プロが教えるわが家の防犯対策術!

以前とある議論の中で

実際にピアノを練習している人の中でどれ程の人が憧れの的の奏者のように
聴き手を感動させられるような演奏ができるように成れますか?
と言ったところ

とある知人は「それを言っちゃぁおしまいだろう」!! と言われました。

というのも大半の方はそうは成れないというのが現実なのですが、
自分だけはそう成れると思って皆練習しているんだとか・・・

でも私思うにそうじゃないと思うんです。
その現実を直視する事からしか何も始まらないと
そういった殆どの方(自分も含め)は手が届かないのだという現実を知り
ではどうすればそのように成れるのか?を考え行動する=挑戦


多くの方が私の考え方が否定的だと批判したり、ついていけないという訳ですが
実際にその領域にある人は実践の積み重ねてきた量が普通の人には絶対にマネのできない程のモノ
である結果としてその地位を確立しているということ

それが現実である事が明らかで実際に凄腕奏者はYOUTUBEが発達した現在わんさかいる事がわかるものの、誰もがそうは成れないというのも現実で全体の%にするとほんの僅かの人のみで大半の方は底辺の壁すら超えられないというのが現実かと

その考え方や行動を変えずして憧れの成果などに手が届く訳はないと思う訳ですが
(結果として多くの方は聴き専で憧れの奏者に自分を重ねて夢見ている)


この一連の考え方についてご意見を伺いたいのですが?
( ;∀;)?

質問を要約します
質問①
知人は「それを言ったらおしまい」だと考えている
私は「そこをまず考えないと始まらない」と正反対である事

*現実には自分の行動自体をそれに合わせて変えないと結果は得られない事を知る


ご意見よろしくお願いします♪

質問者からの補足コメント

  • HAPPY

    度々失礼します

    私自身自分の考えが唯一正しいなどとは思っておりませんので

    是非 反論と理屈をお聞きしたいと思います♪

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2023/01/30 15:21
  • どう思う?

    なんか回答のほうの論点が質問内容からズレてしまいましたので
    私也に考えてみました。

    結局のところ 憧れの奏者のようには成れないとわかっていても、イヤ俺は慣れるんだと
    思い込む事によって漸くモチベーションを維持している人がいる

    それに対して現実はそこから一歩踏み込んで考えて行動しないと可能性すら無く
    より可能性のある方向で実践を積み重ねるしか方法が無いという事

    それをいったらおしまい=結果が出ない事を内心わかった上でそのように表向き振舞うのと
    少しでも結果に手が届くように行動しなんとか現実を変えようとしている人間とでの考え方の違い
    という風に考えました

      補足日時:2023/02/03 17:10

A 回答 (5件)

音数の少ない演奏に涙が出ることもありますし、


たどたどしい演奏に癒されることもあります。

超絶技巧な演奏には長い年月がかかりそうですが、
感動っていうのはそんなに遥か遠くではない気がします。

実際に数年のレッスンでも、ハッとするような良い音を出す子もいました。
逆に音数の多い演奏には聴き疲れするものが多いとも感じています。

ピアノは弾いる本人が癒されたり、楽しみ方も色々あると思います。
中には「上だの下だのと」もがき苦しんでいる人もいるのでしょうが、「底辺」など考えもせずただ音楽を楽しんでいる人が多いのではないでしょうか。
ただ歌いたいから歌うのと一緒で。
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この回答へのお礼

ありがとう

ご回答ありがとうございます。

回答文は仰る通りだと思います

>①「底辺」など考えもせず②「ただ音楽を楽しんでいる人」とし

②は私自身です。純粋に音楽演奏を楽しむ事が私の幸せです。
ただ人間というのはあまりにも幸せな境遇にい続ける人というのは
凡そ馬鹿で、それを維持する事に繋がるという感想を持っています。

私は常に自分より優れた人、素晴らしい演奏をする人を見つめるようにしています。すると自分の演奏というモノが如何に不出来で見劣りするかがよくわかり、なんとかしてあのように上手に成りたいという思いと行動のモチベーションに繋がる訳ですが、

私が①底辺だと感じる人というのは、とにかく凄腕の奏者とか世界でNO,1と思える奏者を理想に掲げつつ、自分はというとその奏者に対しては底辺の位置にしかいない、そこを抜け出そうという気がない、(当人としてはその気があるのかは知りませんが)その一連の発言等を見ると口から出てくる言葉は
上手なのか下手なのか、弾けるのか弾けないのかとか、結局は自分より劣る者を見つけては批判や誹謗中傷を繰り返し優越感を感じている人達が一定数居る事です。

この手の人達は本当に音楽演奏を楽しんでいる訳ではなく、世界NO,1の奏者と自分を自己の想像世界で同一視しその他の純粋に音楽演奏をしている人に対して優越感を感じる事で幸せを感じているような人達です(この手の人達は自己評価とは裏腹に実際には底辺に位置しています)

お礼日時:2023/01/30 12:06

No.4です。



補足コメント拝見いたしました。

>私自身自分の考えが唯一正しいなどとは思っておりませんので
>是非 反論と理屈をお聞きしたいと思います♪

あれ?質問者さんに「反論」は一切ないのですが……。
もしかしてこちらの文章のことでしょうか?

>何となくですが、反論しても理屈が通じない相手かもしれないなと思いました。

これは質問者さんが「底辺」と例えた人についての印象です。
質問者さんから話をいろいろ伺っているうちに、何となく理屈の通じない人の印象を感じたので、時間の無駄になりそうですからブロックされては?と思って書かせていただきました。
文章が紛らわしかったら申し訳ありませんでした。
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この回答へのお礼

助かりました

度々返信ありがとうございます。

漸く文面の意味が正しく理解できました。

確かに理屈が通用しないというか、どうすればそのような考えに至るのかと
ずっと疑問を持っていたのですが、要するになんにも考えていない、
単純に此奴(コイツ)はと自分より遥か下の存在だと過小評価し
一連の行動から発言、説明に至るまで全否定してしまっているだけだという事が凡そ理解できました。

所謂 誹り(そしり)というやつでこの手の手口はクラッシック等の世界独特のモノらしいですね・・・言葉自体先日初めて知りました。

会話をしていて いろいろ参考になりました♪

お礼日時:2023/01/30 18:18

No.3です。



登場人物が増えたせいでしょうか、仰られたことが理解できていなかったらすみません……。

まず、ブロックは「あえて」されていなかったのですね。
そして「反論」はしておいた方が良いとお考えなのですね。
そして「感じ方が人それぞれ」なのはどうしようもないということですね。

とくに異論はありません。
人それぞれですよね。

ちなみに私はYouTubeに熱心ではないので、人間関係があまり生じません。
ブロックも反論もする機会がない……。
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この回答へのお礼

解決しました

ちなみに私はYouTubeに熱心ではないので、人間関係があまり生じません。
@音楽演奏という分野に関して現実世界では全く人間関係の問題は生じません、それどころか、凡そはじめて会う人等はそれが凄くいい印象を与えるようです(^^♪ それと共に昔からの知り合いは私という人間を理解していますから問題など起こりません!

ただネットの世界はその現実が見えませんし、YOUTUBEのアップロードなどではあくまでその時そうであるだけにも関わらず、それを見る人達は当人の事情などは知る由もなく、その一部分を固定的に捉えて断定し自分の否定的想像を加え現実を否定しデマを流し始めます。いずれにしても自分が気に入らない者についてはその是非など以降考える事なく否定的想像をし続けるようです♪

さっさと忘れ去ればいいだけの事をずっとその手の思考を継続するには
心の中で劣等感なりを持ち気になる存在であるのかも知れません。


ネット上で問題が発生する主な原因は「領域が違う」と同じ言葉が指し示す意味や常識・良識自体がまるで異なることとその自認がない事、
あらゆる領域の対象がYOUTUBEには上がっている事を考慮がない事等

最終的には一つのジャンルという枠より更に詳細な区分分けをし
自分が「素晴らしいと感じるモノ」を同じように素晴らしいと感じられる人間同士でコミュニティをつくることかなぁ~という帰結に今現在至っています。

まあ私としては弾くのが大好きなので一人でも十分楽しんでいけるんですけどぉ~

なんか質問文から思いっきり脱線したような気がしますが(苦笑)

回答文の要点は
>ただ音楽を楽しんでいる人(コンフォートゾーンに居続けたい人)
にとって

音楽を楽しんではいるが向上心を持って即時行動に移している人間との考え方の違い?捉え方の違いによる無理解という事かと


回答文より
私自身の考え方の盲点は 
(コンフォートゾーンに居続けたい人間も許容する事かなぁ~)
という結論に達しました♪ 

1%の行動する人間に対して99%の行動しない人

・・・実際にそれを容易に許容できるとは思えませんが♪

お礼日時:2023/01/30 18:05

No.2です。


たくさんご返信ありがとうございました。

なるほど、YouTubeでかなり理不尽なコメントを目にされたのですね。
何となくですが、反論しても理屈が通じない相手かもしれないなと思いました。
キリがないのかも知れませんが、相手のアカウントをブロックされてはいかがでしょうか?
1つ落書きがあると、同類がどんどん集まって落書きしそうだから……。

向上心を持ってピアノと向き合うことは、良いことと思います。
ピアノの楽しみの1つでもありますよね。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

Thank you

>なるほど、YouTubeでかなり理不尽なコメントを目にされた
@これは私の人物像についてのコメントで直接あったのは数件のみですが
全て的外れでした。

相手のアカウントをブロックされてはいかがでしょうか?
@私の場合は逆でそういった否定コメントにも意味があると考え精査し分析しております。

先日一番受け入れがたかった事は私のコメント支持者が脱退された事、
つまり演奏?発言等受け留められないといった事なのだと思うのですが、
ただその行動を絶賛する方も同時におり、これは各人の立ち位置での一連の受け止め方、感じ方、価値観の違いとしか言えないと判断している次第です。

先の回答文で言うと「逆に音数の多い演奏には聴き疲れする」といった部分のような事かも知れません。そこらの解説文も付け加え私のできる範囲でわかり易く方法を実践してみたのですが・・・

何となくですが、反論しても理屈が通じない相手かもしれないなと思い
@私が発言すると皆さんダンマリを決め込みますが、人間心に感じる事は
変える事ができないというのが事実でしょうから、「反論」は別にして頂いたほうが相手の考えを理解し易いですよぉ!

一つに世の中には「勝ち負け思考」の人間というのが結構おり、現実世界ではどうしても勝てない相手の存在や、発言で打ち負かしてしまうと敵となるそうで、敵対心を持った人間はとにかく陰に隠れて現実を捻じ曲げて認識してしまったり、敢えて自らの誤った想像こそが正しいかの如く書き込みをする等行動に出るそうで

その人のレベル、立ち位置、価値観、嗜好、考え方等によってこの分野では
様々な感じ方や感想があり、同じモノを見てもそのようにその時感じる、思うことはどうしようもないといった事でしょうか

>同類がどんどん集まって落書き
@確かにそれは実際にあります、ただその手の人達も漸く現実を正しく理解できたかと思うと、まるで現実を知らない第三者である外野さんが騒ぎ出すといった事もあり、現実を変えるべく行動するとそれとは異なるコンフォートゾーンでい続けたい第三者が騒ぐので、「行動すれば思いもよらぬ何かが起こる」としか言えないように思いました。


しかし文章(自分の考えている事)纏めるの下手ですね自分でそう思います

お礼日時:2023/01/30 15:03

よく分からないけど人それぞれの考えで良いと思う

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この回答へのお礼

ありがとう

ご回答ありがとうございます。

やはり率直な感想としてよくわからない人は私の発言を単に否定的だと
感じるというふうに解釈しました(^^♪

お礼日時:2023/01/30 10:36

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