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便意の表現で、

「うんちが出たい」、「おしっこが出たい」

と言って、

「うんちを出したい」、「おしっこを出したい」

とは言わないのはなぜでしょうか。

A 回答 (10件)

>「うんちが出たい」、「おしっこが出たい」


>「うんちを出したい」、「おしっこを出したい」

すみませんが自分の周りではこういう表現をする人は乳幼児も含めて、いません。

地域によって違うのでしょうか?

幼児などはただ「うんち」「おしっこ」とだけ言うのが普通では?
もちろん大人の表現ではないはずですし・・・?
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この回答へのお礼

早速のご回答有難うございます。

そうですか。地域によって違うかもしれませんね。私の地域(関東)では、昔から使われていて、ある時から不思議に思っていました。

お礼日時:2011/10/12 21:58

わたしもかなり長く生きていますが、


これまでいい大人が他人にOO出たい、OO出したいと言うのは、
両方聞いたことがありません。
幼児言葉ですか?普通家族でも使いませんよ。
関西関東両方に住みましたが方言でもありません。
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この回答へのお礼

有難うございます。

そうですか。私は、

「おしっこ出たくなったら、すぐお母さんに言いなさい。」

などは、よく聞くし、大人どうしでも、男どうしなどでは、

「ビール飲みすぎて、しょっちゅう、おしっこ出たくなっちゃったよ。」

なんて言っているのも耳にします。よほど限定された地域での表現なのでしょうか。

お礼日時:2011/10/12 22:49

辞書を確認してみると、目的語は「他動性の動詞の表す動作をこうむる人や事物を表す語」となっているようです。


「出たい」は自動詞でしょうから、他者(物)とは認識していないのでしょう。
「出たがっている」ということで、身の一部、という無意識のなせる業だろうと推測します。
「出したい」では他人行儀でかわいそうというほどの親近感に基づいた表現ではないでしょうか。
  
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この回答へのお礼

有難うございます。

そういう感じもしますね。

他の回答者の方々は、このような表現を聞いたことがないと言われているのですが、hakobuluさんは、いかがですか。

お礼日時:2011/10/12 22:55

#3です。



>他の回答者の方々は、このような表現を聞いたことがないと言われているのですが、

そうですね、私も基本的にはありませんが、親愛の情を込めて冗談っぽくこのような表現をするのを聞いたことはあります。
私自身使ったことはありませんが、一度ぐらいは使ってみても構いません。^^;
  
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この回答へのお礼

そうですか。私の周辺とはかなり違いがありますね。私は、頻繁に耳にするので質問した次第です。
因みに、グーグルで検索したところ、数件ヒットがありました。

お礼日時:2011/10/13 20:15

幼児語ですよね。

母親が子供に向かって言うのが出発点ではないでしょうか。それを子供がまねして言うようになる。ある程度年齢がいくと、だんだん言わなくなる、と。

で、そのさい母親も子供も、「うんちが出る」をひとくくりでとらえているのではないでしょうか。そのような身体状況、ということで。そして、それに希望の助動詞「たい」をくっつけるという荒技によりこの表現が生まれたと想像します。

想像の域を出ませんが…。

うちの子が小さい頃、子供も自分もこう言っていたような気がします。違和感はないですね。
あ、関西人です。
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この回答へのお礼

有難うございます。違和感がない方がいらっしゃって、ほっとしました。
私も、ひとくくりの表現のように思います。

「あくびが出たい」とか、「げっぷが出たい」とは言いませんから、「うんちが出たい」という言葉が固定化されて、一つの形容詞の様になっているような気がします。

お礼日時:2011/10/13 20:24

言葉の中で「を」格を用いると、1)理屈っぽくてしかも冗漫な、2)意味が強めで露骨な、そんなニュアンスが生じやすいので、次のような表現方法を取ります。


1.名詞だけ
「ママ、おしっこ」
2.名詞のサ変動詞化
「ママ、おしっこする」
3.名詞のサ変動詞に願望の助動詞「たい」を加える
「ママ、おしっこしたい」
4.更に「が」格を加え文法を安定させて大人表現にする。
「おしっこがしたい」
4.サ変動詞を避け自動詞「出る」で露骨さは抑えたまま、より曖昧さや冗漫さを減らす
「ママ、おしっこ出す」
5.自動詞「出る」に願望の助動詞「たい」を加える
「ママ、おしっこ出たい」
6.更に「が」格を加え文法を安定させて大人表現にする。
「おしっこが出たい」

以上のように、一般には4のサ変動詞で「おしっこがしたい」、6の自動詞で「おしっこが出たい」が会話語として多いでしょう。

参考例として、
「彼はあの車にぶつけられて大けがした」→「彼はあの車にぶつかって大けがした」
「お隣の失火のため彼は家を焼かれてしまったらしい」→「お隣の失火で彼は家を焼いたらしい」
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この回答へのお礼

詳細な分析を有難うございます。
つまり、大人でも使うということですよね。
他の皆さんが「子供の表現」と強調されているのですが、私の経験では、確かに子供向けの表現ではあるけども、くだけた会話では大人も使うように思います。

「うんちが出たいのを我慢して、どうにか目的の駅まで行ったよ。」

家族や友人の会話ならあり得ると思います。

お礼日時:2011/10/13 20:32

単純に「便意」そのものがサ変動詞を含蓄しているからではないでしょうか?


●便意(べんい)とは、大便がしたいという感覚のこと。
便が直腸に入ることで直腸の神経を刺激し、骨盤神経から脊髄を通して大脳に伝えられ、これにより便意が発生する。

●したいと言う感覚に、更に使役の動詞(サ変動詞)は使用しないから、そのまま出たい。と表現したまで

尿意も同義語です。おしっことしたいという感覚のことを総じていうからです。

*「うんちを出したい」、「おしっこを出したい」これらは、希望・願望表す連用修飾語ですから、便意の持つ語源とは、性質を異にするものだと考えられます。
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この回答へのお礼

有難うございます。

お礼日時:2011/10/13 20:38

うんち、おしっこという言葉はともかく、「糞尿を出したい」というとき主語の人が何らかの意図があって出したいように聞こえます。

つまり、自然の尿意や便意によって排泄したいこと “だけ” を言うのではなく、病気で自然排泄できないから何とかして出したいとか何らかの理由で特定の場所で出したい(例えば「あそこのトイレは暗くて怖いからここのトイレで出したい」。もちろんこの言い方は直接的すぎるので「ここのトイレを使いたい」など普通は言いますが)、腸や膀胱を空にするために(無理にでも)出したいとか、そういう響きがします。
尿意便意は普通、人間の意思がコントロールするものではない(我慢はしますが)ので糞尿を主語にした方が自然に聞こえるのでしょう。
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この回答へのお礼

有難うございます。

私は、日本語に関して「主語」というものがあるのかどうか良くわからないのですが、おっしゃる通り、子供が

「僕、おしっこが出たい。」

と言ったら、「尿意を催している状態」に重きがあり、何かの理由で「おしっこを出したい」というのとはニュアンスが違いますね。別の方へのお礼にも書いたのですが、

「僕、あくびが出たい。」×
「僕、涙が出たい。」×

などとは言わないので、「おしっこが出たい」というのが特別な「複合形容詞」として、「尿意を催した」を意味することになったのではないかという考えに至っています。いかがでしょうか。

お礼日時:2011/10/13 22:39

<つまり、大人でも使うということですよね。


その通りです。
日常の会話レベルでは次のようなパターンが挙げられます。

1..話者の願望の助動詞「たい」
1)「~が…たい」の表現(動詞の感情形容詞化)
おしっこ<が>出(で)<たい>。おしっこ<が>し<たい>。
2))「~を…たい」の表現(他動詞)
おしっこ<を>出し<たい>。おしっこ<を>し<たい>。

2.状態を推量する接尾語「~そう」
1)「~が…そう」の表現
おしっこ<が>出(で)<そう>。
2))「~を…そう」の表現
おしっこ<を>出し<そう>、おしっこ<を>し<そう>。

いわゆる「…たい」を用いた「感情形容詞」においては、「ブランド品<が>欲しい」「彼奴<が>憎い」というように格助詞「が」を取ります。
そして「出たい」や「したい」は動詞が感情形容詞化した形なので、「おしっこが出たい」となります。
一般的には「…そう」を用いて「おしっこが出そう」という形ですが、このように緊迫した事態での願望の感情が高まった場合には、おとなでも「おしっこが出たい」と訴えるのが文法的にも自然と見做せます。

この点「を…たい」でも実は他動詞「出す」+「したい」で感情性の補助動詞をつけているため、あくまでも他動詞として目的格としての「を」格を取る形との二重性で感情が抑えられてしまい、まるで他人事のような不自然な曖昧さが残ります。
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この回答へのお礼

有難うございます。私には、難解な部分もありますが、

「出たい」

というのが

「自動詞の出る」+「願望のたい」・・・(例)外に出たい

ではなく、感情形容詞になっていると理解しました。

「おしっこが出たかったけど、他人の家でしたくなかったので、我慢した。」

などという場合、

「出たかった」

は形容詞で、状態を表し、

「したくなかった」

は動詞の願望(否定)を表すと理解すればいいですね。

お礼日時:2011/10/14 19:46

#4です。


散歩中の出来事からちょっとお知らせ的に。

「おしっこが出したくなった」

「おしっこが出たくなった」
の違いは、後者が、膀胱がいっぱいになった結果生じる生理作用として、という意味で意志とは関係なく欲求が生じた、という点を表現する場合に有効だということなのでしょう。
ただ、この場合でもおしっこ自体に欲求があるわけではないので、どうしても不自然になってしまう。
一番多いのは、
「おしっこがしたくなった」でしょうね。
これは意志と捉えることも不可能ではありませんが、基本的には「したいという状況に陥った」という生理的な意味になるので適確な表現になります。

このように考えると「おしっこが出たくなった」は、やはりおしっこに主体性を持たせた表現になると言わざるを得ません。
つまり、おしっこを擬人化し、且つ自己の一部と捉えている認識がないと出てこない表現でしょう。

今日、たまたまショッピングモールを歩いていたら、3、4歳ぐらいの女の子にお母さんが「おしっこは?」と訊いていました。
女の子は何と答えたでしょう。
「ない!」でした。
実にわかりやすいですね。

この「ない」は、女の子の心理としては「出したくない」という意志的なものではなく、
(わたしの一部であるおしっこを)「所持する状態には至っていない」ということでしょう。
所持しているものに対する同一化は幼児心理としてごく自然ですから、おそらくこの女の子は「お母さん、おしっこが出たい」と言っているように思われます。
単に「おしっこ」だけの確率が高そうではありますが、省略せず言うとすればです。
このように考えてくると、「おしっこが出たい」は「おしっこが出たい と(わたしの分身であるおしっこが)言っている」の略かもしれませんね。
排泄物を自己の分身と捉えるのは心理学的には自然なことのようです。
  
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この回答へのお礼

有難うございます。

私の現時点での整理は、

(1)「おしっこが出たい」=膀胱がいっぱいになって尿意がある状態(を表す形容詞)
(2)「おしっこが(を)したい」=放尿したいという願望(ただし、間接的に、原因である尿意を表すことも可能)

です。

これを示す例文として、次の2つを挙げます。

「おしっこが出たいんど、これから尿検査があるので、今はしたくない。」
「寝る前におしっこをしたいんだけど、出たくならない。」
「あまり飲みすぎると、おしっこしたくなるよ。」(尿意→放尿)

次の点を付け加えておきます。
(1)私の周りでは「おしっこが出たい」という表現をよく使うので、まったく不自然に感じません。
(2)「おしっこが出たい」といったとき、「おしっこ自体の要求」という語感はありません。
(3)フォーマルな表現ではありませんが、幼児語と決めつけることもできないと思います・
(4)統語的に意味が説明できない(イディオム)という感じがします。
(5)この表現ができたいきさつは不明ですが、皆さんのおっしゃられているようなことだろうとおもいます。

お礼日時:2011/10/15 09:22

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