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少なくとも現在において、一年の始まりは万国共通で一月です。
しかし、なぜ世界全てが一月を一年の始まりにしたのでしょうか?
ひょっとして今は利便性を考えて共通にしただけで、昔は各地域がバラバラの月に新年を祝っていたりしたのでしょうか?

また、日本で新年度が始まる月と言えば四月です。
しかし欧米では九月などになります。
せっかく一年の始まりは一月で共通なのに、なぜ新年度はバラバラなのでしょうか?
なぜ一月を新年度にしなかったのでしょうか?
もちろん、真冬に新年度を迎えるのは何かしら都合が悪かったのかもしれませんが、だとしたら最初の質問に戻りますが、なぜ一月を一年の始まりにしたのでしょうか?
いっそ四月や九月の時期を、一月に定めた方が分かりやすいと思います。

もう一体全体どういうことで一年の始まりの月が決まったのか分かりません。
どなたか教えてください。よろしくお願いいたします。

A 回答 (9件)

>なぜ世界全てが一月を一年の始まりにしたのでしょうか?


かつては、中国、日本などの旧暦やイスラム暦、ロシア暦、フランス革命暦など沢山の暦がありました。
人の交流が盛んになるにつれて同じ暦を使った方が便利だからです。
タイなどの東南アジアの国々では現在も独自の暦を国内行事用に使っています。

>昔は各地域がバラバラの月に新年を祝っていたりしたのでしょうか?
新年のお祝いの行事は中国や台湾では現在でも旧暦でやっています。(春節と呼ばれます)
キリスト教圏の国では冬至の祭りと重なったクリスマスが重要視されて、新年は精々元旦が休みの程度です。

>せっかく一年の始まりは一月で共通なのに、なぜ新年度はバラバラなのでしょうか?なぜ一月を新年度にしなかったのでしょうか?
新年度と呼ばれる社会制度は、各国によってバラバラです。
4月にするか9月にするかは、農作業の準備が始る春にするか、収穫の終わった秋にするか、という程度の社会的習慣がもとになっていて、さしたる根拠はあません。
暦のスタートの1月でも制度的には差支えはないのでしょうけれども。年末年始の行事という社会習慣と重なり忙しくてどうにもならないでしょう。
現在は、学校の新学期だけではなく、国家予算の作成時期などが複雑に絡み合って、簡単に統一できない状況になっています。
社会制度、習慣というのは一度決まると変更はなかなか難しいのが現実です。

日本も明治の初めごろは、新学期は九月からでした。
一方で国家予算によって賄われていた軍隊は4月が入隊日でした。
入学試験に合格した優秀な生徒が軍隊(士官学校)へ行かなくなり、軍部が政府に圧力をかけて新学期を4月に変えさせたのだそうです。

>真冬に新年度を迎えるのは何かしら都合が悪かったのかもしれませんが、だとしたら最初の質問に戻りますが、なぜ一月を一年の始まりにしたのでしょうか?
>もう一体全体どういうことで一年の始まりの月が決まったのか分かりません。
暦というものが発達したのは農耕文化の結果です。
農耕は季節に変化に応じて作業内容が変わります。
又、事前の準備が欠かせない作業です。
古代ローマの暦には農作業が無い真冬の間の日付を飛ばした暦がありました。

季節の変化は太陽の運行と深い関係があります。
冬至は太陽が最も低く日中の時間が最も短い日です。
この日から徐々に太陽が高くなって日が長くなっていきます。
この日を一年の区切りや初めと考えるようになりました。
北欧など夜の長い冬を過ごす国々では冬至を特に大切な日と考えました。

一方で、日照時間と大気の温度との関係で、冬至の後に一年で最も寒い日がやってきます。
古代の中国の人達が、経験的にこの日を冬至から○日後と決めました。
この日から徐々に気温が上がっていきます。
この日から春が始ると考えました。
この日に立春と名前をつけました。
この日から一年が始ると考えました。
今でも、年賀状に立春とか初春と書くのはこの為です。
この立春を基準とした暦に二十四節気というのがあります。
立春、啓蟄、春分、夏至、立秋、大寒 等と現在でも季節を表す言葉として使われています、

一方で月の満ち欠けのサイクルを一ヶ月として数えました。
これを12個(月)合わせるとほぼ冬至から冬至の間の日数と近い期間になります。
出来るだけ区切りの日数を合わせるために閏月というものが考えられました。
古文書で閏三月とか閏五月と書かれているのは、このためです。
(三月や五月が二回ある年があるということです)
閏月は毎年かわりました。
これを決めるのが皇帝や朝廷の権限でした。
旧暦(太陰暦)と新暦(太陽暦)の違いは、月の満ち欠けを基準とするか、太陽の高低のサイクルを基準とするかの違いです。
もし、農耕文化が南半球で発達していたら、現在とは異なった日が一月一日になっていたでしょう。

暦に御興味がおありであれば一度下記の書籍に目を通してみて下さい。
暦と占いの科学 永田久 新潮選書
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この回答へのお礼

いろいろと合点がいきました。
ご回答ありがとうございました。
紹介していただいた書籍は、暇が出来れば読んでみたいと思います。

お礼日時:2014/03/26 10:06

1年、というのは、太陽の運行が基準となります。

あたりまえ?すみません。
太陽の運行を地球上からみれば、冬至、夏至、春分、秋分の4つが特別な意味を持つように見えるわけで、これが基準となります。

農業の関係とも言われてますが、やはり春が一年の始まりだと思うようで、世の東西を問わずやはり春が一年の始まりとなってたようです。

では春の始まりというのは? 春分は春ですが言わば春真っ盛りです。ですので冬至と春分の真ん中(あたり)が春の始まり、となるわけです。

ところが面倒なことに、月というものが地球の周りをくるくる回っていて、こいつの満ち欠けが約29.5日で、年に12回とちょっとある。暦では、この月単位の日数の数え方がまず基準となる。もともと年というのも天の運行が基準なわけだから、天の運行である月を基準にするのが、暦としてはより正しいとも言える。
というわけで、冬至と春分の真ん中を含む月が1年の始まり=1月、というのが太陽太陰暦。

西洋のほうはどうかというと、他の方が少し書いていますが、ローマが大元。もともと春から1~10月までで冬は暦無し。これだと不便?というか文明としてどうなの?ということで2ヶ月加えて1~12月、もともと年が基準なので、一月を少し長くして1年12ヶ月固定の太陽暦。
これがローマ政治のあれこれで、春が1月だったのが2ヶ月程度前倒しされて今の1月が年初になってます。閏年の日数を2月で調整するのは、これが昔の12月(一年の最後の月)だった名残。

日本では今では1年の始まりを西洋暦で祝いますが、中国などでは今でも太陽太陰暦(日本で言う旧暦)で祝っていますね。暦は天の運行、それを知っているからでしょうか。

余談ですが、キリスト教ではイエスが冬至の2週間後に生まれたような記述があるらしく、それが他の宗教の行事と一緒になって12月25日(12月24日の夜)を誕生祭として祝います(誕生日ではなく誕生祭の日です)。そのため、この日から1年が始まるという感覚を持っているようです。クリスマスを祝っているのは、日本で正月を祝っているのと同じような感覚なのでしょう。


年はざっと上記のようなものですが、年度になると、これはもう各国の社会制度がからんできて、一概にどうこう言えません。歴史的な経緯で、西洋は9月区切りの年度・決算・新学期。日本は4月。アジア各国は2~6月とバラエティ豊か。南半球の国では冬が多い、などなど、になっているようです。
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この回答へのお礼

年度に関して、各国いろいろあるとは驚きです。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/26 10:10

暦は人間の生活を中心に作られます。


最初は農業の生産性を上げるために作られました。

そのため、作付をする3月からはじまり、農閑期は暦はありませんでした。
すると、いつはじめれ良いの?ということになります。
当時は、1年の始まりを告げる人がいて、この日が月の初めの日という意味の「カレンダエ」と宣言することからカレンダーという言葉が生まれます。
この暦は、「ローマ暦」と呼ばれています。

しかし、この1年の始まりを告げることは、ずれることがたびたびありました。
そのため何回も暦の改変がありました。
もっともおおっく改変されたのが、紀元前153年の1月1日。
この時に1人の始まりが1月1日になりました。

最大で90日もずれてしまっていたということですので、農業がうまくいきません。
そこで1年間を通じて暦を作る必要ができました。
これを実行したのがジュリアス・シーザー。ローマ帝国を築いた人です。
ユリウス暦と言います。
すでに1月1日から始まっていましたが、1年を365日にし、順番に31日、30日、という形で暦を作り、うるう年が設定されました。
もともとは3月に始まっていたので、暦の調整は2月にされます。だから2月は短いし、うるう年には2月に日数が増えます。
7月をジュリアス・シーザーが自分の名前Julyと付けました。

8月をシーザーの跡継ぎ、初代ローマ皇帝アウグストゥスが、自分の名前をつけ、自分の名前の月が少ないのはけしからんと31日にしてから順番が変わって、今の日数になったとのことです。
そのため8月は皇帝の名前Augustになっています。

暦は基本的には生活に合わせて作られていましたので、日本は、旧暦では1月からが春でしたのでその名残りで新暦の春が年度の始めとされています。
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この回答へのお礼

カレンダーの語源など、これはまた面白い話を知れました。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/26 10:07

基本的にはローマで決めたことがもとになっているはず.



1. もともとローマでは「今の 3月~12月にあたる期間」しか暦が定まっていなかった (その他の期間は農作業ができないなどの理由で「暦」には入っていなかった)
2. エジプトに遠征したりして「1年が 365日 (くらい) である」ことを知った
3. 「12月」の後に 2か月追加した
4. 追加した 2か月が年初に移動した
とここまでがローマ. 以下さらに
5. キリスト教で春分日を「3月21日」とした
ことにより現在の「1月1日」が確定します.

だから, 今の「1月1日」というのはある意味「何もすることのない日」を選んだ, ともいうことができます.

以下余談.

#5 では「太陰暦は基本的に農業のための暦なんですね」とありますが, ここで言われている「太陰暦」というのは「太陽太陰暦」つまり「月の運行で日数を数えつつ太陽の運行で季節をたどる」暦です. 太陽の運行で季節をたどっているわけだから, 「すごく季節感がバッチリ」なのは当たり前です. 純粋な太陰暦では 1年に 10日前後移動しますから, 例えば 10年たつと季節が 1つずれてしまうわけで, そんな暦に従って農作業をすることは不可能です.
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この回答へのお礼

「何もすることのない日」とは呆気に取られてしまいましたが、面白いですね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/26 10:03

年度に関しては、こんな質問がありましたね。



http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3378618.html

これによると、我が国では明治19年から4月1日を始まりとする会計年度の制度が取り入れられたようです。そしてそれはイギリスの制度を導入したのではないかとありますが「真相は不明」というのが面白いものですね。100年程度昔の話しなのにね。
それは会計の話しで、なぜ学校も?と思ってみたら、いわゆる尋常小学校の制度が発布されたのが明治19年4月10日のようです。私はこれは偶然の一致だとは思えないですね。「会計の制度を決めるから、その他の制度もそれに足並みを揃えよう」となるのは自然なことなのではないでしょうか。その方が会計も楽になりますからね。だって、新卒者が4月から入社なら給与計算も楽じゃないですか。

太陽暦が今の1月始まりなのは、冬至と関係していると思いますよ。冬至が12月20日頃ですよね。冬至を迎えて太陽が新生していくタイミングに合わせて「新しい年が始まった」とするのはごく自然なことだと思います。日本人がキリスト教徒でもないのにやたらクリスマスに盛り上がるのはそれが冬至のお祭りだからと私は常々主張しています。
冬至のタイミングで新年とするとして、計算上今の1月1日が収まりがいいところになったのでしょうね。残念ながら私はそこまで数学が得意ではないので証明ができませんけれども。

太陰暦に関しては、太陰暦は基本的に農業のための暦なんですね。農業のタイミングで太陰暦を見ると、すごく季節感がバッチリなんですよ。
それで農業基準で考えると、多くの作物を新しく植えるタイミングになる春をもって新年とするのが一番合理的となります。秋の収穫が終わって新年だと、年が明けてからなんか何にもしない時期が続きますからね。それなら、「年が明けた。よし、もうぼちぼち作付のことを考えないとな」っていうほうが使い勝手がいいですよね。
いわゆる旧正月が2月上旬ですが、これを「少し早目の春」と考えると、東北地方あたりではちょっとタイミングは合わないけど、九州辺りだとそうおかしいタイミングではありません。2月上旬になると河津桜とかが咲き始めますからね。

欧米での9月タイミングは分かりません。すんませんが、頑張って調べてみてください。きっと何がしかの合理的な理由があるはずです。あとは中東などの四季がなくて基本的に雨季と乾季で分けられるような気候の地域ではどうなっているかも興味深いですね。

日本以外のアジア諸国では、韓国も中国もベトナムも旧正月のほうを盛大に祝います。個人的には、アジア人の生活にはやはり旧正月が正月とするのが一番自然だと思いますよ。2月上旬で「迎春」となって、それから数日もすれば南の地方から「梅が咲きました」みたいな知らせが届くわけでしょ。
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この回答へのお礼

「真相は不明」とはミステリアスでさらに興味が唆られますね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/26 10:00

基本的に太陽の再生、つまり冬至を過ぎて日が長くなり始めた所から新しい一年が始まると考えた文明が多かったからです。

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この回答へのお礼

ははぁ。なるほど。
ご回答ありがとうございます。

でも、それじゃあ何で欧米の新年度は九月になってるんでしょうね。
九月なんて、まさにこれから冬に入りそうな時だって言うのに。

お礼日時:2014/03/26 09:55

現行歴につながる、太陽暦に関しては


http://www.nao.ac.jp/faq/a0307.html
に参考になる解説がありました。

日本で使われていた、いわゆる旧暦については、もともと、立春を「春の始め」として、暦の起点としていました。(現在の暦では、2/4頃)
これを一年の初めにすると、つじつまが合うのですが、もともと、立春をはじめとする二十四節気は太陽の運行をベースとしているために、立春=1月1日にはなりません(たまになります)
で、立春近くに、旧暦の1日が来るように、「睦月(この名前自体が、一年の始まりという意味を含むといわれています)」を設定したということのようです。

※実際には、立春近くが正月になるように、「雨水(立春の約2週間後)を含む月が睦月」という定義になっています。
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この回答へのお礼

グレゴリオ暦には思いの外に歴史があるんですね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/26 09:57

一月が一年の始まる…



う~ん…字で表すなら「正月」って言葉に着目して調べると答えが出てくると思いますよ。

この回答への補足

ううーん。調べ方が悪いのか、正月のみではイマイチ分かりませんでした。すみません。

補足日時:2014/03/26 09:52
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現代日本語では「1月」なだけで、英語のjanuaryにも、旧暦の「睦月」にも、一という意味は無い。

現在使われている新暦(グレゴリオ暦)最初の月に日本語で勝手に「1月」と訳を当てはめたにすぎない。

この回答への補足

確かにJanuaryには「一」という意味はないでしょうが、辞書で調べてみると、「ローマ神話の物事の初めと終りを司る神(Janus)の月」とあります。

また、日本においてはグレゴリオ暦を導入してから一月という言葉が始まったのだろうなとは薄々思っていましたが、だからと言って「昔は一月を睦月などと呼んでいたので、卯月である四月が一年の始まりだった」というような話は聞きません。
なので例え睦月という呼び方であろうと、一年の始まりは睦月だったのでしょう。(違ったらすみません)

と言うことで、また改めて質問の疑問に戻るのですが……
なぜグレゴリオ暦の新年と日本の旧暦の新年が(一ヶ月程度の違いはあるものの)ほぼ同時期なのでしょうか?
また、Januaryに「一」や「始まり」という意味がなくても、そこを一年の始まりにする意味が分かりません。
素直に新年度が始まるSeptemberを一年の始まりにすれば良かったのではないでしょうか?
なぜ、Januaryや睦月を一年の最初の月にしたのでしょう?

補足日時:2014/03/25 09:18
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