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「上様」とか「公方様」と呼ばれていたそうですが、どのような場面で、どのような身分・階層の人が「上様」「公方様」「御所様」と呼んだのでしょうか。
「話し言葉」が今に伝わっている例は少ないと思いますが、具体的な例を教えてください。

例えば、将軍家御典医の娘で『名ごりの夢』の著者今泉みねは、幼少の頃、桜田門外の変直後、自宅に集まった幕臣の話の中に「上様」という言葉を聞いたと、著書で述べています。
また、駿河国70万石をあたえられた慶喜は、自分のことを「上様」と呼ぶようにまわりの者たちに言っています。
他の例を探しています。よろしくお願いします。

A 回答 (2件)

岩波文庫に「旧事諮問録」(副題:「江戸幕府役人の証言」)という本があります。

この本は、旧幕府の役人から幕府の制度・諸役などについて聞き取った質疑録であり、話し言葉で記述されています。
この冒頭に「将軍の起居動作等」という章があり、これによると、幕臣の立場での将軍の呼び名(3人称)は「将軍家」であったことがわかります。
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この回答へのお礼

そうですね。
「旧事諮問録」をじっくりと読んでみます。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/10/25 20:52

時代によって異なるが、一般的には・・・


公方様→天皇や将軍などその時代の政治の頂点にいる人。江戸時代なら征夷大将軍を指す。
上様→身分が高い人や立場が上の人の総称。江戸時代なら殿様のこと。
御所様→天皇や将軍など貴人住居に住む人のこと。
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この回答へのお礼

なるほど。
NHKドラマ「篤姫」では、和宮は夫の家茂を三人称で呼ぶ場合、初めのうちは「公方様」と
呼んでいましたが、ここ数回の放送では、「上様」と呼ぶ場面があります。
「上様」は、なんとなく主従関係を想起します。
江戸城では将軍だけが上様ですから、和宮が「上様」と呼ぶようになったのは、和宮が徳川家の人になった覚悟を脚本家は表現しているのではないかと、想像しています。

ドラマではなく、史料の中で「公方様」と呼んでいる具体例を探しています。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/10/28 09:42

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