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「学校休み海外旅行」論争 学校を休ませてまで海外旅行へ行く家庭をどう思いますか?

子どもに学校を休ませて家族旅行をするってどうですか? あり得ないという親と、家族の絆と海外体験のためには当然という親と、価値観が二分している。

 昨年の連休の最終日。都内に住む会社員の女性(44)は、当時小学5年生の長女あてに、クラスメートからかかってきた電話に驚いた。内容は翌日の時間割と宿題の確認。なんと、ハワイの空港からだったのだ。

「お友だちは学校を2日休んで5日間の家族旅行中。飛行機が日本に到着してから電話すると夜遅くなるからと、離陸前に電話したそう。近場でだらだら過ごしたわが家より、有意義な休暇がうらやましかった」

 一方で、学校は絶対に休ませないという親もいる。

「古いタイプかもしれませんが、わが家は休ませません。義務教育で皆勤賞を狙う姿勢は大切だと思っているので」

 そう話すのは、神奈川県で自営業を営む女性(46)。現在、有名私立中学に通う中学3年生の長女は、保育園時代に長期の海外旅行を何度も経験したが、小学生以降の海外旅行はお盆や年末年始だけだ。

参考URL:http://dot.asahi.com/aera/2015050100048.html?pag …

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妹の子供は無遅刻無欠席で幼稚園から小学生まで貫いてますが、結局、こういう甘やかしが
安易な欠勤やニートを生み出す土壌にはなっていないでしょうか?

どう思いますか?

質問者からの補足コメント

  • 皆さま、熱い回答ありがとうございます。

    お礼は週末までしばしお待ちくださいませ。

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/05/07 21:00

A 回答 (9件)

他の方と同じようなことですが、普段は学校、塾、習い事などで毎日見たいテレビも見られない程忙しい日々を過ごしております。

国内の有名テーマパークへ行ってもかなり混んでいて乗りたいアトラクションに乗れなかったり、それはそれで仕方ないのですが、親としては普段頑張っているご褒美として思いっきり遊ばせたい気持ちもあります。日常的に行くよりドカーンと行った方がメリハリになり、簡単に行けない所の方が返って良いと思っています。夏休みとか学校が休みの時に行ったらよいのですが、親の仕事が休めなかったり混んでいるときは予約が取れなかったりして、やむなく少し学校を休ませたりになります。子供にも学校を休んで旅行に行くことをきちんと説明し、理解しておりますので、学校を休めて嬉しいとか、自慢するとかは一切ありません。それぞれご家庭の考え方でよいと思いますので、ご理解を頂けたらと思います。
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現役の教員です。


最近は、旅行で学校を休むというケースは全く珍しくはありません。苦笑しながらその報告を聞くことはありますが、それについて批判をすることはできません。
テストなどを欠席した場合、子供にとって不利益になることはあります。ただ、それを承知の上で行くというのなら、それ以上は何も言えません。また、教員仲間で夜に批判したり愚痴をこぼしたりするようなこともありませんね。そのぐらいよくあることになってきているということです。
一昔前であれば、信じられない、という人は多かったでしょうけどね。それはもう数十年前の話かとも思います。


ニートや不登校、欠勤などにつながるかどうか、というのは別問題だと思います。
辛いことに立ち向かうのか、安易に逃げさせるのか、別な道を工夫したり考えさせるのか。 小さいころからの子供の育て方にかかっていることです。旅行そのものがあってもなくても、もっと前から積み重ねてきたものです。旅行で休むようなことがあっても、その休んだ間に学べなかったことなどを、どうやって取り戻すか、挽回するか、ということを考えられる子供は心配ないでしょう。

みんなと同じ時期に休みが取れない親もたくさんいます。ただの娯楽だけではなく、色々な家庭の事情があってのことでしょうから、いいとも悪いとも言えません。
海外に行ったことで、視野が広まった、地理や歴史に興味がわいた、文化の違いにショックを受けた、などということもあるかもしれませんね。
私としては、学校があろうとも、必要だと思ったら連れていくかもしれません。
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子供の感性を育てる意味では凄く良いことだと思います。


子供の頃の世界の感じ方と、大人になったときの世界の感じ方は全く違います。
できるだけいろんな所に連れて行って感性を磨くのは大切です。
(日本人以外の国の方と出会うのも重要です)
子供の頃の経験が大人になったときの情感とか、いろんなものを決定することは
科学的に証明されています。
無遅刻無欠席なんて何の意味もありません。例え病気でも休むな、病気でも休んだ人は
悪だと言っているのと同じです。
休んでいる間の勉強の遅れを取り戻す方法さえ確立していれば全然問題ないと思います。
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私自身は学校を娯楽のために休むというのはおかしいと考えていたので、子供が通っていた学校


でのことですが実際にそういう家庭があると知ったときに衝撃を受けました。

しかし、そのような家庭は学校に通うことに重きを置いていないだけで、価値観の違いなのかな
と思いました。

とはいえ、海外旅行を娯楽と考えるか、家族の絆の醸成や家庭学習と考えるかということでは。
自身にとっては娯楽です、家族での夕食の時間などでも絆は醸成できるでしょうし、家庭学習
もいろいろできます、海外に行きたければ夏休みや春休みでもいいのではないかという考え方
です。

風邪をひいたとか何らかの理由で不登校になったとか、そういうやんごとなき理由であればと
もかく。それ以外の理由で(たとえば海外旅行にいくために)学校に通う機会を失うことは私
にとっては失うものの方が大きいと思います。

そりゃ海外旅行と学校とどっちが言いといわれたらみんな遊ぶほうがいいでしょう、楽なほう
をとることより楽でないほうを選択する機会を失うことはもったいないです。

それ以前に親として、子供には学校で勉強することは大切で、子供が学校が楽しくて学校に行
きたいと思うことができるように育てていかなくてはいけないと考えています。
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家族旅行をどう判断するかです。

3人の子供を育てた、まだ、小学生と中学生もいるので、現役といえばそうなのですが、私も上の子を休ませたことがあります。

仕事の都合で子供たちの普段の保育園、小学校、中学校の行事はすべて行くことができなかった、今年春の下の子の卒園式だけは初めて出席しました。家族で旅行は海外で仕事がある際に連れて行く以外は全くない、お盆や暮れも仕事していたので、休日がある人のことは考えないことにしています。

共働きですし、昼の仕事以外に夜間の仕事も引き受けることがある、上の子の受験のころもそうでした。休ませたのは小学校中学校のときに全部で3回程度、終業式の前の晩から出かけたり、始業式の日に帰国、連休の前前日の深夜出発だったと思います。結果、小学校ではその2回の合計2日分休み、中学は旅行で一日とインフルエンザの出席停止の1日の合計2日は欠席扱いで記録に残りました。

かなり前から飛行機も予約していたし、一日遅らせることは倍額以上の飛行機代を支払うか別の航空会社などのビジネスクラスに分乗することになる、学校を休ませることを選んだのは親の私たちの判断です。

学校側の配慮、今、思い出しても恥ずかしいのですが、授業で地球の裏側の旅行先の話しを話題にしてくれ、地球儀を使ったり、気候の違いや言語の違いなどをテーマに勉強に使っていただいた、帰国後にも他の親達から家族で旅行で来てよかったわねと言われて初めて気づきました。

実際には滞在の半分は私は仕事、家族と遊べたのは1日や2日程度、飛行機を乗り継ぎ24時間以上かけて移動したり、中継地で一泊して目的地まで移動、現地で4日とか5日間滞在して帰国ですから強行軍です。若かったから、どうにか連れて行けた、今同じことをするだけの体力は厳しいです。

最近は家族で一緒は日程も合わないことが多い、上の子がオーストラリアに短期留学中に私たちで夏休みに海外旅行したり、子供を親族に預けて海外へ出たりすることが多くなりました。

私も海外で若いころ長く生活したので日本の人の感覚がいまだに違うと感じるのですが、何でも同じに行動しないといけない、苦労させないといけない、海外旅行は贅沢という思い込みを怖いと思います。

海外では子供たちには現地の言葉を使わせるように日本語禁止に近い状態を事前に指導した、日本人とわかると狙われるので、行動も目立たないようにするなど、旅行者とわからないようにする訓練もしましたし、日本での生活とまったく違う食生活でも大丈夫なように慣れさせる、むしろ、帰国後に海外でしか気楽に食べられないメニューを自宅で再現することも多くなりますし、世界のどこでも生きていけるようにするのが私の狙い、日本でも大学などで外国人に交ざり普通に外国語で会話し、一緒に勉強したりお手伝いをする様子を見る限りは貴重な体験をできたと思っています。

トータルで上の子も半年程度は海外で生活したと思うのですが、私だけ1週間遅れて飛行機に乗り現地に到着、24時間だけ仕事で滞在し、家族全員で帰国、そういうケースも2回もあった、日本国内で家族で旅行は一切ないので、それぞれの家族で生活も仕事も違う、価値観も違うので、他人のことをどう思う、考える、それはいけないと批判することは必要ないと思います。

お金持ちの定義が私には理解できないのですが、親などの資産が多く、相続した人でも節約し、倹約し、つつましく生きている人もむしろ多いですし、賃貸に住み、収入も多く、私立の学校に進学させ高級車に乗る、目立つ生活をする人もいる、共働きで世帯年収こそ多くても、税金も毎年数百万円以上支払い、子供にも学費や生活費を支払い貯蓄もあまり多くない人もいます。どの御家庭も一生懸命に生活している、家庭の事情で学校を休ませて家族旅行に連れて行くのは目立ちますので、嫌われるのは覚悟の上ならば黙認してあげてもいいのではと同情します。

違う国ではこういう生活とか、映画やテレビで見た通りの光景、でも、渋谷のスクランブル交差点ではないのですが、地元に近い人ほど興味ない光景とか、有名な料理店でも地元の人は行くことが無いかそれほど美味しいとも思っていないとか、具体的な話しを子供たちがすることで旅行に行った気分になれ、そんなものかと納得する、実際に見聞することが経験ですし、経験したことを伝えてあげられるのも勉強だと思います。

私だって、お金も時間もあれば、日本国内を旅行してみたい、家族を連れて行きたい、そんな余裕がないから海外へ行くときは子供も連れて行く、他人と違う仕事、生活だからこそ、日本を別の視点から見れる、自分を客観的に判断できると思います。

他人は他人、隣りの芝生は青く見えるものですし、話題にすべきことではないのでは、そういう結論です。
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小学生の息子どもがいます。



>妹の子供は無遅刻無欠席で幼稚園から小学生まで貫いてますが、結局、こういう甘やかしが
安易な欠勤やニートを生み出す土壌にはなっていないでしょうか?

「教育的な配慮」とか「教育的な効果」などの視点から検討しなければならないことがいくつかあります。特に「保護者の権利と義務」と「学校の教育的効果」という視点からの検討が重要だとおもいます。

・無遅刻無欠席
まずこの点が重要でしょう。では、無遅刻無欠席の教育的な効果は一体なんでしょうか?風邪で頭がボーーっとして勉強に集中できない、無理して出席したためにかえって病気が悪化し休む日が増えてしまった、ということもありえるでしょう。
そのリスクを負ってまで(事実負う訳ですが)、無遅刻無欠席を追求するのは、その家庭の価値感そのものであるといえますし、子供自身も、たとえば体力がない、病気がちである、など無遅刻無欠席を追求できるタイプではないかもしれません。

もちろん「学校」という集団的価値感からすれば、無遅刻で無欠席であるのは「集団の規律を維持する模範」であることは間違いありませんから、学校側から表彰するのは当然のことであるといえます。

しかし、家庭(保護者)がすべて学校側と同じ価値観である必要はありませんので、親の判断で「理由によって休ませる(積極的に登校させない)」ということは「当然ありえる」と考えるべきだとおもいます。

では次にどのような場合であれば、親の判断で学校を休ませても妥当であるといえるでしょうか。
それは病欠や怪我などの身体的なもの除けば「教育的な配慮または当人の経験として、必要な場合」ということになるでしょう。
日本において、このような場合として一般的なものは
・法事や結婚式など、親族の冠婚葬祭(必ずしも忌引きにならないものを含む)
・サッカーなどのスポーツ団体、その他任意団体での試合や遠征など
などだとおもいます。

たとえば具体的な例として
・バレイを習っている、女子が海外バレイ団の公園を見に行くために早退または欠席する。
というのは、含まれるでしょうか。

私は含まれるとおもいます。たとえば「海外でのプリマドンナを今から目指してレッスンを受けている」というような場合では、なおさら肯定されるべき「欠席理由」であるとおもいます。

では、単純に「学校を休んでディズニーランド」はどうでしょう。
まあ、顔を顰める人がいることは間違いないでしょうが、私はこれも「親の判断のうち」だとおもいます。
個人的にはたぶんしないでしょうが、それも私がディズニーランドの近くに住んでいるからでしょう。
たとえば、身内の結婚式のため飛行機で東京まで出てきて、学校を1日休んでディズニーを楽しんで帰る、というのは、いわば修学旅行に匹敵する貴重な旅行体験を得ることができるわけです。

ですから、そのような体験を得られる(かもしれない)機会を「学校を休むから」で否定するのは、間違いだと思います。

もちろん、中には単なる親の都合で欠席させるような、ネグレクトもあるでしょう。ですからすべて大賛成というわけではありません。しかし「学校側が要求する集団生活のルール」を金科玉条のように守る親も、それはそれで「育児放棄」ではないでしょうか。

その子供の個性を含めて、よりよい人生を歩むために必要な手当てができるのは保護者しかいません。学校と対立する必要はありませんが、先ほどのバレリーナになりたい子供やプロサッカー選手になりたい子供の才能を伸ばすのは、学校で出来るわけでもありません。

したがって、たとえ遊びの旅行などであっても、それが子供の教育に資するなら(親が資すると判断するなら)それは、親の判断として妥当であるとおもいます。
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小学生の娘がいます。


私はしませんが、お友だちの家庭が学校を休んで海外旅行に行っても別に何とも思いません。
我が家は私も夫も娘の長期休暇に合わせて休みを取ることができるし、調整が可能です。
でも、ゴールデンウィークとか長期休暇が繁忙期の方もたくさんいるし、三交代制勤務の方もいます。
その家庭がしっかりした教育観を持っていればそれでいいと思います。

学校に無遅刻無欠席で行くことは大変立派で素晴らしいことだと思います。でも、それができなかったり、家庭の事情でなし得なくても、それがニートや安易な欠勤になるとは思いません。
私の兄弟は四十代で引きこもりですが、学生時代はしっかりと毎日通っていましたよ。それはそれは厳しい家庭でしたので。それでもどこかで躓いて引きこもりになったりします。
ご家庭の方針がしっかりあれば、問題ないと思います。
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それは其々の家庭の問題だと思いますよ。

学校の皆勤賞を目指すのも立派な事で、親御さんもしっかりして居られるから実現する事だと思います。それを遣り抜く子供さんも褒められて然りですね。しかし学校を、休んで海外旅行に行ったからと欠勤やニートに結び付けるには無理が有りますね。海外旅行と言う社会勉強も将来の役に立つ事も充分考えられます。甘やかしだとは、私は思いません。
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絶対にしてはいけません。

他の子どもすれば俺たちはマラソンをして、つらい掃除をして、給食で嫌いなモノも食べているのに何でって事になります。日本の学校は平等主義です。ある子どもは勉強して金持ちの子どもは海外旅行なんておかしいと思います。
この回答への補足あり
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