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現在、国立大学が次々に統合・再編しています。
しかし、それぞれに特色を持った複数の大学を統合するにあたって
様々な問題が生じると思います。
ずばり、国立大学統合の問題点とは何だと思いますか?

A 回答 (13件中1~10件)

toto31さんへ


私の回答に 様々な反論と意見が寄せられていて 貴方が求めていられる回答に
なっているのかどうかわかりませんが 私の説明不足が引き起こしているのかも知れません。

1)国立大学の統合再編の是非を考えると
  我々の税金で運営される国立大学は戦後から現在の姿をみて 先進国の中でも
  国土面積と人口あたりの大学数は正確なデータは有りませんが トップクラスでしょう
  果たして 現在の大学数が 今後の日本にとって 必要不可欠なものでしょうか
  税金の無駄使いではないのかどうか 考えてみてもいいのでは。

2)国立大学単独での 研究に限界がありませんか
  世界的に 官民学が共同一体となり研究しなければならないものが 多くなって
  いる現状からして かなりの分野で 統合再編で効率良い研究環境を構築するべき
  時にあるのではないでしょうか

3)教育の機会均等について
  私は憲法に保障されている権利を否定するものでは全く有りません
  ただ 日本人の知的水準は世界でもトップクラスとみて より高度な教育を
  受けたいという資質のある人に 開放された大学になるべきとかんがえます
  猫も杓子も 大学卒でなければ就職も出来なければ社会生活も出来ないとすれば
  自ら不平等を生み出している現状を是正できないものか。

4)大学について
  私は京都の左翼思想の学生が多い私立大学を35年前に卒業しましたが
  大学の4年間はノンポリでアルバイトばかりして卒業しました
  異論があるとは思いますが 大学4年間の生活は社会に出て 学部より 役に
  立ったと実感しています
  私は二人の息子を 京大と早大を卒業させました 二人は勉強をしたし 出来た。
  前に述べたように 学校でも社会でも 「出来る奴が2割 普通が6割 使い物に
  ならない奴が2割」この比率は永遠に変わらないでしょう これを完全な平等に
  する事に情熱を燃やすほど空しいいものはないとおもいますが。
  10代20代は 出来る奴の2割になる為に努力もせずに 平等を叫ぶ者ほど
  負け犬の遠吠えにしか聞こえません。
  50代 60代になれば 人生様々な結果が有ります ホームレス ヒッピー
  不幸になる為に生きてきたとは思いません しかし 成功と挫折は裏表。
  この私でさえ 会社倒産に合い失職 子供の教育費で 今でもローンに苦しみながらも
  一生懸命生きています。

  最後に 大学を卒業して 大卒が数人しか居ない 中小企業で 労働組合を
  初めて結成した時代に戻ったような 様々な私への批判 異論を拝見して
  久しぶりに 精神の昂ぶりを感じさせてもらい有り難うございました。
  
  
  



   
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社会的に平等がありえないからこそ、行政がそれをできる限り平等にもっていく。

これはきわめて重要なことです。かつて「夜警国家」という発想で、国はその事務を最小化した、いわゆる「小さな国家」というものがありましたが、結局、治安の悪化、内戦、飢餓など、めちゃくちゃな状態になりました。ですから現代国家というのは、市場経済は維持しつつも、臨機応変な市場管理や社会保障や政治参加の徹底をはかる、
「社会民主主義」「社会主義的市場経済」
が主流ですよ。とりわけ日本は、世界でもっとも成功した社会主義国家ともいわれています。

参考URL:http://www.jcp.or.jp/
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久しぶりにのぞいたらなんだか凄いことになってますね(^^ゞ


とりあえずちょっと反論しておきましょうか

>社会には均等平等などありえません
その通りだと思いますが、ここで議論しているのは社会論ではなく行政論ですよ。行政とは自然状態で不平等・不均等な状態を是正することを目的としなければならないわけです。究極的に社会に均等平等があり得なくても、行政としてはそれをできる限り均等平等に近い状態に近づける使命を負っているのです。これが現代福祉国家観なんですよ。
つまり国のやることに均等平等をただすことへの怠り(もしくはそれに反すること)があってはならないと思うのです。これには皆さん納得して下さいますよね?

>教育の機会均等を与えるのは高校迄で十分です
それはあなたの意見であって、国としてそのような主張を勝手に持つことは許されないでしょう。憲法には教育の機会の平等は高等教育までなんてことは一言も書いてありませんからね。判例でもできれば解釈上は認められるかもしれませんが…

これは質問者でもない私からの勝手なお願いですが、まず賛成・反対をはっきり書いて下さるとわかりやすいです。

また、賛成の理由や反対の理由などがはっきりしないで持論を主張されているかたがいますが、これではその意見に反論したりできないと思います。
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>教育の機会均等を与えるのは高校迄で十分です


今を去ること30-40年前.昭和40年前後のことでしょうか.当時私事で結構忙しかったので.たいした記憶もないのですが.教育の機会均等という問題が議論された頃があります。それば.「高校生を扶養家族として生活保護の対象にするか.それとも十分な労働力として通用するから.生活保護を打ち切り就労させるか」の問題です。
途中経過は忘れてしまいましたが.生活保護の対象としているのが現状です。
当時.中学生の就職率は50-70%程度あり.高等学校の進学率は30%.残りは専門学校などでした。
現在.大学進学率は35%前後.専門学校を含めると進学率は70-80%になるでしょう。また.就職希望対象者に対する求人はほとんどなく.企業は大卒者を求めています。特に短期大学の求人はほとんどありません。

つまり.大学を卒業していないと就職ができない状態です。
高校の進学の機会均等が議論された当時の進学率と.現在の大学進学率はほぼ同じです。また.当時の中卒就職率と.高校+アルファの就職率はほぼ同じです。もし.
>教育の機会均等を与えるのは高校迄で十分
であるならば.企業は大卒者を優先的に雇用するのではなく.高卒者を優先して雇用するでしょう。
現代社会は.大卒者を労働力として求めています。高卒者ではありません。つまり.大学進学の機会均等も考慮しなければならないのです。

高卒で十分と企業が考えるのであれば.明日にでも就職浪人はいなくなるはずですから。機会均等を考える上で.高卒で重文というのであれば.高卒者が大学に進学するよりも良い条件で就職できなければなりません。高卒の就職未決定者数十万人を明日にでも全員雇用してみてください。
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なんか、いろいろ議論になっているようですが、それとは別に。



新聞などでは“統合”とひとくくりに書かれていますが
実際には2通りの場合があります。

ひとつは地域的に近い総合大学同士の統合で、
埼玉大と群馬大の統合などがその例です。

もうひとつは単科大の統合で
商船大と水産大の統合などがその例です。

前者の場合、問題になるのが「各地域に国立大を置くか」ということで
地元と密着した大学の場合、地元の抵抗はすごく大きいでしょう。
たとえば”信州大”は東京では一地方大学扱いですが
長野県内では非常に大切にされていますし、信州の精密機械工業に
たくさんの人を送り込んできました。
たとえば(例ですよ)、信州大と山梨大を統合しても
実際には信州山梨大学の長野校舎、松本校舎、甲府校舎ができるだけで
一見、メリットはなにも無いでしょう。
なぜ、「一見」かというと、ここで大学院を充実させようとしたら
話は変わってくるからです。ある程度の人数と、ある程度の教授陣が
居なければ、質の高い大学院は運営できません。文献だって
2箇所で収拾するよりも1箇所に集めたほうが良いに決まってます。
しかし、こうしてできた信州山梨大の大学院は
信州とも、山梨とも密着しない、単なるプチ東大に過ぎません。
この大学が信州・山梨にある必要は無くなります。

また、単科大の場合、統合する事で学問の幅が広がります。
人数が増える事によるメリットもあります。
しかし、やっている学問そのものは変わりません。
運営が効率化されれば良いのですが、そこまででしょうね。
あくまでも単科大が総合大に変わるだけです。

日本中に東大とおなじような大学を作るだけでよいのか?
それが一番の問題点でしょう。

ちなみに私は、単科大ゆえにベスト30に漏れそうな学校のOBです。
とにかく卒業生の人数が少ないので、論文の「数」で比較されると
ダメですね。
在籍学生一人あたり とか 予算1億円あたり とかにして欲しいところです。
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>其れに対応できない受験生は落伍者になるしかないでしょう


私は.受験生については.なにも述べていません。
大学があれば.大学生を指導できる程度の学識のある人々が大学の周辺に居住します。大学があれば.程度の差はあれ.高卒のパッパラパーに比べて多少教育の程度の良い(ご指摘の「落伍者」以外の)人間ですが.付近を闊歩しています。
これらの人々は.ある程度知識を持っていますから.周辺の人々に対して要求するサービス内容の水準は比較的高く.この要求水準に対応できるようなサービスを周辺住民に要求します。

つまり.分野によっては大卒程度の知識を周辺住民に要求するのです。このことは.周辺住民の知的水準の上昇が発生します。
化学と工業でしたか.化学と教育でしたら.当時学生だった方が液体空気を輸送中不信人物扱いされ.兵隊から「何を持っているのか」と質問され.(どうせ液体空気として説明しても話しが分からないようだから).説明に困っていた著者と.いっしょに運んでいた友達が「空気」と答えて.兵隊が「空気」=「空」と解釈した話しが載っていました。この質問した「兵隊」が.実は子供の担任なのです。この話しを上官に話して.「液体空気」であることを知らされ(殴られ)ました。兵役がすみ.戦争も終わって平和な世の中になったときに.ぶしつの状態変化を教えるときに使っていた話題です。

直接地域の人々が大学を利用することはないにしても.大学職員や大学生が地元の人々と接することで.地域全体の教育水準が上昇します。私の家は貧乏ですから.書生を雇うだけ力はありませんでしたが.普通の同級生は.書生を雇用し.書生が子供たちの学校の送り迎えと宿題の手伝いをしていました。書生は.住み込みの家庭教師でしょうか。つまり.東京大学に近い将来受験するであろう予備校の生徒に家庭教師をさせていたのが.私の近所の普通の生活です。
大学を受けようとする人々が多ければ.少なくともその人々の生活は付近に広まります。大学生・大学職員が顧客ならば顧客の知的水準にあった対応を求められるのが商家であり.それだけの知識を商家は(大学教育とは別に)独自に得なければなりません。その結果.程度の差はあれ.大学周辺の知的水準は上昇します。

大学の統廃合・職員や学生の減少は.その地域全体の教育水準の低下をあらわすものです。

食品衛生について学んだ学生ならば「この商店の冷蔵庫内食品の配置はおかしい。全部腐ってしまうようなつめ方だ。こんな腐ったものを売るな」と何も知らない商店主に怒鳴りつけることになるでしょう。その結果.単に冷蔵庫に商品を押し込めておけば良いと考えていたのに食品ほぞうに関する適切な知識と行動ができない限り.学生の購買が低下し(他の店から購入する).経営が不安定になるのです。

現代社会の求めている知的水準はかなり高いのです。間接的に地域の人々を教育して行くであろう大学職員・大学生の減少につながる大学の統廃合は.該当地区の知的水準の低下につながります。

元々その地区に住んでいた人々は.どうせ適切な教育を受けてないでしょうから.該当大学に入学することは困難でしょうから.考慮の対象とはしていません。
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>むしろ競争に勝てなかった人なりに生き方が見つかるものです


リストラと称して.大量の首切りを行った直後ではありませんか?
大卒者を「木こり研修」に駆り出して.大量の首切りを行ったのは.世界的大手コンヒューター会社ですね。
もし.お話が正しいのであれば.ホームレスたちの職は.明日にでも見つかり.テント街は消えますね。私が若い頃.上野のヒッピーには.元大蔵官僚がいたり.英字新聞しか読まないヒッピーがいたのです。

かって.炭坑が閉山になったときの.多くの人々が職を失い収入がなく.食料が枯渇して鮭の密猟に走りました。その中には食料が不足して死亡していった人々も多くいます。当時の進学率を考えると.当時の高卒程度の人々が今の大卒程度の学歴になります。
企業の都合によって.多くの人々が路頭に迷います。

資本主義社会において.構成員の経済競争は常に行われています。構成員を経済階層に分けて考えてみましょう。
経済階層では.最上層のA層.商家のB層.自作農・定職労働者のC層.小作農・日雇い労働者のD層.生活保護を受けているE層.生活保護を受けていない生命の維持が困難なF層(ホームレス)に分かれます。
C層の農家の人はD層に移動します。B層の方はE層に移動します。
すべての生命が維持可能な層からE・F層への移動は常に行われ.下層階級が常に生産されているのです。
社会学をちょっと読めば.この経済階層の移動の話しは乗っているはずで.
>生き方が見つかるものです
なんて.言えないはずです。ちょっと.下層階級の生成機構について学んでください。

なんだかの原因で.急に消費が伸びた(重病人が出て大金を払った・火災などで家を失った)時に.経済階層の転落は簡単に発生します。特に.主たる労働力が発病し.労働力とならなくなった(サラリーマンとしては解雇された)ときに.多くの人々はF階層へ流入します。運良く生活保護が受けられればE階層に止まります。学歴やかっての職業は関係ありません。私の同級生の家.つまり.軽井沢に別荘を持ち区内での有数の高額所得者の家庭は.米国人の不渡り手形1つで.破産し家族は崩壊しました。おやじさんは上野のガード下でがんばっていましたが.ヒッピー同士の喧嘩に巻き込まれ1ヶ月程度で殺されました。どんな高額所得者でもF層の転落することは簡単です。

大学が地元にあると.高卒者を大学生のアルバイトとしてただ同然の賃金で雇用できるのです。しかも.4年程度で辞めてくれますから.年功序列に伴う賃金上昇はないのです。大学合併の影響は.大学生を雇用している企業において大きな影響になるでしょう。
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一部の人が、憲法の教育の機会均等を否定することを言っていますが、


それはあくまで改憲しなければできません。
では本題に。
今のところ、統合により不利益が生ずることはないと思います。
教育の機会均等や、学問の自由(大学の自治)を保証するために、
必要に応じて統合、新設をすればいいと思います。
国や地方自治体は、あくまで教育権の保証に全力を注ぐのが任務です。
営利に走ってはいけません。
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大学の統合・再編に賛成です


歴史的にみて 時代が要求する教育の姿は変化してきています 今の日本の人口
一憶数千万に教育の機会均等を与えるのは高校迄で十分です

NO.1のedogawaranpoさんへの反論になりますが 社会には均等平等など
ありえません むしろ競争に勝てなかった人なりに生き方が見つかるものです
小さな会社でも 超一流の会社でも 構成するのは 出来る奴が2割 普通が
6割 使い物にならないのが2割という比率はどんな社会でも一緒です

大学の今後の研究/学問の場としてのニーズが 時代と共に変化し其れに伴って
統合再編されるのは 必要な事であり 其れに対応できない受験生は落伍者に
なるしかないでしょう
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私も統廃合には基本的に賛成です。

問題点としては
1)有名大学への偏重
文科省は予算の重点配分を、といっています。必然的に東大や京大への偏りが予想されます。受験生の偏差値と、その大学自身の評価とは別です。東大でも立派な先生はもちろん多いですが、ロクに実績もあげず、東大という肩書きを誇示し、政治家に近寄ったり、自分の地位を向上しているようなバカな人も私は知っています。地方の小さな大学でも立派な研究をしている教官は少なからずいますが、大学のネームバリューで予算配分が行われる傾向がでるなら、それは大問題だと思います。大学は教育と研究をするところです。高校生を偏差値でふるい分けするところではありません。数を減らすと言うのは、けっして偏差値の低い方を切るのではなく、中身の発展的再編成でなければいけません。
2)内部の組織は本当に変わるか?
今は大学間の連携の話はいろいろ出てきますが、じゃぁ、くっついたあとに、どのくらいの中身の組織の再編成があるのか、ということが一般世間にはなかなか知られるところではありません。生き残りをかけて連携を模索しているだけで、具体的に大学がどのように変わるか、というところはイマイチ詰められていないような気がします。東大のようのそのままそっくり残りそうな大学とそうじゃない大学があるのだとしたら、全くなし崩しの改革になってしまうと思います。大学がどうあるべきか、というところの議論から始まったのであれば、東大だってそれなりの再編成は必要なんではないでしょうか??

ちなみに、私は大学の先生ではありません・・・。
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