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に、notの前にanyは出て来れない と書いてあって、
その理由が、notが常に後ろを修飾する言葉だから で、anyが前に出るとanyを否定できないから のようなのですが (もし誤読してたらごめんなさい)

× Anybody can't do such a thing.

この例文は、
Anybody(どんな人をとっても) cannot do such a thing(そんなことはできない)
ととってもいいような気がするし、 cannotは後ろを修飾してるけど だから何なの?
と思ってしまって、全く問題なく意味も通ってると思えるのですが、どういうことなんでしょうか…

大西泰斗先生の本を愛読したことがある方など、もしこの中にいらっしゃいましたら、よければ 教えて下さい

A 回答 (8件)

#6の回答者です。



まあ、私の話は、数学が前提となっているのですが、もともと、大西さんの書き方も、ベン図を利用しているわけですから、それほど遠くはないはずです。本来、ベン図を書いてみれば、ここの話は、一目瞭然のはずです。ただし、Anybodyの意味が曖昧だと、その後もボケてしまいますが。

数学やプログラミングを瞬時に思いつく人とそうではない人では、違いはあるとは思います。また、それを、理解しようとする人と、そうでない人との差はあるとは思います。

しかし、最初は、いずれにしても、機械的に覚えていくしかないかもしれません。
そこで理屈を言っている限りは、次の疑問が出てきてしまいます。

私は、別にふざけているわけではなく、私は、かつて、翻訳の勉強の時に、こういうことに思いついたわけで、今のところ、このアイデアに、論理的な破綻はしていませんし、そのほうが理解できると思って紹介したまでです。

ただ、ご質問者さんのように日本語をベースにすると、その取り扱い方が違ってしまい、屁理屈にもなりかねません。ですから、外国人にとっては、共通の数学の方が理解しやすいのでは、と思ったのです。みなさんの説明は、ごもっともですが、感覚的な話で、論理的な説明とは言えないような気がするのです。

N.G. Anybody can't do such a thing

>これが理論として閉じているというのがまだよくわかりません

もう言葉すら違ってしまっているわけで、「理論」ではなく、「論理」で、閉じているのではなく、「閉じていない」と書いています。中学や高校の数学の「集合と論理」という所を思い出して考えれば、分かってくれるような気がします。

Anybody というのは、Anyoneと同意語で、任意のひとつまたは、いくつか、またはすべてということで、Everybody のように、最初から全部に当たるという方法ではありません。また、AllやWholeのように、ひとまとめにするわけではありません。Allなど、包括的に扱うことを、プログラミングは、Collection(似た種類のものの集合体)という考え方です。その時は、抜け落ちが生じないのです。

つまり、Anybody を否定するには、それ自体を否定しなければならない、そうしないと、抜け落ちが生じてしまうのです。言い換えれば、「閉じていない」ということです。だから、その前に、Not という否定がなくてはならない、ということになるのだと考えました。

いずれにしても、私のように考える人が他にもいるはずだということで、また、そういう人に出会ったら、再び思い出せればよいし、分からないなら、これは無視しても構わないです。
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この回答へのお礼

すみません・・・

解決できました
どうもありがとうございます

お礼日時:2014/06/06 11:43

wind-sky-wind氏のご指摘のように、not every, not allのような部分否定的な場合でないと、主語のこういう notは使えません。

(ご指摘感謝)
ただ、だからと言ってnot everyとnot allだけというのは言い過ぎで、not anyoneを主語に置くことができます。

Not anyone can nominate candidate for Nobel Prize.

このように誰もがノーベル賞候補を選定することができるわけではないーーという部分否定的な意味では可能です。

さて、Everybody cannot do such a thing.の説明ですが、
Everyone Can't Be George Washington.というテレビショーがありました。みんながみんなGeorge Washingtonというわけではないとか、みんながみんなGeorge Washingtonにはなれないーーという意味です。ただ、この語順はあまり好ましいものではないというのが私の言ったことです。そして、この場合、部分否定に使っていますが、基本的にこういう使い方となります。
ですから、Everybody cannot do such a thing.も(私はこの使い方は好ましいとは思いませんが)、あなたの言う全部否定と考える人にはそうなりますし、部分否定と見る人にはそう見えるという点で曖昧性を持っている戸」思います。

なお、notは後ろを修飾するので、ーーという考えだと、All that glitters is not gold.という諺は部分否定でなくまってしまいますねーーということで、私のあげた例とともにこの諺とて部分否定と言うことになります。

いずれにいたしましても、anybody not というのは、とてもいやな感じの語順だという感覚を覚えます。anybodyを否定するのなら、前から正々堂々と否定しないとーーということですね。私が申した通り、英語は日本語より語順を大事にする言語と考え、これを受け入れることでしょう。
1. I don't think we can prove this.
2. I think we can't prove this.
1のようにthinkに助動詞も何もつかないでこういう場合は、2の言い方はよくありません。こういう場合は1のようにthinkに否定を先行させます。こういうのと、ちっと共通点があるかもしれないーー(全く同じだとは申しませんが)ーーと思う次第です。それが私の言う語順ということです。
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この回答へのお礼

なるほど・・・

ありがとうございます!

一体どこでその語順の感覚?文法?を得たのですか・・・?私もそのthink の例の二番目がよくないと見分けがつくようになりたいです まだよくわかりません・・・

お礼日時:2014/06/04 06:46

こんばんは。



これは、とてもおもしろいと思いました。
それは、数学の論理と、まったく同じだからです。
理系の人なら分かりやすいのではないかと思います。

『一億人の英文法』の本に書かれていることは、単純に
「Not (否定)の右側を否定する」
ということでしょう。別のページに詳しく書いてあるとあります。

でも、わたし流というよりは、プログラミングですと、

原則:
 (特定のモノ=対象) Not または、A !(← Not の意味)では、否定の意味をなさないけれども、
 Not (特定のモノ) または、!A で、始めて否定を表すのです。

だから、

Not anybody can do such a thing.

はアリということになりますね。

等式で表されることとは意味が違ってきます。等式、= (==), <> (!=) はis や is not を意味します。

・[どんな人(でも)] [そんなこと(は)][でき(ない)。]

私たち日本人の思考からすると、まず、対象を明らかにし、次に、それを否定するので、英語は、論理的には逆のような気がしてきます。

私は、翻訳でも、日本人の独特の思考法で、この論理構造とぶつかり間違えます。例えば、数学でいうと論理積と論理和の、その否定形は、その積と和が入れ替わるわけです。

一例:
・A And B の否定形は、ついうっかりと、論理積でNot A And Not B と解釈してしまいますが、Not A Or Not B [どちらか一方が違う]のことです。

not ~ both も、必ず間違えるひとつですね。翻訳の教本に出てきます。

・I do not know both of them.
 NG. 私は、彼らのどちらも知らない。

 OK. 私は、彼らのどちらか一方を知らない。

・I don't know all about it.

 NG. 私は、それについてすべてを知らない。

 OK. 私は、それについて、全部を知っているのではない。

・I don't know everybody.
と言ったら、誰も知っているのではないが、知っている人もいる、
ということになりますね。

NG. Anybody can't do such a thing.
しかし、これでは、論理としても閉じていないので成り立ちません。

昔、この英語文と論理式と一致しているので、分からないことが氷解しました。

この回答への補足

すみません、プログラミングの知識も、そこまでの数学の知識も、ないので、何をいってるのか最初からわかりませんでした

補足日時:2014/06/03 21:48
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この回答へのお礼

ごめんなさい 疲れていてわからなくていたずらかと思ってしまって… 失礼しました
一緒に考えて頂いてありがとうございます

Anybody can't do such a thing.
これが理論として閉じているというのがまだよくわかりません・・ notはdo以下を否定しているだけで、anybody はただの主語と見えます・・・

お礼日時:2014/06/04 06:10

もう1つついでに、繰り返し申し上げます。



nobody でいいのに、というのは理由になりません。

nobody でいいのに
I know nobody.
= I don't know anybody.
はどちらでもいいのですから。

これだって、nobody でいいのに、
I don't know anybody. を使うわけで、
何の問題もないわけで、nobody でいいのに、
で誤りの理由とはなりません。
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この回答へのお礼

私のために何度もありがとうございます!
なんとなくわかったような… うーん、難しいです
でもありがとうございます

お礼日時:2014/06/03 16:53

念のため言っておきます。


高い次元の議論なので。

Not anybody can do such a thing.

これも誤りです。

not any という順序だけが問題じゃない。

Not all people can do such a thing.
Not every person can do such a thing.

not all, not every ~という部分否定を用いた主語は正しいですが、
not any ~で主語にすることはできません。

部分否定の not all, not every ~が特殊なんです。
なぜか説明できませんが、同じ部分否定の not both もだめです。
主語としてですよ。

いずれも、I don't know all/both/every ~. のような
not ~は正しいです。

主語の not all, not every ~は特殊。
この not は普通の文を否定するものでなく、
語否定と言われるもので、
部分否定の not all, not every ~が主語になる場合に
「すべてとは限らない」の意味で用いられます。
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× Anybody can't do such a thing.


これは間違いです。
Nobody can do such a thing.
Not anybody can do such a thing.
などとすべきです。

1.英語は語順の言語である。
まず、理解してほしいのは、英語は語順を大事にする言語だということです。英語には前置詞がありますが、主語や目的語には、日本語の助詞に相当するものはありません。何が主語や目的語と定めているかというと、語順に他なりません。
日本語では
彼は昨日ラーメンを食べた。
昨日ラーメンを彼は食べた。
彼はラーメンを食べた、昨日ね。
ラーメンを食べたんだ、昨日彼は。
このように、かなり日本語は助詞のおかげで、語順を入れ替えることができます。
しかし英語は
He ate ramen yesterday.
Yesterday he ate ramen.
せいぜい副詞の位置を入れ替えて2通りしかできませんね。
この語順が大事なのです。
not any = noというような意味ですが、この時のnot anyの語順が大事で、any notではないーーこれは語順を入れ替えてかまわないような日本人にしてみればわかりにくいことですが、実際そうなのです。

2.any notの面倒な感じ
では、
Anybody cannot do such a thing.
としてしまうとどうなるでしょう。
★まず、思うのはNobody can do such a thing.をいい間違えたなーーという感じです。Nobody canで言えるのに、この人は何を間違っているのかーーという感じがします。

次に、anybodyでは、あの人、この人、さらに別の人、またまた別の人という具合に、いろいろな人を入れられるanybodyを否定します。これは、感覚的には誰でも(つまりeverybody)という意味合いをともないつつ、それを否定するわけですから、強引だなあ、もしかしたら、そういう人誰でもではないーーという部分否定のつもりだろうか(それならeverybodyのはずなのに)という感じがします。どの人も、そんなことをするとは限らない?ーーということなのかなとも思います。この、全部否定なのか、部分否定なのかーーという問題が残る、妙な、曖昧性を含んだ文なのです。
ついでに言いますと
Everybody cannot do such a thing.
という文は、みんながみんなそんなことはするはずがないーーという部分否定ととれますが、全部否定ともとれなくもありません。つまり曖昧なのです。Not everybody can do such a thing.として、はじめて文法的に部分否定になります。また、全部否定なら Nobody can do such a thing.とすべきです。
Everybody cannot do such a thing.の曖昧性をまた、Anybody cannot do such a thing.も含んでいると見えます。

3.ネイティブはAnybody cannot do such a thing.は言わない
これに関しては、特殊な状況の場合がありますが、少なくてもこの形、まともなアメリカ人は言いません。上記1や2の理由だからだと思います。
I wonder anyone can't tell her the fact.
こういうのはあります。
これは、
Can't anyone tell her the fact?
という疑問文を間接疑問にしたので、この疑問文の形はCan't anyoneで許容されるので、
I wonder anyone can't . . . も疑問文の形を想像することで、許容範囲ということになります。

こうした例外がありますが、any not の形は基本的には無理ということになります。(もちろん、まともな文法を使わない人が使っていることもあるでしょうが)。

以上、ご参考になればと思います。

この回答への補足

Everybody cannot do such a thing.
みんながみんなそんなことをするはずがない
と何故なるのですか?
notは後ろを修飾するので、do such a thingを否定してるわけで、everybodyの部分は否定してないと思うので、
皆、そんなことをするはずがない
という意味にしかとれなく思うのですが・・・

補足日時:2014/06/03 16:41
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
少し私には難しかったですが なんとなくわかった気がします
とても参考になりました

お礼日時:2014/06/03 16:39

目的語になる場合


I don't have any brothers.
= I have no brother(s).
どちらでもいいです。

no ~も使えるけど、not any でもいいのです。
両方使える。いろんな言い方があっていい。

でも
Nobody can do such a thing.
の場合は
Anybody can't do such a thing. とはいえない、
any not はだめ、と鉄則として教えられ続けています。

なぜか、ということの説明は難しく、
そういう説明もありなのかな、という気もします。

Anybody who/that I know can't do such a thing.
のように、anybody に修飾部が続いて
「私が知っている人は誰も」できない
というのはあり、だとされています。

でも、ただ anybody で can't を続けて「誰も」できない
とはならない。
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理屈上は使えそうにも見えますが、実際は Nobody can do such a thing. としてしまうから not ~ any が要らない、というご指摘なのではないでしょうか。

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この回答へのお礼

ありがとうございます
なるほど・・
そんな気もします・・頭を整理してきます

お礼日時:2014/06/03 16:44

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