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いつもお世話になりありがとうございます。

本四連絡橋が1988、1998、1999に開通していますが
つながった県の間の交通量が、開通の前と後でどうかわったか、
資料を探しています。

また、開通前には
兵庫ー徳島間
岡山ー香川間
広島ー愛媛間
には、フェリーが行き来していたのでしょうか。

これらの点につき、なにか情報ありましたらご教示ください。

A 回答 (5件)

http://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/them …
「●『自動車輸送統計報告書』(国土交通省総合政策局情報管理部 年刊 【Z41-238】)
上記調査から、各都道府県間の人と貨物の輸送量をまとめた流動表や、業態別・車種別・品目別・距離帯別の輸送トン数などの統計を収録しています(3ヶ月毎)。国土交通省HP内 自動車輸送統計調査(平成13年~)にも掲載されています。」

各都道府県間の人と貨物の輸送量をまとめた流動表
というのが、たぶん希望する「県の間の交通量」に当たるかと思います
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この回答へのお礼

国会図書館がリサーチナビというサイトを設けていること自体 知りませんでした。
大変 貴重なデータです。

使わせていただきます。ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/12 11:51
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この回答へのお礼

これは大変詳細なデータですね。
しっかり勉強させていただきます。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/12 11:48

> 岡山ー香川間



これは、宇高連絡船 と 宇高国道フェリー を検索すると出てくるかと。
宇高連絡船は、海の上に引かれた「国鉄」のひとつでした。青函連絡船と同じ位置づけですね。いまでいうJRの切符で乗れる船です。
国道扱いでもあって、海の部分を繋ぐ民間のフェリーもあり、これは車を運んでいました。他にも2社くらいあったはず。
要は、公民交えて、多くの連絡船があったわけです。
瀬戸大橋に限ると、開業後、車の交通量は減ったんじゃないかな。開通後も並行して走っていたフェリーの交通量や宇高連絡船に変わった鉄道による人の動きをのぞいて、車だけをみた場合ですが。
車の場合、フェリーの方がずいぶんと安かったみたいですから。
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この回答へのお礼

なるほど、海の上に国鉄が走っていたとは知りませんでした。

フェリー、車、鉄道 いろいろな交通手段があって 交通量がどうなったかというのは、なかなか複雑な問題ですね。

橋の以前にも、かなりな交通量があったようですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/12 11:56

交通量は増えたんじゃない?


以前は瀬戸内海渡るには船か飛行機か明石海峡大橋まで行って淡路島経由しか無かったから

開通前も今もフェリーは行き来してます☆
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この回答へのお礼

たしかに、橋の方がフェリーよりだいぶ高そうですよね。

ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/12 11:57
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この回答へのお礼

大変 興味ぶかい資料です。

よいことづくめの論調ですが、まさにそれゆえにこそ
空の時代に、3本もの橋が全て必要だったか、
世界一の赤字国の国民としては、思わざるをえません。


「関東地方から四国を訪れる宿泊旅行客数は増加しています。
中国地方からの宿泊旅行客数は減少傾向となっています。」

という箇所が印象的でした。

お礼日時:2012/11/12 12:11

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