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辞書を引くと、
【稟議】
(名)スル
〔「ひんぎ(稟議)」の慣用読み〕官庁・会社などで、会議を開くほどに重要でない事項について、案を関係者に回してその承認を求めること。。。とあります。

前から疑問に思ってたのですが、上記の様な意味であれば、許可や承認とはどう違うんでしょうか?
逆に言いますと、何を基準にして許可や承認と区別すればいいんでしょうか。
企業においては、どの程度の事案から稟議として申請すればいいのでしょうか。

宜しくお願い致します。

A 回答 (3件)

 


これは、社会のカテゴリーで問われている質問ではありませんから、「稟議」とは、何に対する表現なのかを、明らかにすべきでしょう。

すでに、質問者が引用されているように、「稟議」は「会議」と対応するというか、対立する言葉であり概念です。「稟(ひん、別読みが、りん)」というのは、「申し上げる」という意味があり、具申などと似た言葉で、「稟申」という表現があります。

「議」というのは、「議る(はかる)」というのが、この場合の意味で、「相談する・話し合う」という意味です。

「会議」とは、決定事項について、会合して相談して決めることで、「合議」と同じような意味でしょう。他方、「稟議」は、相談して決めるのでしょうが、関係者が会合を持って決めるのではなく、申し上げること、つまり具申を通じて相談し、決めることで、具申する者の案を、上の者が決裁して、関係者の会合なくして、事案を決定することです。

強調表現すれば、「会議」は、対等者同士が会して、相談して議決するに対し、「稟議」は、具申者とそれを受けるものが非対称で、上下関係にあるとも言えます。稟議書は、発案者から上に昇って行くもので、決裁されて行くものです。

しかし、稟議書というと、決裁になるので、実質、稟議書に当たるものを、上に差し出し、承認や許可を得るという表現もありえます。「これについては、部長の許可がいる」も「部長の決裁が必要だ」も、同じ意味になります。

「決裁」は、上司が部下の事案を許可するか却下するか、決定することで、稟議書を出せば、ところてんのように、順番に、許可の決裁が降りて行く訳ではありません。途中で、却下されることもあるのです。

稟議書と決裁の関係が、形式的になっている場合が多いので、そういう錯覚が生まれるのかも知れません。

稟議書とか稟議と言わないだけで、世界中の社会で、下級の者の事案を、上級の者が許可するというのは普通にあることで、上級の者が、自分の権限を越える場合は、更に上級の者に、許可が求められます。

許可とか承認は、権限や責任ある者・機関が、要請事案に対し、事案の実行を認めることを言うので、外部とか内部とかは関係がありません。会社内部でも、市役所内部でも、「これは部長の許可がいる」とか「この件は、市長の承認を得なければならない」と普通に言いませんか。

官庁などが、認可権限などを持っている場合、一般の人や機関は、官庁に、許可や承認や認可を求めるのですが、許可・承認・認可は、要するに、権限を持つ者・機関に、承諾を得るということで、外部も内部も関係ないはずです。

誰かが権限者・機関に、何かの許可を求めた場合、権限関係者が会議を開いて、合議で決めるか、または、事案提案者が、上級者に許可を求めて、順次、権限関係者の許可を得るかの違いでしょう。稟議の場合は、その誰かが、機関・会社などの内部者であるということが、特殊な意味を持つということです。

会議は、対等者の集まりとは限りませんが、権限関係者を一堂に集めるのは手間がかかり、また、事案の決裁レベルも色々で、そういうことから、稟議制が好まれるのでしょう。

稟議制には、長所もあれば欠点もあるのであり、それは社会カテゴリーの問題で、言葉の意味としては、権限者・機関が何かを承認・許可する時の決定方法の二つの様式だということでしょう。無論、他にも、決定権限を実質持つ者に、中間段階を越えて、事案の承認を求めるというのもあるでしょう(「直訴制」でも言うのでしょうか)。

>企業においては、どの程度の事案から稟議として申請すればいいのでしょうか。

企業によって色々ではありませんか。原則的に、ルーチーン・ワークを越える活動は、上司の許可がいるでしょうし、上司が決裁できない事案なら、もう一段上の上司へと上がるという風に、事案の規模によって、どこまで上がるかの問題だと思います。

(日常業務で、稟議書と似たものがあります。営業の者は、発注書や受注書は日常的に書くのですが、この発注書や受注書に、主任、課長、部長などの印鑑を押す場所が付いているのが普通です。決裁は、事後的になるのが普通で、形式的にもなります)。

形式的に、何でも、部長まで行くようになっていれば、主任の許可でOKなものでも、稟議書類が、主任から課長補佐、課長、次長、部長などと、順番に形式的に上がって行って、印鑑の数が増えて行くのでしょう。上司が責任逃れしたい場合は、上に昇って行くとも考えられます。

たくさん印鑑が押してあると、責任が分散することにもなるでしょう。部長は、下の者の印鑑があるので決裁したと言えるでしょうし、主任は、課長補佐、課長の決裁を得たのだと言えるでしょうし、課長は、主任、課長補佐が決裁していて、更に、次長、部長の決裁も仰いだとなれば、問題が起こると、誰の責任か分からなくなるとも言えます。
 
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この回答へのお礼

大変詳しい解説有難う御座いました。

お礼日時:2002/06/14 10:40

稟議制度についてはhanboさんから詳しい説明が行われているので省略し違った観点から参考までに二三付け加えます。



日本の企業や官庁では個人の責任があいまいですが、稟議書はまさに日本式経営を代表する制度です。ある案件は直接担当重役や社長の決裁,承認があれば実行することが出来ます(現に中小企業ではそのようなケースが多いと思います)しかし、稟議を経ていない案件は、実行過程において何か問題が発生したとき機能しなくなります。即ち、関係部門の了解(承認)を得ていなかったために、問題がを生じた案件を手助けして解決しようとする協力者が得られにくくなります。いわゆる実力者による『わしは聞いておらん』というサボタージュが起こり案件をつぶされます。
稟議制度は古臭い、前近代的な匂いがしますが、ハンコの数を減らし決済までの時間を短縮すれば未だ機能する制度だと思います。

アメリカにも稟議制度に代わるものがあります。いわゆる社内プレゼンテーションです。ある案件を推進する承認または内諾をトップから得た場合、その実行に先立ち関係する(であろう)部門の長や実力者を集め、プロジェクトの説明を行います。稟議書は個人的な根回しも利きますが、プレゼンテーションは大勢を前に説明と質疑応答を行うのでプロジェクトの中身と説明の技量が問われます。稟議書の実態は根回しによる事前承認事項の文書による確認だといえるでしょう。突然稟議書が回ってきても誰もハンは押さないでしょう。
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この回答へのお礼

有難う御座いました。

お礼日時:2002/06/14 10:41

 稟議とは、官庁や会社での各種案件の意思決定をする際に、担当者が起案をして順に上司へ文章が送られて、「押印」をすることによって起案内容に対して合意をするという意思表示をし、最終的に市町村長や社長が「押印」をすることで、その起案内容が官公庁や会社の意思として決定される一連の手順を言います。

又、稟議書は、起案者から順番に上司へと回付され、それぞれが意思決定をして「押印」することを「決裁」と言います。

 許可や承認は、外部からの申請行為に対して、官庁や会社として許可・承認をするという行為です。稟議の場合でも「承認」の意味にはなりますが、自らの政策や意思決定などに対する「合意」的な意味合いが強いと思います。「起案された内容の通り進めてよい、決定してよい」と言うような意味が、稟議の内容です。
 
 企業の場合には、企業の事務処理規定などがあればそれに従うこととなりますが、基本的には文章として残しておくべき事項については、稟議と言うような方法で、意思決定の内容を残しておくべきだと思います。又、その稟議書を何年間保存するのかについても、企業内で検討をして用途別に保存年限を決めておくことになります。
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この回答へのお礼

有難う御座いました。

お礼日時:2002/06/14 10:41

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