
 実際にも 《われ / なれ / おのれ>おれ / 自分 》などの呼び方は 自称(第一人称)にも対称(第二人称)にもなって使われます。友に向かって 《じぶんは どうなんや?》と言ったりします。
 あるいはまた逆に言って 例に挙げておられる語も その種類としてはけっこう限られています。
 ○ わたくし> わたし。わし。あたし。あちし。あたい。わい。
 ○ おの(己)> おの‐れ。> おれ。おれ‐ら。> おいら。

 もうひとつの要因は 言語に固有の要因です。文法から来ています。
 たとえば英文では この呼び方(人称代名詞)は主語となって使われると その述語(動詞の活用形)と対応するという事情があります。
 ○ be 動詞の活用形として am と来れば その主語は I であると決まり is と来れば he / she / it と決まるわけで それぞれの組み合わせが定まって行ったのではないでしょうか?
 ○ 日本文では 《ある》に対して 第何人称が来ても構わないかたちで定まっているので 少々 その代名詞の呼び方を替えても なんとも差し障りは起こらない。
 ☆ といった事情は どうでしょうか? かかわっていないでしょうか?
 
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この回答へのお礼

お礼遅れました…すみません。

皆さんからたくさんの情報を頂いて
感謝しているんですが、今さらになって
基本的な知識も無いのに興味本位で
論文書こうとした自分を殴りたいです(苦笑)
皆さんの知識についていけていない私がいます…!
しかし、頂いた情報は出来る限り使わせて頂きますので
ともかく回答ありがとうございました!

お礼日時:2009/10/03 09:52

思考行動パターンの、基準が違います。

世界中で日本人だけが、基準が情緒です。外国はアメリカでも、中国でも、論理思考で、自己表現です。日本人は基準が、情緒だから、空気を読むとか、自我をぼかすなど行動をしますが、理由は、脳、自我、論理思考、自己表現が、強いと、情緒が減少するからです。脳の思考と情緒は、対立しています。脳は、不調和で争い、ストレスの源です。他方情緒は、人の心を癒し、人を育て、社会を調和に導きます。北風と太陽の、イソップの童話に似ています。日本人が、情緒思考になったのは、日本語が、特殊な言語のためです。大学の先生が、日本人が、日本語の影響で、情緒思考になった理由を、日本人の脳、に書いておられます。
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この回答へのお礼

お礼大幅に遅れてしまいました。すみません。

日本人独特の情緒は言葉から…やはり
言葉の影響力は大きいのですね。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/10/03 09:57
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この回答へのお礼

お礼遅れました。
ご丁寧にありがとうございました!

回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/10/03 09:46

* これらは中国語の「我( I My Me )」と、


「我」の同意義や方言が語源になった日本語の一人称です。
「私、俺、僕、我、吾、己、余、小生、儂(わし)」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E4%BA%BA% … 

http://www.zdic.net/

注意 - 中国語の「儂」は現在、略字の「イ衣」となっています。
http://www.zdic.net/zd/zi/ZdicE4ZdicBEZdicAC.htm

* こちらは日本で作られた日本語の一人称です。
「自分、拙者、己等(おいら)、我輩」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC% …

中国語について詳しく知りたい場合は、
中国人留学生などに質問してください。
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この回答へのお礼

お礼遅れました・・。すみません。

たくさんの国の情報が集まってありがたいです…!
日本語の一人称も見直してみるべきですね。
回答ありがとうございました!

お礼日時:2009/10/03 09:44

文語の確立とその教育システムの問題。



方言の指摘をされている方が多いように、言葉なんてものは口語で日常の相手のみで使われている間は、どんどん簡略化されます。詳しいことを言う必要がないのですから。
たとえば、英語でも日本語でも命令文は
走れ!
RUN!
であって、そこに主語なり目的語はない。だって、目の前にいる相手に言っているのですから、わざわざ
鈴木! とか おまえ!とか言う必要がないのですから。

仲間内でかっこよくて通じれば、言葉はドンドン変わります。
WATASI(わたし)より W音を欠落した ATASI(あたし)の方がかっこよくて、相手に伝わるなら、あたしと使い出します。
日本語の第一人称は、中国文化を受けて、吾人がかっこいいらしいとなると、京都からそのかっこいい表現が地方に伝わるという形式を取って流行します。なので、だれかが強制的に統一しないと、言葉は適当にちらばります。
これが、最初に書いた、「文語の確立とその教育システムの問題。」
西欧諸国ではグーテンベルグの印刷術が開発されてから、最初にやったのが、各言語における「聖書」作りです。その段階で、インテリが使う言語表記が統一されました。
それからは、各国で「神の言葉だから間違えてはだめ」という教育システムによって、表記の統一がされた。
日本語は、表記に関してはまだ100年くらい。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/file_l/1000015351_ …
1903年に小学校の教科書が国定になる。
統一化の歴史の長さが違います
ちなみに、英語の場合は、1611年の欽定訳聖書によって、近代英語が成立したと言われています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/欽定訳聖書
http://ja.wikipedia.org/wiki/近代英語
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この回答へのお礼

お礼遅れました。すみません。。

言葉をつくりかえていったのも私たちという事ですか。
ものすごく書き甲斐がありそうです・・・汗

URLも詳しく載せてもらってありがとうございました。

お礼日時:2009/10/03 09:36

どこの国にも方言やなまりはあります。


ドイツ語の一人称「Ich」はふつう「イヒ」ですがベルリンでは「イケ」です。英語の「I」も「エイ」「エ(エとアの中間)」と発音するところも多いです。というより、「○○語」という分類が大雑把なので、「北西ヨーロッパ語」には「I」や「ICH」といった一人称代名詞がたくさんある、とも考えられます。語源は同じですから。
同じ言語体系と文法を持つ「英語」「ドイツ語」などの中でも、地域や階層によって一人称代名詞が複数あります。「ピグマリオン(映画「マイ・フェア・レディ」)」にもそういう場面があります。
総じて、「人の交流が少なく、階層が固定されている期間が長かった国」の言語は人称代名詞や敬語や性別語尾(「~だわ」とか「オブリガーダ=ポルトガル語の女のありがとう」など)が細かくなり、単語のアクセント数が減る(「大根」が「でご」など)などの傾向があります。
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この回答へのお礼

お礼、遅れました。せっかく回答していただいたのに
申し訳ないです。

なまりの事に関しては本当に無知でした。。。
意外と日本と同じくあるものなんですね。
なので題材は日本とアメリカの一人称の関係に
絞ろうかと思います。
やはり言葉と文化は密接に関係しているんですね。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/10/03 09:29

欧米人は自分を社会の「外に」おくので(「自分」対「社会」)、常に「I」である。


日本人は自分を社会の「中に」おくので、社会の人間関係により、目下には「俺」、目上には「私」となる、と読んだ覚えがあります。

それと、欧米では「どんな人も神の前ではみな一人の人間」という発想があるのかもしれないですね(「God」対「I」)。
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この回答へのお礼

お礼が大幅に遅れてしまいました。すみません。

>>自分を社会の「中に」~
いかにも日本社会っぽいものですねぇ…
控え目というか…

>>欧米では「どんな人も神の前では~
なるほど。宗教間の違いですか。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/10/03 09:17

「文化的背景」というと、ずいぶんと漠然としている気がします。


「社会的な環境」という方が、もう少し迫っているかもしれません。
日本には、共同体の中の自分の立場、地位、位置を意識しながら生活していくという社会が形成されていて、それが根を張っている、ということではないでしょうか。
着目点は面白いと思います。
分野としては、文化人類学、社会言語学などになるのでしょうか。当然、そういう研究もあると思います。
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この回答へのお礼

文化人類学、社会言語学・・初めて耳にする単語です(笑)
昔から国語が好きだったので(その割には知らない事も沢山あるわけですが)とても興味深いテーマです。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/22 16:53

日本では「空気を読む」「人に迷惑をかけない」という


ことが疑いなく良いこととされています。
日本人は常に人の顔色をうかがいながら暮らしています。
それは、自我が他人に依存していて人にどう思われるかが、
自分を支えているんです。つまり日本人は対人恐怖症なんです。
そこで、自分と相手との関係によって自分の呼称を
使い分ける必要がでてきます。
女は「ワタシ」だけで事足りますが、男はさまざまな言い方が
あるのは、それだけ複雑な人間関係の中で生きてきたという
歴史があり、その上、女より自我が不安定だということです。

詳しくは、岸田秀さんの「幻想の未来」を読むことを
お勧めします。
http://page4.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d82 …
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この回答へのお礼

そういえば私も一人称が
目上の人とは無意識に変わってしまいます。
女性の方が人間関係は複雑そうに
思っていましたがそうでもないんですね。
岸田秀さんの「幻想の未来」、さっそく探して
読んでみようと思います。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/22 16:46

方言もありますから。


これは、日本に限らないと思いますけど。
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この回答へのお礼

外国の方言(なまり?)は発音だけとおもっていましたので・・・。
無知な自分が嫌なものです。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/22 16:39

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