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サッカーの前園選手についての質問です。
アトランタオリンピック(?)が終わったぐらいから、代表にも姿を見せなくなり、表舞台から消えてしまったように感じているのですが、あれだけ注目されて、活躍していた選手なのに、何か明確な理由があってあのような状況になったのでしょうか?それとも、大ファンだった私が勝手に思っているだけなのでしょうか?ちなみに、引退したことを最近知ってしまいました。理由は、なんだったのでしょうか?
この件に関する前園の秘話逸話何でも構いません。ご存知の方、お願いします。

A 回答 (6件)

前園のみならず、そのような選手はたくさんいます。


現在J2の仙台でプレーしている財前選手も、中田英寿選手よりも
注目されていた逸材でした。
そのほかにも、小倉選手や松波選手も高校の頃は、とても注目され
次世代の日本を担うと評価されていた選手でした。

サッカーのみならずスポーツ選手は、経験と共に技術を
身に付けていきます。そうして成長するのですが、前園選手は
怪我などで、成長する機会を逸してしまったのではないでしょうか?

試合に出ることは重要です。しかし、彼は試合に出る機会がめっきり
減って、どこかで心がポッキリ折れてしまったのではないでしょうか?
フリューゲルス消滅の被害者の一人だと思います。

怪我でボロボロなのに、相手にスライディングタックルをかましていた頃の
五輪予選の頃の前園が、彼の中にずっといれば、今とは違った境遇だったと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。他にもそのような選手がいたのですね。
大ファンだっただけに、あの前園選手の消え方には正直疑問だったのです。普通あれだけの選手なら緩やかなカーブを描いて衰退していくのなら分かるのですが、彼は垂直に落ちたというよりも、その落ちていく部分に空白があるような印象です。いつのまにか、表舞台に出てこなくなったから・・・・・。

お礼日時:2005/12/07 10:51

下の方も書かれておりますが、スポーツ雑誌の「VS」


05年7月号に前園の特集が組まれています。
http://www.kobunsha.com/top.html
(光文社のHPからご確認ください)

彼がピークを迎えた頃に何を考え、行動していたか、
引退を考えたときの彼の心境・・・。
因縁の(?)金子達仁が書いています。なんで因縁が
あったかは「28年目のハーフタイム」(文春文庫)を
読むと分かります。

横浜Fのファンクラブにも入っていて、前園のプレーを
見にスタジアムに何度も通った私にとっては、非常に
寂しく、一時代の終わりを感じた特集でした。

バックナンバーの取り寄せは出来るはずなので
ぜひ読んでみてくださいね。
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彼が輝いていたのは1997年頃までですね。

当時まだ24歳です。横浜フリューゲルスからヴェルディ川崎に移籍したのが転落の始まりです。当時はJリーグ史上最高金額の移籍金(多分今もそうだと思います)で強豪のヴェルディに移籍したのは良かったのですが、チームスタイルにマッチししなかった事やポジションをFWに変えられたりしているうちにリズムを狂わしてしまいました。ヴェルディではなくて、噂されたスペインに移籍してたら変わっていたかもしれません。

彼がJリーグバブルが作ったスターで、マスコミに持ち上げられ私生活も派手だといわれて、転落は自業自得だという意見が多くありますが、その部分よりもヴェルディ移籍が失敗だったほうが大きいと思います。

ただし不調から蘇ることもなく、そのまま消えるように引退してしまったことは残念ですね。本当にプロ意識があるというのなら、低迷し始めたときに何とか元に戻れるような技術と若さもあったのですが、その輝きはついに戻らなかったですね。これについては全くの謎です。ただ、ブラジルに移籍したりして環境を変えようとはしたみたいだし、ギリシャのPAOKサロニカのテストを受けたり(不合格)、晩年には韓国に移籍して、そこではそこそこの活躍はしていました。しかし日本ではすでに忘れ去られた存在で、帰国後もJリーグからオファーが来なく、セルビア・モンテネグロのOFKベオグラードのテストを受け、不合格になり引退しました。
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まだJリーグもできたての頃でスター選手に対してどのように接してよいかわからないチーム側にも問題はあったらしいです。

まだ卵の段階だったとは思いますが・・。そのあたりは難しい問題ですけど。特にヴェルディに移籍したときは回りの選手からもほぼ相手にされなかったという話を読んだ事があります。そこでなにくそと思って踏ん張れば違ったんでしょうが、そのまえのスペイン移籍の話が流れてその頃からサッカーになんとなく集中できなかったそうです。そういう意味では、前園自身の気持ちにも問題はありだったんでしょうね。今年の何月号かは忘れましたが、VSという雑誌にロングインタヴューが掲載されてたと思います。
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彼はスターになり調子こいて自滅してしまったイメージが強いですね。

夜遊びに夢中で練習に身が入ってなかったと聞いています。
そんな中、日本代表には『中田ヒデ』が登場します。ずっと前園の控えだったのですが、フランスW杯予選で活躍してから完全に立場が逆転しました。その中田は有名になってもハメをはずさず黙々と体を作っていきました。
同じく才能をもっていた二人ですが、精神力がその差を作った訳です。
前園はその後反省しKリーグ(韓国)に行ったりJ2に行ったりしましたが、結果を出すことが出来ずに引退となっていました。何度か試合を見ましたが、ドリブルとかはやっぱり巧いままだったんですけど。。。

フリューゲルスの被害者というより、Jリーグバブルによる被害者のように感じます。(フリューゲルス消滅時はベルディに移籍してましたし。。。)まぁ、自制心が足りなかったのも事実ですが。
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