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敗血症に詳しい方回答お願いします。
父が敗血症から腎不全、肝不全、DICになり亡くなりました。悲しみに暮れているものです。
敗血症になってから5日で亡くなりました。
経緯ですが、父は68歳でした。
直腸癌手術後、2、3日後から癒着性イレウスで苦しく1ヶ月絶食、1週間かけて食事をして40日間入院して退院しました。
その後3週間と少し、自宅で生活していましたがイレウスが再発し入院、3週間程重湯の食事、絶食を繰り返していました。食事がでた日もイレウスで苦しくてかほぼ手をつけませんでした。
そしてある日食事後気分が悪くなり嘔吐してしまったそうで担当医の先生が来て、イレウスの手術をするか返事を下さいと言われたそうです。
これまでにもイレウスがなかなか改善せず入院をしていたのですが、父の友人に他の大学病院に強く転院、そちらで手術を勧めらたようですが、最終的には父が入院している病院の承諾書にサインをしました。
手術は4時間に及びました。
術後すぐ麻酔から覚めた時は、酸素マスクとモニターで管理されてましたが、意識もはっきりしていて話せるし落ち着いている様子で安心して帰ったのですが、次の日の昼会いに行くと、集中治療室に移され、担当医の先生が父に〇〇さん、昨日は脈も触れず、呼びかけにも反応しなかったので、危なかったですよー、私が当直でいたから良かったけどー。と言っていました。
夜中何があったのかは詳しい説明はありませんでした。手術から一晩あけて、父は息苦しそうで、129脈がありました。過呼吸になりかけでした。看護師さんは〇〇さん、ゆっくりゆっくり呼吸してーって軽く言うだけでした。その日はとても苦しそうで、側にいるだけでした。最後に話したのが明日何時にくる?お昼2時に行くよ。でした。
その夜家に帰ってきたのですが、夜中の2時半病院からすぐにきて下さいと電話があって駆けつけると、当直の医師が父を心臓マッサージしていました。
すぐ待合室に案内され、呼ばれると、人工呼吸器でなんとか心臓を動かして、5本の点滴をしていました。血圧を上げる薬をマックスで使っていました。
朝8時くらいになり、少しの自発呼吸と少しの瞳孔反射あり、血圧130だったので、家族は一度休みに帰りました。
4、5時間して様子を見に来たら、血圧が70代まで下がっていて、自発呼吸なくなり、瞳孔反射もなくなりました。
医師から家族が部屋に呼ばれ、腎不全を起こしていると、腸閉塞からの悪玉菌による敗血症だと説明されました。
父は糖尿病をもっていたので、腎臓に最初にくると言われました。それから少しだけ出ていた尿も全く出なくなりました。
抗菌薬と血圧を上げる薬をマックスで使ってできることはしていますといわれました。
その次の日、肝臓の数値も悪くなり肝不全の状態であり、今日明日に危ないと説明がありました。
その後2日間もちましたが、次の日DICになっているとまた説明があり、なくなりました。9.19入院〜直腸癌手術、腸閉塞、一回退院、再入院、腸閉塞、腸閉塞手術、術後敗血症、多臓器不全、DIC12.19まで3カ月でした。

初めから大学病院で入院していたらなくならなかったのではと後悔しています。
体重も入院して61〜48まで落ちました。
絶食が長かったのに腸閉塞術後は厳しかったんじゃないか、手術しなければ敗血症にならなかったんじゃないか。
直腸癌手術後ずっと腸閉塞で苦しんで常に体調は良くなかったようで、長い間鼻からチューブをしてましたが、違う医師にかかっていたら助かったんじゃないかと思います。
敗血症になると輸血という方法もあると知り合いに聞きましたが、してませんでした。
できることはしてますと冷たい印象をもちました。
抗菌薬も効かなかったようで、本人の体力も落ちていましたし、無理な手術だったんじゃないか、そもそも腕の良い医師なら直腸癌手術ももっと合併症発生率を下げれたかもしれない。他の病院、医師にかかればこんなことなかったんじゃないかと後悔している自分がいます。
このような経過はあることなのでしょうか?

私は一般人なので医療に詳しくありませんので思ったことを書きましたが、アドバイスいただけると嬉しいです。

A 回答 (2件)

大学病院がよいとお思いですが、教授が手術などするのではなくインターン(今なんと言うか知りませんが)などが取り扱ういわゆるモルモット扱いです。

(医大生が見物)
今の病院で満足し(主治医も一生懸命やったはず)、お父様も寿命だったと諦めることをお勧めします。
敗血症の患者数は世界で年間約2700万人。内約800万人(3.3割)が死亡している、と報告されている。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
その様な考え方もあるものだと思いました。
70代を生きられなかったし、私は30歳にしてかなりの父親っ子で仲良かったのと、30年間同じ屋根の下で暮らしたので、ついこないだまではいたのに喪失感と悲しみがまだまだ深いですが、聞いていただいたのと回答いただけたので良かったです。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2018/01/01 18:08

お悔やみ申し上げます。


結果的にお亡くなりになりましたが、直腸がんの除去手術がはじめの優先事項ですから、イレウスはその術後に癒着して発症したものでしょうし、おそらく直腸がんの進行度が高く遠隔転移の兆候があったのではないでしょうか。
担当の医師は御父様にとっての最善の治療術を選択したものと思います。

全体を通して、治療に当たった医師の方達やスタッフも懸命に最善を尽くされての最期と思います。

大学病院転院へのことは、御父様御自身が選択を決められたのですから、医師とのしっかりした信頼関係があってのことと思われます。

この場合には「 if 」は、ありません。誰にもその事には触れられません。

悲しいでしょうが、私は、御父様は御自身でも「これが正しい」と決断されてのこの度の結果だったと考えます。
一つの満足の姿と受け止めてあげてはいかがでしょうか。
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