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現在、大学院卒業を間近に控えているものです。
大学院での研究ではいろいろと困難があり、研究が進まずにたいした結果を出せずに2月になってしまいました。
現在、来週提出の修士論文を必至に書いていますが、担当教授からは
「君は結果が出せていないのだから場合によっては卒業させない。来年もやるか?」
などと言われてしまいました。
私自身はこの2年間で苦労しましたし、教授のきつい叱責にも耐えてきました。4月からの就職も決まっているからなおさら卒業したい気持ちが強いです。
「こんなに大変な思いをして今更卒業できないだなんて…」と考えると日に日にストレスが溜まり、体調まで悪くなってきました。
修士論文には自分ががんばったことをいろいろ書いてアピールしていますが、それでも結果が出ていない学生は卒業できないものなのでしょうか。

「卒業できないかもしれない」という不安を軽くしたくて質問させていただきました。修士論文の書き方などアドバイスをお願い致します。

(忙しいのでお礼が遅くなるかもしれません)

A 回答 (4件)

>修士論文には自分ががんばったことをいろいろ書いてアピールしていますが、それでも結果が出ていない学生は卒業できないものなのでしょうか。



小生の経験上からは担当狂官によると思います。
小生の場合は、狂官から目をつけられたため、どんなに結果を出しても、「こんなの研究でも何でもない。留年しろ。」ようなことを言われ、散々でした。でも、卒業は何とかできました。
他の研究室の学生はと言うと、「先生がほとんど書いてくれた」「結果は問わないから、手書きでなければいい」とかいう感じの方もいたぐらいです。温度差がありました。

一口に結果言ったって、どうでもいい小さい結果もあれば、学術界を揺るがす大きい結果までまちまちです。修士の学生では、どうでもいい結果が積の山でしょう。修士論文が学術会を揺るがす大論文になった話など聞いたことありませんし・・・
修士の学生の結果に対して(frankさんだって全く結果がないというわけではないでしょう)、もっともらしい文句を付けて留年させるような狂官は明らかに嫌がらせと思っていいです。
その狂官の修士時代の論文だってたいしたことないと思います。恐らく、現在の狂官の論文も同様に学術会から見れば、あってもなくてもどうでもいい論文と思います。大したことない狂官ほど、下男根性と申しましょうか、ちょっと権力を持てば、権力ない者をいじめるものです。

>「卒業できないかもしれない」という不安を軽くしたくて質問させていただきました。修士論文の書き方などアドバイスをお願い致します。

お気持ちはよくわかります。小生の経験からも、今できることは、

 「修士論文には自分ががんばったことをいろいろ書いてアピールしています」

しかないでしょう。あと、自分のアピールばかりして、担当狂官に対する敬意の言葉を忘れないようにしましょう。(担当狂官がいたからこそ、本論文があるような書き方)姑息な手段ですが・・・

>日に日にストレスが溜まり、体調まで悪くなってきました。

体には十分に気をつけてください。ちなみに小生は、この時期のストレスのために、回復不能な病気にかかってしまいました。小生のようにならないように気をつけてください。
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大学院は「卒業」じゃなくて「修了」では。


4月からの就職決定が「大卒」なのか「院卒」なのかにもよりますね。
学部ならともかく、院の場合は「頑張った」ことよりも「結果」が求められるので、担当教授の言葉のとおりだと思います。
いくら「大変な思い」をしても「結果」が伴わなければね。「大変な思い」だけなら、世の中マスター・ドクターがどんどん生まれますから。
研究分野が不明なのでこれ以上のコメントは難しいですけれど。
修士論文は研究によって明らかになったこと、グレーな部分、新たに発見できた問題・課題を明瞭にすることですね。
このままだと無駄に終わってしまいます。何がわかりね何が解明できなかったのかをはっきりすりゃどうにかなるんじゃないかな。
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分野と大学、担当教授によってまったく話が違うのでなんとも言えませんが、まぁ「場合によっては」というあたり、一応、卒業させてくれるつもりなんじゃないですか?



ちなみに就職先や進学先が決まっていても担当教授の胸先三寸で卒業できなかった人を数人知っていますが…。(そういう人は普通、もう一年ではなく退学を選ぶので実際のオーバーマスターを見たことはない)基本的に、まじめにやっている人間を修士をとらせることができないというのは担当教授の恥にもなるので担当教授も一生懸命になるものなんですが…。

修士論文は目的と結論考察をきっちり書くことです。ネガティブデータの蓄積も立派なデータになることもあるので。
例えば、現在のこの分野の問題点はこんな感じで、これに対処するにはいくつかの方法が考えられる。自分はこういう考えの下でこういう方法で実験を行った。しかしながら別の問題が浮上し、結論的にこの方法での問題解決は困難であることが判明した。これに対処するにはここをこうする必要があると考えられる…ってな感じで(笑。

うちのとこのマスター二年たちも疲労とストレスのピークを迎えています(笑、私もあるものはケツをひっぱたいて何とかせいと言い放ち、あるものに対してはなだめすかして後ちょっとだからがんばれよと言い、あるものに対しては審査までにはネガテイブデータぐらいなら俺が出すからお前はその結果で押し通せといい放ち、一緒に右往左往しています。

修士とはいえ、論文であり、審査があるものなんですから誰もが苦しむのが当然です。
ましてや不幸にして良い結果が出なかった場合は、自分の思考が足りなかったか、実験の量が足りなかったか、はたして運が足りなかったかはわかりませんが、なにかは足りなかったのですから、人一倍(いや二倍?)、苦労して、何とか限りあるデータから「学問的意義」というものをひねり出さねばなりません。教授のきつい叱責に耐えただの苦労だのというのは「結果」を出した人間しかいえることではないのです。ぶっちゃけ、無視するというワザをもっている人はいくらでもいるのですから。(わたしはこんな努力をしましたというのは審査する人によっては不快感しか感じないことがあります。特に審査する人はたいていはそういう苦労を当然のように克服して結果を出してきた人ばかりですからね。)

ですからあくまでも勝負は自分が持っているデータとその解釈方法です。

この苦労を越せないようであればそもそも自分は修士号に値する人間ではなかったということです。自分が修士号に足る努力と才能を持っていると信じて、できることをできるだけやりましょう。
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卒論ではないのでそれなりに結果は求められると思います。


がんばったことではなく、研究によって得られた結果が何ののかを明らかにしなくてはいけないと思います。
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