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喪中のはがきを頂いた方へは寒中見舞いを出そうと思ってます。

年賀状は子供の七五三の写真に「Season's Greeting」とタイトルが入っているもので、
その宛名面の「あけましておめでとうございます」という文面を「寒中見舞い申し上げます」と変えて出そうかな、と思ってたんですが、喪中の相手に対して写真入りは失礼だとか、ましてや七五三の写真なんてNGだ、という内容をいろいろ調べている段階で目にしたんですが、皆様ならどう思われるでしょうか。

私の周りは、わりと喪中でも年賀状ちょうだいね!写真みたいから!みたいな人が多いですし、私の母はもともと年賀状は出さずにクリスマスカードを出す人なので喪中という概念を持たない人で、私自身数年前に祖父が亡くなった際にも喪中はがきは出さずにクリスマスカードを出して、みんなからは普通に年賀状を受け取りました。

母が常々、喪中だから年賀状をもらえないなんて、ただでさえ寂しいときによけいに寂しくなるから、この制度(風習?)は共感しかねる、ということを言っていて、私自身もそのように考えてます。

喪中だからこそ、連絡を取り合いたいですし、子供の写真もないよりはあった方がもらってうれしいと思うのですが・・・。
どうしても、子供の写真は親の自己満足で他人には迷惑、とか、喪中のときなら配慮のなさに傷つく、とか、そういう内容の書き込みをみると、理解に苦しみます。
ネットの世界以外で現実的にそういう人に会ったことがないですし、相手への配慮を考えれば考えるほど、わからなくなります。
(仮に子供をなくされた方に対して、子供の写真入りは残酷であるってのは、まあ理解できます。でも、80歳のおじいさんが亡くなったような場合には、特に子供の写真だからどうってこともないかと・・・)

しかし、自分が喪中の場合はいくらでもこちらの考え方で行動できますが(喪中という概念を持たなければそれはそれで自由ってことで、例えばもしすごく近い人が亡くなったとしても、私ならば写真入りの喪中はがきかクリスマスカードを送るつもりです)、相手が喪中の場合はやはり相手の気持ちも考えたいとは思ってます。

というか、喪中とかなんとかって、やはり宗教的な考え方なんですかね?
もしそうだとしたら、仏教ということなんでしょうか。
ならば、私は仏教徒じゃないので喪中とか関係ないから、普通に送ってもいいのか、どうなのか。
そもそも、喪中というのは自分が喪中の場合、年賀状を出せないからごめんね、みたいな意味であって、喪中の人に年賀状を送ること自体は本来は失礼にあたらない、と聞いたこともあります。(子供の頃に学校の先生が言ってた)

そのようにいろいろ考えているうちにわからなくなってきました。

年賀状やそれに代わる寒中見舞いやクリスマスカードを送る以外に、わざわざ近況報告をするほどでもない相手の場合、なおさら、写真入りで近況を知らせたい気持ちがあります。

ご意見お聞かせください。

A 回答 (7件)

初めまして。

nakochikoと申します。

私は先月義父を亡くし喪中の身ですが、何かと忙しく喪中ハガキを出しそびれたので、年始の松の内が開けてから寒中見舞いを出す予定でいます。
その際のマナー等を調べている最中にこちらにたどり着き、皆さんの回答を拝見しました。

結論から申しますと、非常に残念な気持ちでおります。
私はトピ主のnerarasさんに全く同感です!誰一人として共感される方がおらず、皆さん常識に捕らわれ過ぎでは?とと思ってしまいました。

どうしても私の気持ちもお伝えしたく、わざわざgooの会員になり、再検索をしての回答です^^
大した発言はしませんが…

私も以前は、比較的皆さんと同じような考え方だったような気がします。

私の友人(両親は日本人だがカトリック)の父親が亡くなった際、まだ学生で無知だった私は、うかつにも年賀状を出してしまいました。ごく普通に。

慌てて気付き、どうお詫びしたらいいのかも解らずにいたところ、彼女は怒るどころかとても喜んでくれたんです。
カトリックなので元々喪中ハガキを出す予定はなかったようですが、悲しみにくれている最中だからこそみんなの明るく元気な様子を知りたいと、年賀状を皆から普通に受け取った後で、寒中見舞いより初めての訃報でした。
当時は学生だった為、子供の写真云々には値しない内容ですが、それを機に、なるほどそういう考え方もあるんだなあと実感させられました。

実は不幸続きで昨年も義母を亡くしており、同じような状況にありました。
ただ昨年は、皆から年賀状をもらう前に喪中ハガキを出した為、案の定届いた年賀状はほんの数枚でした。
ただでさえ気落ちしているのに、毎年楽しみの年賀状が本当に少なくて、その淋しかった事…。

しかもnerarasさんと同じく七五三の年で、自分の子供達は3歳と5歳の同時七五三。
年に一度の誕生日より貴重な写真を皆に見せたいと言う思いから、なんと!喪中ハガキを出したにも関わらず、親しい人に限り再度七五三の写真入りで寒中見舞いを送りました~

回答者の皆さんはもとより、nerarasさんでさえなんて非常識な事を!とお思いでしょうが、自己満足その物と知りつつも厚かましく送りましたよ^^
別に非常識と思われても関係ないやと思っていましたね。
もらった人は不思議に思ったかも知れませんが、子供大好きな私らしいやり方だと思ったまででしょう。
ただそれは喪中側だから出来る事であり、相手が喪中の際にはさすがに少しは考えると思いますが。

今年は例年になく、辛い思いをされた方が沢山いると思います。
こちらは東日本大震災の被災地で、我が子も九死に一生でしたし、身内も犠牲者です。
そういった方達の気持ちは痛いほどよく解ります。

でも家や身内を亡くしても、落ち込んでばかりもいられないんです!前向きに生きて行かなきゃいけないんです!
色々な方から沢山の元気や勇気をもらって頑張っています。

人それぞれではありますが、喪中でも…喪中だからこそ、幸せそうな友達の家族の写真を見て励まされる人も沢山いるんですよ。

nerarasさ~ん、きっともっと沢山私達と同じような考えの人はいますよ!
みんな面倒臭くてここに来ないだけ。
私も何時間かけて打ってるんだろう^^

でも皆さんにどうしてもお伝えしたかったので、根気で書き込みました。
長文を読んで下さり、ありがとうございました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

なんだか、ネットで検索したり質問したりすると、自分の考え方とは違う人のきつめのコメントが多く、正直落ち込んでしまうことも多く、このような書き込みにはホッとさせられます。
(とはいえ、他の回答も自分の周りにはいない意見なだけに、とても参考になります)

ご友人との体験談もなるほどと感じました。
私の両親もクリスチャンでして、喪中という考え方を持ってないんです。

>しかもnerarasさんと同じく七五三の年で、自分の子供達は3歳と5歳の同時七五三。

うちも3歳と5歳の同時七五三なんです!


>ただそれは喪中側だから出来る事であり、相手が喪中の際にはさすがに少しは考えると思いますが。

そこなんですよね。やはり相手の気持ちを考えたいですよね。


わざわざgoo会員になって回答していただいたとのことで、
本当に嬉しい気持ちになりました。

そして、被災地の方ということで、まだまだいろいろと大変でしょうし、
寒い季節ですから、お体お気をつけて下さい。

本当にありがとうございました。

お礼日時:2011/12/26 16:02

はっきり申し上げますが、現在常識といわれる多くは本来非常識です。


テレビなどでいい加減な常識を振り回す似非常識家や自称マナー講師が売名で嘘を流布した結果です。
ネットでも偽情報をWikipediaに掲げると、安易に裏づけもなくこれをコピペするものが多いため、どこを検索しても同じ情報が得られることから、この嘘常識が定着しました。

古来よりある礼法書では喪中の人に年賀状を送る事は非礼でも何でも無いんです。

そもそも喪中は自覚的感情です。忌中が神道や仏教から生じた風習であるのに対し、喪中はあくまでも「悲しみで日常生活にも支障のある状態」という自己表現です。決して一定の期間を示すものではないのです。
一年の喪という考えも近年になって広まった因習(根拠のない風習)で、喪中葉書は郵便局の宣伝により広まりました。要するに土用の鰻やバレンタインチョコみたいなものです。
で、これは正しくは「喪中欠礼」といい、「私はまだ祝う気力が戻りませんので失礼します」という挨拶でしかないのです。決して「年賀状を送るなという勧告書では在りません。

※よく出てくる明治の政令は詳細で現在言われているような喪中の概念とは全く別物ですし、差別主義甚だしく、正式に破棄されています。現在は戦後に定められた官公庁の忌引き規定を準用しており、喪中の期間はありません。

そもそも年賀は正月に会えない人に対して送るべきもの。直接会える人に対する礼儀は直接会って挨拶を交わすことです。つまり正月中に会える人に対して年賀状を送ることは、ワザワザ会って挨拶するのも面倒だから手紙で済ませます。と言っているような失礼な事なんです。
更に手紙は書状で出すのが基本で、葉書は格上に出すべきものでは在りません。正式文書は葉書ではなく封書です。つまり年賀葉書を出すということは略式の略式なのです。

つまり悲しみの中にいる方に対し「年も改まった事だし、そろそろ元気を取り戻して日常生活を送りましょう。貴方が元気にしなければ故人も浮かばれないでしょ」というような激励の気持ちで送ることには何の支障も無いということです。

但し、かなりこの偽常識を疑問視したり、否定するサイトが増えてきたとはいえ、未だに風評を信じている者や、某インチキ占師を崇拝しているように、未だにこの偽常識を信じようとする者が多いことも確かです。
従って年賀状や寒中見舞いを出す際は、相手の状況を考えた方がいいでしょう。そして、相手が風評被害の中にあってクレームを付けるなら、正しい情報を提供できるようにしておく事をお願いします。

偽情報の疑問は幾つかの神社や寺院のサイトにもあります。
http://www.gem.hi-ho.ne.jp/sogenji/index.html 宗玄寺
http://www.geocities.jp/haguronoto/kihuku2.html 羽黒神社

また神社本庁でも、一年祭まで喪に服すのは一般的と書いていますが、キマリとはしていません。
更に忌中であっても止むを得ない場合は「祓え」を受ければ良いと書かれています。つまりさほど厳密なものではないということです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。


>古来よりある礼法書では喪中の人に年賀状を送る事は非礼でも何でも無いんです。

これですね。質問文にも書きましたが、
「自分が喪中の場合、年賀状を出せないからごめんね、みたいな意味であって、喪中の人に年賀状を送ること自体は本来は失礼にあたらない、と聞いたこともあります。(子供の頃に学校の先生が言ってた)」

ということですよね?
納得です。

ハガキが略式であることや、直接会える人に出すのがおかしいということも理解できます。
とはいえ、まあ、そこはハガキで済ましてしまうつもりですが・・・。

寺院のサイトなども拝見しました。
>喪中とは喪服を着ている期間のことです。この人たちは1年間喪服を着て食肉をせず、仕事もせず、家族以外の人と接触を断っているのでしょうか?私はいまだかつてそんな人にお目にかかったことがありません。

という文面を見たときに、まさに私の疑問と同じだなぁ、と。
(他の方へのお礼に書かせていただいた疑問というのがまさにこれですね)
他人の家族の写真などを送られて、それを楽しんでみることができないくらいの状態ということならば、その他の日常生活にも支障があるわけで、それでこそ「喪中だから」と理由付けできるわけですよね。
おそらく、普通に仕事して忘年会だのクリスマスだのは楽しんでおいて、
年賀状だけ「喪中」ってどういうこと?
ってことですよね。

いろいろ納得できました。
まあ、それと実際にハガキを受け取った個人の気持ちとはまた別なのかもしれませんけど。

とても参考になりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/26 16:18

あー、思い出した。


何年も前の事だけど、
祖父が死んだので、年賀欠礼の葉書出した。
そしたら、年の暮れにこんな葉書が送られて来た。

「年賀欠礼なんですってね。せっかく子供の写真用意したのに残念です。」

こういう書き出しで始まる、七五三の写真の葉書、もらったことがある。
「あけましておめでとう」と印刷された所を黒字で塗りつぶしてた。

「バカじゃないの、コイツーー!」って。
皆の笑いものになったのは言うまでもありません。

貴女の場合、「この親にしてこの子あり」って感じがするわね。
何故非常識かと言うと、
寒中見舞いって、相手のことを気遣うのが第一の目的。
「寒い時期だけれどご自愛ください」って言う意味ね。
なのに、時季外れの七五三の写真をバーンと見せつけてさ、
たとえ七五三の写真に見えなくても、実際七五三の写真でしょ?
「相手への気遣いより自分の子供の事が第一なのかよ。」って思うわ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。


>「あけましておめでとう」と印刷された所を黒字で塗りつぶしてた。

これは無しですよね(笑)
ただ、七五三の写真を見てもらいたかったという気持ちなんでしょう。
あなたも見たいのかと思ったのでしょうね。
私があなたの立場なら見たいですから。喪中だからって写真を見る機会を奪われるのは残念だと感じますよ。

それに
>「バカじゃないの、コイツーー!」って。
皆の笑いものになったのは言うまでもありません。

結果的に皆を笑わせてくれたなら良しとしませんか(笑)


>貴女の場合、「この親にしてこの子あり」って感じがするわね。
親の侮辱はご遠慮くださいね。
別に私の親が何か非常識なことをしたわけではないでしょう?
クリスマスカードにしていて、喪中云々といっさい関わらないのは、非常識とは違いますよね。
文化の違いです。

>「相手への気遣いより自分の子供の事が第一なのかよ。」って思うわ。

なるほど。そう受け取りますか。
こちらとしては、相手を気遣ってるつもりなんですけどね。
皆には配った写真をその人だけ配らないっていうのに、なんていうか、周りの人と平等に扱いたいっていう、配慮からなんですが。
だって、見たくないですか?よその子の七五三の写真。
わざわざそれだけ単品で送られたりするのは面倒だけど、年賀状や寒中見舞いならもらった側も気を使わないし、お互いにラクかと思ったんですけどね。
個人的には、写真を見せることより見ることが好きなので、自分勝手な意味ではなかったのですが、そうとらえる人もいるんですね。

こういう内容に関して、何も考えてない配慮のない行動、おバカな行動、ととらえる人もいるようですが、確かに人によってはそういう人もいるかもしれないですが、けっこういろいろと考えて、私にしてもこれだけ時間も労力も割いて、考えに考えて行動を決定してる人もいるわけですし、もうちょっと視野を広げて欲しいな、と個人的には思います。
その方が自分自身が幸せになれますし。

私は極力、固定概念には縛られず、その習慣がどうしてそうなったのかの背景を考えて、それが例えば現代社会に合わないとか、内容が大事であって表面的なことはどうなんだろう、とか、逆に大事な部分がおろそかになってないか?など考えた上で、変えてしまっても良い部分もあると考えてる方なんです。

ただし、人を傷つけたくはないので、どういう気持ちなのかを質問したかったんです。
本質的にひどいことならばしたくはありませんので。

今回は、身近な友達と親戚以外は写真無しのはがきを送った方が良さそうですね。
あなたの回答で不愉快であるらしいことはわかりましたので。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/20 09:41

トピ主さんが、そこまでポリシーを、


お持ちなら、ここで聞くこと無く出されれば?

ただ、私も私の周りの人も、
嬉しいと、思う人はいませんし、
親の躾がなってないと、思われる可能性大です。

たとえ、80歳過ぎの、ばあちゃんが亡くなっても、
七五三の写真入りの、寒中見舞い葉書きは要りません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

親のしつけですか。
親が片方日本人ではないんで、しつけが悪いというのとはちょっと違いますが、
発想が違うことは多々あるかもしれません。

>嬉しいと、思う人はいませんし、
>たとえ、80歳過ぎの、ばあちゃんが亡くなっても、
七五三の写真入りの、寒中見舞い葉書きは要りません。

この理由を知りたいです。
そもそも写真に興味がないとかですか?

私は祖父が亡くなっても、友達の子供の写真は見たいですし、
自分が悲しいからと他人の喜びまで拒絶しようとは思いませんでした。
また、自分にとっても写真を見ること自体はとても楽しいことだと感じます。

喪中だから自分は楽しんじゃいけない、とかですか?
それとも、ただ単に「常識的か」がネックなんでしょうか。
つまり気持ちの問題よりも常識の問題でしょうか。
それもわかります。感じ方が様々な場合、「常識」に合わせて行動しておいた方が無難ではあると思います。

そして、そもそも人それぞれの感じ方に反論はないです。
どういう意味で「嬉しくない」とおっしゃっているのか、純粋に知りたいだけです。

お礼日時:2011/12/20 09:11

質問者様の周囲の方々がそういう風に思う方ばかりなら、そのようにされたら良いと思います。


そのようにされて嬉しい方なら、何ら問題ありません。

私の周囲に、そんなことする人は今までいませんでした。
もらったことがあるのは、写真のない一般的な寒中見舞いだけです。

私なら嫌ですね。
例え90歳の祖母が他界して喪中だったとしても、七五三の写真の寒中見舞いもらうのは。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

そうですね、もらって嬉し人ならば問題ないです。
もちろん、それがわかってる人(喪中だけどちょうだいね!と言ってきた人)には、写真入りで送るつもりです。その点は質問の意図ではないです。

ただ、年賀状(寒中見舞い)は周りの親しい人ばかりに送るわけではないので、
気になって質問したんです。

よろしければ、

>私なら嫌ですね。
例え90歳の祖母が他界して喪中だったとしても、七五三の写真の寒中見舞いもらうのは。

の理由を教えていただけますか。
単に非常識だから不愉快なのか、
もしくは本当に悲しいときに他人の写真を見たくないという心境なのか・・・。
多分前者なのでしょうけど。
だって、後者ならば喪中のときは一年中、例えば黒い服を着て、他人の結婚式や新年会も欠席とか、そういう意味になる気がするのですが、どういう心境なのでしょうか。
他人の喜びまでをも拒絶するってことですよね。

反論してるとかではなくて、この質問の意図としまして、その理由を知りたいと思ってるんです。

ちなみに、90歳なのか子供が亡くなられたのかについては、悲しみの度合い的な意味で区別したつもりはありません。
写真入りか無しかについては、全く同レベルで考えてます。
ただ、その写真が「子供」の写真かどうかについて、90歳ならその点気にならないかな、と思ったんです。

常識を破ったとして、それが時にはおもしろいな、とか、良いアイディアじゃん!みたいなことってないですか?私は喪中の友達から写真入りで、普通に年賀状を送ってね、みたいな文面の喪中ハガキ(?)を頂いたときに、お!新しい!良いアイディアだな、素敵なハガキだなって思った経験があります。

ただ、その件も、数年前の自分が喪中のときのクリスマスカードにしても、あくまで喪中側がやってることなので、逆の場合は気をつける必要があるとは思ってます。

お礼日時:2011/12/20 09:01

>子供の七五三の写真に「Season's Greeting」とタイトルが入っているもので…



仮に、七五三が春の行事だったとしたら、あなたはその写真を暑中見舞はがきに使用しますか。
七五三でなく、新入学時に桜の下で撮った写真を暑中見舞はがきに使用しますか。
「するわよ」
というのなら、どうぞ寒中見舞に使ってください。

大事なことは、寒中見舞は暑中見舞などと同じ季節のあいさつ状であって、年賀状の代用品では決してないということです。
暑中見舞に桜の絵は合わず、寒中見舞に七五三の絵も合いません。

もらった人が、差出人 (あなた) の社会常識を疑うだけです。

>なおさら、写真入りで近況を知らせたい気持ちがあります…

写真入りの暑中見舞や寒中見舞などあまり聞いたことも見たこともありませんが、どうしてもというならスキーかスケートの写真にすることです。

とにかく、受け取った人に笑われるようなことだけはしないでおきましょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なるほど!季節感の問題もありますね。

私自身、暑中見舞いは出したことがなく、年賀状の代用として以外に寒中見舞いも出したことがないので、季節感を出すべきだということに気づきませんでした。

しかし、先日、作成した年賀状を自宅に遊びにきた友人が見てしまって、
着物の子供の写真を見て、「わ~、お正月っぽくていいね~♪」との評価だったので、
言われなければ「七五三」かどうかは気づかないようです。
実際、千歳飴も持ってないですし、外で愛犬と一緒に写ってる写真なので。
七五三、みたいな説明も特に書いてないですし。
そういう意味では、最近の子供たちの様子、っていう程度の写真ではあります。

SEASON'S GREETINGというタイトルも、そもそも海外の親戚にはクリスマスカード、日本では年賀状、喪中ならば寒中見舞いっていうふうに使えるから、そうしたんです。
HAPPY HOLIDDAYとかだと、HAPPYって言葉が喪中にはNGなのかな、とか思いまして。

私としては、皆に同じような情報量を提供したいみたいな気持ちがあって、誰に対しても一枚の写真とそれをどうレイアウトしたかっていうデザインを含めて、共通のGREETING CARDにしたい、っていう気持ちなんですよね。


>どうしてもというならスキーかスケートの写真にすることです。

お正月っぽい着物の写真ならアリでしょうか?めでたさを感じる写真はNGでしょうか?

なんとなく、自分の周り以外の意見をいろいろ聞きたいと思って質問しました。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/19 18:35

そこまで確固としたお考えがあるのに、何故今更人に意見を聞くのか不思議でなりません。



あなたはあなたの思うようにすればいいのです。

受け取った人がどう思おうが、それは関係のない話です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます!

自分がどう思われるかはあまり気にしないんですが、相手を傷つけるならばしたくないな、という思いはあります。

相手の年齢や亡くなった方の年齢や関係、そして自分との関係(目上なのか友達なのか)など考慮しながら考えたいと思いました。

お礼日時:2011/12/19 18:20

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