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1951年のサンフランシスコ講和会議に中華人民共和国(台湾の中華民国も?)は参加してませんが,どのような理由から会議に招かれなかったのでしょうか?イギリスとアメリカの確執があったようですが,詳しく知り対と思います。

A 回答 (5件)

中国は、昭和24年の革命により中華民国から中華人民共和国に変わった為に、条約の対象国とはな りませんでした。



参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-sf.htm
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「中華民国」は、70年代まで国連の常任理事国として存在していました。


「台湾」に逃れていますが、「首都」は「南京」ということになっています。(毛沢東派に占領されているだけ、という解釈で)

国際的には各国の利害もあって、中華人民共和国を認めない国が多かった。
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講和会議当時、


アメリカは台湾(中華民国)を承認していましたが、
イギリスは大陸(中華人民共和国)をすでに承認していました。
米英の間で「中国」はどっちか?(=どちらを講和会議に参加させるか)の決着がつかず、どちらも出席させないという案に落ちついた・・・と習ったように記憶しています。
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#2です。

書き忘れました。
中華人民共和国は一九四九年に建国。サンフランシスコ講和条約が締結された五一年当時国際社会の多くが台湾の中華民国を支持し、中国(共)を支持する国はごくわずかでした。この条約で台湾の帰属が明言されていないので台湾が将来中国(共)に返還されるとは考えられない・・。。
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この回答へのお礼

追加での回答もありがとうございました!

お礼日時:2004/07/17 11:30

共産党と国民党が内戦中だったからでしょう

この回答への補足

内戦に勝った共産党が中華人民共和国を成立させたのが1949なので,1951年の講和会議では内戦は終わってると
理解していたのですが…

補足日時:2004/03/17 18:11
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