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新聞や報道番組などで何度か「第二次世界大戦の語り部がいなくなる」や「戦争の記憶を受け継ぐ人を必要としている」、「語り部が戦争を経験していない世代に代替わり」などの問題・報道を耳にしました。
しかし、私にはこの「語り部がいなくなること」のどの辺りが問題かよく分かりません。

まず第一に、人間というのは「記憶」だけではなく「記録」できる生き物です。
例えば私たちは関ヶ原の戦いや西南戦争などというものを経験はしていませんが、それがどのようなものであるかを知っている、あるいは知ることができます。
「それはなぜか?」といえば、「人は記録を残せるから」という結論に至ります。
わざわざ不確かで流動的になりやすい口伝(語り部)に頼らずとも、文字に起こして本にし、絵や写真や映像を残し、あるいは今の映像技術ならばCGなどを駆使した作品として後世に残すこともできます。
人が読むことに意味があるのであればその語り部の語りを映像にすればよく、どうしても目の前で人に読ませたいのであれば台本として残せばいいはずです。
少なくとも落語や能や歌舞伎などといった(無形)文化遺産も現在はそのような形の保護・保存活動が進められています。

次に、「戦争の悲惨さを伝える」という目的であるならばWWⅡにこだわる必要がないはずです。
確かにWWⅡはWWⅡしか存在せず、また核兵器による攻撃という面でもWWⅡはある種のオンリーワン性があるとは思います。
しかし、後世の人に戦争の悲惨さを伝えるという目的であれば別にベトナム戦争でもイラク戦争でも、それこそISISとの戦闘の映像記録でも十分なはずです。
あえて遠い時代の戦争を語らずとも、最近でも戦闘どころか戦争が行われているのです。
今だって大陸間弾道弾というWWⅡの時代には無かった兵器が日本から見える位置に落とされている現実があり、前時代にばかり目を向けてどうするのか?と思わざるをえません。

そして、語り部の行う「教育」が教育にはやや遠いのではないかという疑問もあります。
もちろんすべての語り部がそうだというわけではありませんが、ことWWⅡに関する語りを聞くとその多くは「戦争はみんなが不幸になるからやめよう」程度の一文に収まるようなものであるように感じます。
それが小学生に聞かせるものならばそれでいいかもしれませんが、高校生や大の大人に聞かせるものまでがそれに終始しているのでは物足りなく感じます。
戦争はなぜ起こるのか、戦争を回避するにはどうすればいいのか、攻撃してくる相手とどう闘えば(必ずしも武力とは限らない)いいのか、そういうのを教えたり考えさせたりするような、根本に近いものが少ないように思えます。
まして当事者が「爆撃機が飛んできて怖かった」「飢えた人の臭いが酷かった」などと経験を語るならまだしも、代替わりした人間が、ただ人伝で聞いただけの人が語るものにどれほどの意味があるのでしょうか。


なぜWWⅡの語り部が必要なのでしょうか?

A 回答 (10件)

>語り部の行う「教育」が教育にはやや遠いのではないかという疑問もあります。



それは言えますね。語り部の体験が事実であるとしても、もっと別の事実もあるでしょうから。
誰だって痛い思いはしたくありません。つらい思いもしたくありません。
そしてWWⅡの語り部は皆悲惨な体験をした人ばかりですから、戦争に対して良い印象を持っている人はいないでしょう。
そういう人々が語り部となれば、戦争=悪、だから理由の如何を問わず戦争をしてはいけないという方向へ行ってしまいそうですね。
でも当事者一代ならそれも良いと思います。それは資料であり史料でもありますから。

>人が読むことに意味があるのであればその語り部の語りを映像にすればよく、どうしても目の前で人に読ませたいのであれば台本として残せばいいはずです。

そう思います。語り部を次世代に引き継ぐ必要はないです。語り継ぐ時点で必ず変質や間違いを生じます。
下手をすると捏造まで入るでしょう。口伝だけですからね。捏造した人間が「絶対にこう聞いた!」と主張するかもしれません。
今なら4K8Kの映像で残せるので、語り部の生きているうちにあるがままに残せばよい話です。

私の場合、親は戦争に関して余り語りませんでしたが、祖母からB29の空襲のこと、戦時中の食糧事情やエピソードは
良く聞かされましたし、中学、高校の教員からは子供の時米軍戦闘機の機銃掃射で命からがら逃げた話など
も聞きました。でも私はそれを子供の世代に聞いた話としてサラッと事実関係だけをしゃべることはあっても
それを体型化し、事細かにしゃべることは無いですね。そのつもりはなくても事実を捻じ曲げる恐れがありますので。

木を見て森を見ずという言葉がありますが、こういう語り部たちは木しか見てないわけです。
それを聞かされる子供たちは想像豊かですから、聞いた話からあることないこと想像してしまうでしょう。
1本の木から森全体を想像で全て決めることほど恐ろしいことは無いですね。

日本が戦争に負け、多くの人々が悲惨な体験をしたのは事実ですが
この無鉄砲とも思える日本の挑戦で、欧米人に身の程を知らせることもできたわけで
それがあってこそ有色人種が自分たちも白人と同格であることを悟り、世界中から欧米の植民地が無くなったと思います。
先人たちの、自分を犠牲にして世界の抑圧された人々を解放に導いた行為こそ永く語り継がれるべきです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
そうなんですよね、いわゆる又聞きや噂話、あるいは伝言ゲームなどは次から次へと情報が変化してしまうものです。
会社の、業務上の連絡も例えばメールを使えば一言一句間違いなく100人に同じ内容が伝わりますが、もし1人が10人に、10人がそれぞれ次の10人へと口で伝えると何人かは誤った情報を記憶してしまいかねません。
そんなリスクを負ってまで「次世代の語り部を」というのは奇妙に感じます。

お礼日時:2017/08/18 09:11

文字情報にしてしまえばブログや2chまとめ風サイトと並んでしまいます。

映像では映画と同列になってしまいます。美しき日本を語るブログ、2chまとめ風サイト、メディア、そして大臣までもが存在しますが、当時を生きた「語り部」には存在しないというところには意味があると思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
なるほど、『古事記』も『銀河鉄道の夜』も「国会の議事録」も「寿限無(の台本)」も”ブログや2chまとめ風サイト”と同レベルだという見方もあるのですね。
私には想像もつかない観点で驚きました。

『当時を生きた「語り部」』にこそ意味があるというのであれば、なおさら「戦争を経験していない代替わりした語り部」に意味はあるのかな?とも思います。
なんなら今の国会議員の中にさえ戦争経験者はいますので。

お礼日時:2017/08/17 07:05

ビーチ前川が、今それで全国の反日団体に呼ばれて生活しているそうですよ。



ま~誰をどこに呼んで講演しても自由なんですけどね。
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利権だから、



震災被災地でも同じように利権化しています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
まぁそういう人もいるのは聞きますね、「○○について(雇い主の思惑通りに)語ってやるから講演料20万寄越せ」的なものとか。

お礼日時:2017/08/16 19:01

正にネット民の、嫌なら開かなけりゃいいのと同じで、嫌なら聞かなきゃいいんだけどね。

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この回答へのお礼

私はあくまで「どうして(必要か)?」と聞いているのであって、「聞きたくない」とも「私が聞きたくないから止めろ」とも言っていません。
勝手に意見を代弁した上に質問に回答する気もないのでしたら書き込みを控えてください。

もちろんこれに強制力もなければ命令権もありませんが。

お礼日時:2017/08/16 18:49

いつもこの頃になると、他人の活動にまで注文するバカが発生するが、あの気持ちは、震災を経験してたらわかる。

言いたいんだ単純に。憲法なんてこと考えてない。後からの付け足しだ。ただ単純に、この質問でもそうだが、「こういうバカがいて、うまくいなかいことがあるから、気をつけな」ってことだと。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
えぇ、経験を語りたいという話ならば分かります。
分かりますが、それならば「戦争を経験していない世代に語り部を引き継ぐ」というのはさっぱり分かりませんね。

まぁ私はその語り部活動を止めようとは思いませんよ、疑問は呈しますが。
えぇ、「そんな活動していたら痛い目を見るぞ」「会場がどうなっても知らないぞ」などと脅して止めさせるような野蛮なことはしませんよ、はい。

お礼日時:2017/08/16 18:38

いや、全くその通りです。



必要だ、という人は、憲法を改正させたくない、
という政治的意図があるのでしょう。

だから戦争は悲惨だ、悲惨だ、と実体験をした
人の生の話を聴かせるのが説得力がある、と
考えているのです。

その証拠に、武勇伝などマスコミで報道された
ことは無いように記憶しています。

マスコミの意向に沿った語り部が欲しいだけです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
「70年前の映像」は自分たちの思うように話してくれないかもしれないが、「(自称)70年前を知る人」は(説得や金などによる交渉次第で)自分たちの思い通りに語ってくれる――というところでしょうかね?

お礼日時:2017/08/16 17:06

いろいろ語ってくれるおかげで、今の北朝鮮のように日本も思われてたんだろうことがわかる。

次はその子どもが、聞いたことをどれだけ真実味を感じさせて語れるか。
世界に行くと、やっぱ日本は仕掛けた国。騙された感は、そんなこともわからないのかと思う北朝鮮状態だったんだろうな。自国に都合のいい歴史教育。ヒロシマ、ナガサキは、国民が思うほどかわいそうには思われてはいない。
英霊の間違いを含んでいかないと、日本はなんでもガラパゴスなままではないだろうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
そうですね、そういう”間違い”を伝えるならばこそ「口伝にこだわることを止めた方がいいのではないか?」と私は思います。

たとえ1000年続いたうなぎ屋であろうと、その秘伝のタレの製法を弟子に伝える前に師匠が死んでしまえばそこでその味は途絶えてしまうのです。
伝承者がいなくなってから「紙とペンで製法を残しておけばよかった」とあの世で後悔しても遅いのです。
――と、私は思います。

お礼日時:2017/08/16 17:03

>なぜWWⅡの語り部が必要なのでしょうか?



この世の基本は需要と供給です。
お宅には必要ないかもしれませんが必要な人もいると思います。

いずれにせよ需要があるからそうなってるだけです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かにそうかもしれませんが、需要があっても供給を簡単には増やせない石油やダイヤモンドや新生児ならともかく語り部が増えないということは、需要も大してないのではないかとも思えてしまいます。

お礼日時:2017/08/16 16:56

必要ない。


第一、70年以上も前の戦争の知識で、今の時代の戦争をどうこう言うのは無理。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
70代80代の人がイラク戦争経験者の50代の人に向かって「戦争も経験していない若造は黙っていろ」のような言葉を言い放つ様は奇妙に見えますね。

お礼日時:2017/08/16 16:54

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