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大番・書院番などの番方の旗本は、平時はどの様な職務を担っていたのでしょうか?
城に詰めていたといっても、由緒ある旗本なので門番などの様に立ち番で警固していたとは思えないのですが、実際には詰め所に詰めていただけなのでしょうか?

ご意見を伺えれば幸いです。

A 回答 (1件)

御小姓番、書院番、新番はそれぞれ江戸城中の詰所に詰めており、小姓番と書院番は儀式の際には交代で将軍の給仕をし、将軍が城外に出る際には前後の警護をしました。


書院番については駿府城への在番がありますが、小姓番は常に将軍に近侍しており城外での勤務はありませんでした。
新番はいちばん新しくでき、将軍出行の際は先駆を勤め、平時には土圭の間につめていましたが、新番がいちばん将軍の近くで警護にあたっていました。もちろんこれらの3番は立ち番というようなことはありませんでした。
大番については京都・大阪在番の組以外は、営中と二の丸で1組ずつが毎日交代で勤務につきましたが、大番は他の3番のようにまとまった1ヶ所ではなく城内の方々にあり番所に詰めいてました。
もちろん大番といえどみずからが立ち番をするようなことはなく、立ち番があっても家臣か大番同心あたりがしたものでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
やはり番士が自分で立ち番をする事はなかったのでしょうね。

お礼日時:2005/09/04 18:09

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