聖武天皇の大仏造立の詔について
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大学入試の問題の解答で、
A大学:発布された時の都→恭仁京
B大学:発布された時に天皇のいた場所→紫香楽宮
になっているのですが、間違ってませんか?
分かる方、教えてください。
回答(3件)
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No.3ベストアンサー20pt
まずはじめに恭仁京と紫香楽宮の年代についてですが、
恭仁京→建設開始740年12月(同時に遷都)しかし、743年の12月には建設中止に
間に難波宮(744)をはさんで
紫香楽宮→造営開始742年 745年正月には遷都 しかし5月には平城京に戻る
ということです。大仏建立詔の発布は743年10月15日ですからこの時点での都は恭仁京ということになります。
次に紫香楽宮はこの時点で造営は開始されています。よって、天皇は数回行幸という形で訪れています。このときも7月26日から訪れ11月2日に帰京していますから10月15日に聖武天皇はこの紫香楽宮にいたと考えられます。この紫香楽宮にて盧舎那仏の建立が開始されます。
よって、
都は恭仁京
紫香楽宮に行幸中に発布
ということです。
その後、745(天平17)年東大寺にて建立開始されたのが現在の盧舎那仏ということですね。
この回答へのお礼
解答が間違いのはずはないなと思っていましたが・・・そういうことでしたか。都はどこかという設問は意地悪いですね(苦笑)。
大変分かりやすい説明で分かりやすかったです。ありがとうございました。
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