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もう生きるのが怖いです
この恐怖心は一体どうやったら失われるのでしょうか主に人間が強いです。

A 回答 (8件)

誰にでも怖いと思うものがあると思います、この怖さを異常に感じている場合では、その異常な怖さには原因があります。



人間には、誰の心の中にも怖いものも、安心するものもあります。赤ん坊を見てみると誰でもが納得すると思います。

生まれただけで、誰が教えなくとも怖い事でも、安心する事でも、或いは大人の誰でもが感じている事柄を、『知りつくしています。』

誰でもが感じている、高い処に上がった感覚は、子供も大人も、女でも男でも持ち合わせています。この感覚は『万人共通です。』

処がこの感覚を、異常なものと感じてしまう場合があります。それは不安障害とか、恐怖症とか、ノイローゼと云うような場合です。

誰でも感じている恐怖感を、特別に恐れてしまう現象です。例を挙げるなら高所恐怖症、閉所恐怖症、或いは死を恐怖として感じてしまう、死に対する恐怖症などですが、まだまだ数え上げたらきり、際限なく存在しています。

こう云った現象の裏舞台と、そういった恐怖感を無くしてしまって、大安心の境涯で過ごす事の違いを書いてみたいと思いますので、この人生を安楽に過ごす事が出来る『安楽の法門』を学ぶ事のヒントを書いてみたいと思います。

ノイローゼとか不安障害とか恐怖症の原因は、誰の心の中にも存在している『自分自身の中に、存在している、怖いと教えている者と、教えられているその情報(言葉に拠らない情報です。)を恐れている事を意味しています。

そうしてこの状態を、人間の不幸とさえも、仏教では喝破しているようです。それは『無明の故の苦しみ』と説明しているようです。

何処からおしよせているのかさえもはっきりしない、漠然とした不安感や、生き難い想いの事です。キリスト教では『罪の意識』=『原罪』と云っているようです。

仏教での解決方法は、自身の苦しみの原因を、根こそぎ取り払う事が、お薦めのようです。それが自分自身を知る体験『見性』つまり悟りを開く事を意味します。

キリスト教でも同じ事を云っています。『自身の中の(知られざる)神と和解して、神の僕となって、神の後からついて行く。』という程の意味です。

それは、人間の脳の構造上の問題、或いは脳の機能上の問題を悩み、苦しむと言う意味になります。

人間の脳の構造です。人間の脳内には二つの機能が存在しています。ウイキぺデアからです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球がそれぞれ独立した意識を持っていることを実証した。”

この中に書いてある、右脳の意識が人間の生命の維持機能です。言い替えるなら『命の働き』です、『仏性』です。

この意識と出会う事を『見性』=『悟りを開く』と表現します。そしてその体験を『手から手へと直に手渡しで伝えられてきたものが』”禅”と呼ばれてきたものです。

釈迦の心を直接『手渡しで伝えてきた』処から仏心宗とも呼ばれているようです。ところが、鈴木大拙博士が存命中には、インドでも中国でも、絶えて無くなって久しいと云っていました。

禅は今や日本に存在するのみ、になったと云っていました。

1,905年生まれで、1,997年に亡くなるまで、精神科医として働いていたウイーン生まれの、V.E.フランクル博士も『知られざる神』という名でのその存在を知らしめようとしていました。

禅の中で語られている『それ』の存在です。仏性です、或いは命を働かせている機能=右脳の機能の事です。

この動画で語られています。無意識の自分の機能と云っても良いです。もし恐怖症とか、不安障害の人であるなら、右脳の意識と出会うなら完治します。

漠然とした不安を、自意識に送っている者です。無明の闇を晴らす時の相手です。

脳卒中になったために、右脳の自分と左脳の自分をうまく表現している動画を載せて置きます。是は1/2ですので、2/2も探して見て頂けるならもっと良く理解出来ると思います。


URL::

恐怖症の正体は、『自身の中の怖いと教えている者=右脳の機能』ですが、子供時代では、怖いと教えている者と、怖いと感じている自分の自我が『一体になっていたために』

『只、怖いだけ』と云う風に怖い時だけ怖い事になっていました。ところが大人の脳になった場合では、怖い場面ではなくとも、予期不安とか想像をするだけで怖さを感じるようになってきます。

全ての神経症に付いて言える事ですが、症状だと思っていた事柄を『受容した時』には治ります。

症状らしきものを『(心の中の)余計な物として』心から排除しようとした時から『症状になっています。』

高所恐怖症が治る場合では、高い処はその高さに応じて怖い事を、納得した場合です。

上がり症が治る時は、上がる事は誰にでもある事を納得した時です。逆な言い方をするなら『上がらない工夫とか、上がらない努力を放棄した場合だけです。』

上らない為の努力をしたり、上がらない為の工夫をしている場合を『上がり症と云っています。』

貴方の場合での治りと云うものは、『怖いという感じ』を恐れる余り、その怖さを感じないように工夫をしています。或いは『心をやりくりしています。』

その工夫とか、やりくりを止めた場合です。

高所恐怖症で説明するなら、高い処に上がった場合に『高いという感覚』を感じたくないと、心の底から願っています。

ですがその願い自体が、その本人を苦しめているからです。無明の闇を払うという工夫をして下さい。

禅を学ぶなら鈴木大拙博士の著作集が良いと思います。

博士自身が25歳頃に、見性と云った体験をしていますので、読む人にその極意と云ったイッセンスが分かる様な書き方をしているからです。

人間は如何して苦しまなくてはいけないのか?と時々書いています。
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実年齢にも無関係かもしれないですが。



私は五十代のオジサンですがね。

まぁ、簡潔に言えば、「自分では死ねないから生きているのです」

私より、更に、年齢が上の人で特に、心身に重い障害のある方々は、更に、その思いを強くされているものだと思いますよ。

皆さん、なんでこの世界に自分が誕生したのか、わからないのですよ。

だから、自分自身を問い、世界を問う、哲学をするのですよ。

仮に哲学をすることが人生に於いて、無駄な抵抗の試みに終始するとしてもですね。

人間から、学んだり、迷ったり、狂死しそうな思いを奪いされないように、どんなに苦しい思いを重ねても、なかなかを以って、自殺は出来ないのです。

それが人間の生態というものです。

あなただけが特別じゃないのです。

あなたのような思いをする時期というものは、誰にでも訪れる人生危機なんです。

あまり、自分だけが何故?

との問いは辞めた方が良いです。

見知らぬ顔をして、町中を闊歩している人たちも人知れず、どのような悩みを抱えて生きているのか、分からないというのが実情で、自己の生を恨む時すら、人生の道程には起きがちだということです。


繰り返すようですが、あなただけがあなたのような疑問を持つものではないのです。

この危機をあなたが脱すれば、一皮むけた人間になれると、そう、強く自分に自信を持ってください。
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人間が強い、とは、人間が怖いという意味か?



どうしてそうなるのだ?
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普通の人なら誰だって


深くその「生きる」ってことを考えたり思ったりしたら
怖いです。
でもそれはその「怖がること」は生き残るうえでは
たぶん最も必要なものなのだから
大切に育ててください。
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★ 生きるのが怖い


☆ という表現を聞いて応答せよ。となれば:

○ その怖さをわざわざ――勇気を出して――きちんと意識してみる。耐えてみる。

☆ そこから始めるのがよいのでは? よほどのことでなければ そういう――たぶん何がこわいのかが 分からないような不安といった――状態については ひとまづきちんと意識してやったら 相手は逃げてゆくと思うのですが。



もし怖さの正体が 分かった場合には その原因をしらべましょう。
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息を8分止めましょう。

そうすると後の人生がラクになりますよ。
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心療内科かまたは精神科で治療しませう

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何も感じずに生きるということ自体が不可能。


むしろ感じていることが生きているということ。
それを失ったら貴方は死んだも同然。
エヴァとかいうアニメでそれがよく描かれていますので
動画サイトなどで見てください。
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