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幸田文の「父ーその死」の一節です。
「秋、季候が良くなってくものの味がうまくなるとき、親しい誰彼が皆よってにぎやかな祝宴をすることが、春からきまってい、父もそれを楽しみにして、「身祝いに私も何かが馳走する」といい、主人役の私と妹の玉子は趣向を話し合ったりしていた。」

「身祝いに私も何かが馳走する」のセリフは父のセリフなのでしょうか?
主人役の私と妹の玉子の「主人役」とはどういう意味でしょうか?

よろしくお願いします、

A 回答 (2件)

「身祝いに私も何かが馳走する」のセリフは父のセリフです。

身祝いの中身は読んでいないためわかりませんが、自分自身のお祝い事に自分自身で祝う事です。例えば、誕生日や還暦、何十周年記念などです。
 父のお祝いに親しい人が集まってお祝いをする事に決まっているのですが、そのお祝いのときの主人役は、"私"という事は、おもてなしする家の主人の役割を担っているという事で、本来は、父が主人なのですが、事情があって父の代わりに"私"が主人の役である、という意味です。父のお祝いに、本来主人であるはずの父の代わりに私がおもてなしをする主人である、という意味です。
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この回答へのお礼

お返事どうもありがとうございます。とてもわかりやすくて理解できました!」
この部分がずっと引っかかっていたので解決できて良かったです。☆

お礼日時:2002/07/19 16:20

主人役とは、祝宴の主催者、パーティーで言えば、ホストのことです。

この台詞は、父の台詞でしょう。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます!もてなしの主人役ということだったんですね。

お礼日時:2002/07/19 16:21

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