幼稚園時代「何組」でしたか?

【医学・たんがん手術】古代中国でおひさき様に使える男性はきんたまを取り除くたんがん手術を受けなければならなかった。

王族とセックスして種付けに成功しないように使える男性は睾丸は取り除かれた。

昔の手術技術で睾丸だけ摘出して生きられたって凄くないですか?

きんたまの皮を切って睾丸だけ取って縫ったってことですよね?

きんたまを両方取ったら死ぬって言うのは迷信だったってことですよね。

棒は残しておかないとおしっこ出来ないですよね。

もしかして、たんがんって、、、

手術じゃなくて、丸太の台に座らせて、下半身全裸にさせて、きんたま袋を台の上に広げて、丸太棒でドンッって落として、睾丸を潰すのでしょうか?

潰れた睾丸は残ったまま仕事に従事したのでしょうか?

切り開いて摘出じゃなくて睾丸を潰しただけ?

当時のたんがん手術方法を教えてください。

A 回答 (1件)

たんがん ではなく宦官(かんがん)です。


古代中国と書かれていますが、清朝・・・ようするに20世紀にもいましたよ。
満州最後の皇帝愛新覚羅溥儀を扱った映画「ラストエンペラー」にも冒頭に出てきます。
それこそ紀元前の話ですが、日本の作家司馬遼太郎が自分のペンネームとした「史記」の作者司馬遷(しばせん)も宦官です。

また女性には纏足(てんそく)というものがありました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BA%8F%E8%B6%B3
足が小さいことを好まれたことや、ちゃんと歩けないために逃げ出せないこと。
一番の目的は纏足することによって女性器が名器になるそうです(笑)ちゃんと歩けないから筋肉のつき方が変わるのでしょう。

宦官に話は戻りますが、たまだけではなく棹も切り落としました。
http://www.toride.com/~fengchu/intro3.html 
こちらからのコピペですが
執刀者は鎌状に少し湾曲した小さい刃物で陽根、陰嚢もろともに切り落とし、その後に、白蝋の針、または栓を尿道に挿入し(傷口が盛り上がることで尿道を塞いでしまうのを防ぐためだと思います。)、傷は冷水に浸した紙で覆い、注意深く包みます。それが終わると二人の助手に抱えられて二~三時間部屋を歩き回った後に横臥させられます。手術後、水を呑まないまま三日間寝たままで過ごし、三日後にその栓を抜いた時に噴水の様に尿が出れば成功となります。
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この回答へのお礼

みなさん回答ありがとうございます

切り落としたあと2、3時間歩かされたら失神するかも

お礼日時:2016/09/25 16:00

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