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 生命の最古のものとしては、オーストラリアで発見された「シアノ・バクテリア」というのだそうです。さて、そ
もそも、生物学でどう定義しているかは度外視して、生命
というものを哲理として定義しするとすれば、どのように
定義すべきでしょうか。 生物学等の既存の学問を離れて
は、生命の定義は不能でしょうか。

A 回答 (15件中11~15件)

あなたは哲学とはどういうものか知っていますか。

哲学はすべての学問の大元なのですよ。

哲学から、神学、法学、医学が最初に分離し、さらに科学が19世紀初期に分離し、その中から生物学ができました。もっともその前に博物学があるかもしれませんが。

つまり生物学だろうが、哲学だろうが、答えは変わらないというか、生物学も哲学の一分野なので、同じことだということです。
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この回答へのお礼

 貴重なご意見です。 私は、哲理と哲学とは似て非なる
ものと考えます。

お礼日時:2005/03/05 21:06

生命と生物は、どこか違うように思いますが、私は前提として、ひとつのの世界(無定義語とします)があって、この中にその世界と異なる論理(これも無定義語になります)をもった新しい世界が生まれた場合、旧い世界は環境の立場になって新しい世界を支えるという図式を考えています。

新しい世界の中に再び別の論理を持った世界が生じるというようにこの過程は無限に続いているものと考えています。逆の方向へさかのぼる必要もあると思われます。われわれが認識できるのはごく一部だけなのだろうと想像しています。要するに生命というのはこの世界のたまねぎ的というか階層構造のことかというように考えています。少なくとも旧い世界である環境と新しい世界である「生物」との間に生じている現象を生命と考えることは可能かもしれません。階層毎に(異なる意味の)生物が存在するということになることも興味深いものです。身体としての生物と脳としての生物は、いわゆる科学的に考えても分ける必要があると思います。
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この回答へのお礼

マンデンブロウでしたか、「たまねぎ的」相似の世界で
すね。 懐かしく、大変参考とさせて頂きました。

お礼日時:2005/03/05 21:15

加えて、哲学って言うのはある定義の下にたった思想であって、定義を探求する学問ではないと思いますが…。

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この回答へのお礼

 貴重なご意見です。 私は、哲理と哲学とは似て非なる
ものと考えます。

お礼日時:2005/03/05 21:16

生物学じゃなくて哲学的ってよく分からないんですが。



生命は生物(1.自己増殖ができる 2.エネルギー変換ができる 3.恒常性維持能力がある)が持っている根元的なエネルギーことじゃないのですか?

自分には、これ以外定義のしようがありません…。
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この回答へのお礼

 貴重なご意見です。 私は、「哲理として」であり「哲
学」としての質問では有りませんが、有難うございました。

お礼日時:2005/03/05 21:18

生命という根源的問題については、純科学的にアプローチしても哲理的になる、というところはあると思います。


あえて、さらに哲理的に考察したところで、生命のない状態から生命が生まれたという、一応の事実を否定しない限りはポエムのようなものになってしまうでしょう。

……と前置きしたところで、よくある定義だとは思うのですが、
「自我を持ち、自己増殖する物体」
とした場合、例えば現行の技術でも、ある程度の運動(物理的生産)能力を持たせたロボットにある程度のプロセッサを載せれば、完全な無機物で生命を作り出すことはできます。
二次的に「自我とは何ぞや」という疑問も派生して、なんとなく哲理かな~と。
いい加減な答えですみません。
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この回答へのお礼

 「生命のない状態から生命が生まれたという、一応の事実」と言う箇所が、やはり問題ですね。 大変有難うござ
いました。

お礼日時:2005/03/05 21:24

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