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もう一人の自分とうまく付き合うには、どうしたら良いのでしょうか。多くの人にとってもう一人の自分というのは、未来の自分、理想の自分、自分のことを客観的に見てくれる自分、ではないかと思います。そしてそのもう一人の自分とうまく付き合いながら、今の自分を変えていくのではと思います。
ですが私の中に居るもう一人の自分は、冷徹で完璧主義で、できない自分、だらしがない自分を、時には死ねと言わんばかりに否定してきます。もう一人の自分が起きている時はいつ殺されるか不安で仕方が無いですし、もう一人の自分が眠った後は、極度の緊張から解放されるためかひどくだらけてしまいます。つまりもう一人の自分が居る時も居ない時も、ほとんど何もできない状態です。
もう一人の自分がもっと優しくなってくれれば、まともになってくれればと思います。でも、もう一人の自分がなぜこうなっているのかが分かりません。自分の心の産物なのか、冷徹で完璧主義な他人の心が乗り移っているのか。とにかく自分で自分をこんなに責めるのはもう嫌です。
もう一人の自分を、今の弱っている自分をサポートしたり、少しずつ変えて行ったりする存在にしたいです。そのためにはどうしたら良いでしょうか。ややこしい文章になってしまいましたが、アドバイスをお願いします。

A 回答 (5件)

こんばんは。

はじめまして。

質問者さんがおっしゃるとおり、もう一人の自分というのは「自分のことを客観的に見てくれる自分」です。専門的に言えば、メタ認知というそうです。

これは、大事な能力ですから大事になさってください。自分を客観的にみれる能力があるからこそ、まともで居られるそうです。

問題は、質問者さん自身を「メタ認知」が苦しめていることです。
「もう一人の自分がもっと優しくなってくれれば、まともになってくれればと思います。」という文言に端的に現れていますよね。

足りないのは、自己肯定力だと思います。
これがないと、生きていけないと思います。
自分は自分で強く肯定してあげないと、周りの批判に圧倒されてつぶされてしまうかもしれません。
周りがどんなに褒めようとも、また、どんなにけなそうとも、自分は自分で良いのだという思いが必要だとおもいます。

その為には、ご自身が信じている哲学の確立が必要だと思います。
哲学というと、大げさに聞こえるかもしれませんが、誰でも哲学は持っていますし、自分の哲学に従って、世の中を解釈したり、判断したりしています。(「自己発見の心理学」(講談社新書)参照)

いい加減な人ならば、その辺はいい加減でもやっていけるのですが、質問者さんのようなまじめな人だと、エネルギーが内向きに向かってしまうようです。
内なる声は、適度なうちは薬にもなり、向上心にもつながるようなのですが、大きすぎると自分を責めるようになります。極端になると自殺にもつながるようです。
(「生きるのがつらい」(岩波新書)参照)

人は綺麗な存在ではないと思います。食欲もありますし、性欲もありますし、ウンコもします。
人の汚らしい側面に嫌気がさすときもあるのですが、生存には欠かせないものですから、仕方ないと思います。
また、汚い側面というのは、精神面では成長の起爆剤でもあるようです。子供が「うんこ」という単語が好きなのは、成長しているからかもしれないですね。

それで、お勧めしたいのは、ご自身の哲学の再点検です。
以下に、参考になるかもしれないものを挙げておきます。

(1)ビートルズの「Let it be」を繰り返し聴く。
これは、あるがままでいいですよ、という世界的大ヒットの歌です。

(2)「荘子」(内編)を読む。
心が軽くなる東洋哲学の本です。
岩波、中央公論などで文庫で安く手に入りますし、訳文だけ読めば易しいです。

(3)タデウス・ゴラス「なまけもののさとり方」を読む。
苦しい人向けに、書かれた本です。
いいですよ。

(4)「ブッタとシッタカブッタ」を読む。
これも、「ありのままでいいのですよ」という漫画です。
ミリオンセラーです。

自分と仲良くなるって難しいですもんね。
心が楽になることを願ってます。
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この回答へのお礼

多数の参考文献の紹介と、丁寧な回答ありがとうございます。
自己肯定力の不足は感じています。周りに流されやすい性格です。自分の哲学が分かるように、勉強しようと思います。

お礼日時:2007/12/24 00:13

多くの方はもう一人の自分(本物)に気が付いていないようですね。


これは、知らない人に幾ら言っても、説明しても無理でしょうね。
でもこの説明であれば何とか分かるかな?
私の実体験です、医者も信じない。
激しい腰痛でトイレに行きました。立っている事も座っている事も出来ませんでした。
でも座ってしまい済ませました。激痛に耐えながら。
立ち上がろうとすると腰痛で腰が曲がったままです。激痛が来る前だと思いますが
失神してしまいました。遠くで自分が転んだ音がなり遠ざかっていきます。
真っ暗闇に自分がいます。暑くも、寒くも、寂しくもなく激痛もない状態が続きました。本当に気持ちが良かった。
だんだんと何処かが冷たくなってくるのに気が付きました。そして少しずつ意識を取り戻しました。
痛みも一緒に!
失神した自分が居て、その中で気持ちよい幸せなひと時を送った自分が本当の自分であり
もう一人の自分です。
現実の自分は体に宿っている心です。もう一人の自分は魂(気)と言われる物です。
これで理解できた方は、更に自分を高めてください。理解出来ない貴方は死ぬまでに理解できるかも。
あるいは死の直前、直後に分かるのかも・・・・・
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
何やら霊的な体験ですね。私にはまだ理解できませんが、そういうことがあるということは覚えておきます。自分を知る体験ができたら良いなと思います。

お礼日時:2007/12/24 00:16

多くの人が「もう一人の自分」と言っているのは、


自分じゃない自分ということではなく、相反する2つの気持ち
のことを比喩的に表現しているのではないでしょうか。

何かが起こったときに人は必ずしも一つだけの考えを持つわけではないと思います。
なぜ、あなたはそれを「もう一人の自分」としてしまうのでしょうか?

例えば仕事に追い詰められた時、頑張らなければ、という思いと、サボりたいという思いが交錯する。よくある事だと思います。
でもそれは別に精神が分裂しているわけではないでしょう?
どちらの思いも自分の思いです。

あなたの文章を読んでいると、「いい」自分が本来の自分、
「悪い」自分はもう一つの自分と都合のいいように解釈しているように
思います。悪く言うと、言い訳に聞こえます。

あなたの言っていることは、自分が分裂しているように感じている意外はごく普通の、誰でも普段感じていることのように思います。

自分を責めるのは、本当は自分が向上したいからです。
もっとシンプルに考えたらどうでしょうか?

もう一つ例をあげると、あなたはダイエットしているとする。
おなかがすいたら食べたい。
でも頑張ってダイエットしたい。
ダイエットには色んな方法があるけど、程度の差はあれ、結局は努力しなきゃいけない、ということ。

頑張るしかないのではないですかね。

ただ、あなたは精神的な病に冒されている可能性があるような気がします。一度、精神科の先生に診てもらってはいかがでしょうか?
病にかかっている場合、そもそも「頑張る」ということができない状態まで精神が弱っています。その場合、自分の頑張りが足りない、と責め過ぎると症状は悪化します。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
考えは一つだけ、という思い込みは確かにありました。それだと自分がいくつもあるように感じられて、混乱するのも無理はありませんね。どんな考えが浮かんでも自分は自分、と思うことが大切ですね。
考え方を変えても調子が悪いようなら、精神科の受診も考えます。

お礼日時:2007/12/24 00:19

私にも、もう一人の自分が居て現実の自分を時々観察しています。


偶にはもう一人の自分が現実の自分に諭すことが出来ますが、大体は現実の自分は聞く耳を持たないことがあります。
昔、もう一人の自分に嫌気をさしたことだけを覚えています。そうしてどうやってもう一人の自分を
たてなおしたか、はっきり覚えています。
さて、貴方の場合、もう一人の自分はかなり重症と思います。
毎晩寝るときに、もう一人の自分と現実の自分がどんな風になりたいかを肯定文で唱えてゆっくり寝てください。
数ヶ月、1年掛かるかもしれませんが肯定された人物像に少しずつ近づきますが、直ぐには分かりません。
否定形の呪文はだめです、「・・・となりたくない」
肯定系の呪文「・・みたいな人になりたい」「こんな自分になりたい」これが成功の鍵ですよ。
「・・を脱したい」これは駄目です。
頑張ってください。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
言葉は大切なのですね。私もずいぶん長く否定形の言葉を使ってきたと思います。長く掛かることは覚悟しなければなりませんね。でも少しずつでも変えて行きます。

お礼日時:2007/12/24 00:20

>もう一人の自分が眠った後は


分からん。多くの人にとっての”もう一人の自分”とはやはり自分のはずなんだよね。僕もそうだけど。
別に起きてるとか眠ってるとかなくてさ、単に自分の深層心理だったりだとか二律背反する意思のようなものだったりするわけで・・・。
なんだか質問文読むと、それは”もう一人の自分”じゃなくてもはや完全な他人じゃないか?って気がするよ。つまり多重人格者なんじゃないか?って事。(でも、よく「多重人格と言っても、”自分”が別の人格を認識する事は出来ない」と聞く時もあるしなぁ・・・。いや、これはあんまり詳しくないからよく分からんのだけどさ)

僕は一度診察を受けてみる事をお勧めします。
もし多重人格であるならば、ここで一般の人に意見を求めてもあまり役には立たないでしょう。だって、普通は統合された一つの人格を持ってるわけだから。「自分の中に別人がいる」って感覚は一般には想像し難いです。
それ専門の学問を修めてきた人なら何かしら解決法を持ってる事でしょう。

無責任でごめんなさい。でも、正直それは理解できない。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
他人の考えが入り込み過ぎて、もう一つの人格ができてしまっているのかも知れませんね。自分でも分からないようなら診察を受けるようにします。
無責任だなんてとんでもない。どんな回答でも悩んでいる自分にはありがたいです。機会がありましたらまたぜひ回答をください。

お礼日時:2007/12/24 00:24

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