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ミック・テイラー(ローリング・ストーンズ)は、どちらかというとセッション・ギタリスト寄りですか?

A 回答 (2件)

何をもって「寄り」とするかによりますが、器用で腕がよくて譜面が読めるギタリストは誰とでも共演できますので、セッションで重宝されます。

テイラーも例外ではありません。また、テイラーはストーンズとは音楽性がやや違っていたので、「セッションのつもりで参加した」と語っているのは有名な話ではあります。

ただ、では、「ソロ活動や、特定なバンドとの活動よりも、セッション活動に"寄っている"か」というと、やや疑問です。決して派手であったり華やかであったりはしませんが、堅実な個性がありますし、ジョン・メイオールやストーンズとは何作もアルバムを発表していますので。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2020/01/09 20:49

様々なアーティストとセッションや


コンサートメンバーに名を連ねてますよね。
人間性の良さと、ギターの腕前が一流なので
ローリングストーンズ以外でも活躍の場があったんでしょうね。

参考
ローリング・ストーンズは1969年に3年ぶりの北米ツアーを行うことを熱望していたが、問題があった。バンド創立以来のギタリストであったブライアン・ジョーンズは薬物依存を脱しようと努力していたが、警察に執拗に家宅捜索等をおこなわれた結果、2度逮捕されてしまい、海外ツアー実施の障害となっていた。ステージから遠ざかっていたストーンズは過去のバンドと見なされ、その価値をステージ上で証明する必要があったため、1966年以来3年間遠ざかっているワールド・ツアーを絶対に行わないといけない状況にあった。逮捕前から他のメンバーから疎外されつつあったブライアンは結局バンドを解雇されることになり、解雇後間もなく自宅のプールで溺死した。この場所は「クマのプーさん」の著者で知られるA・A・ミルンがかつて所有していた農場で、現在もハートフィールド村にある。
ストーンズ参加は、5年後にメンバーとなるロン・ウッドの場合と異なり、オーディションは行われなかった。ブライアンの脱退後、ミック・ジャガーはジョン・メイオールからテイラーの紹介を受け、当時録音中の『レット・イット・ブリード』のセッションに参加させた。テイラーは「カントリー・ホンク」「リヴ・ウィズ・ミー」の2曲に参加したが、単なるセッションの仕事と考えていた。数日後、ジャガーはテイラーにストーンズの正式ギタリストに選ばれたことを伝えた。「ホンキー・トンク・ウィメン」のギター・トラックは「カントリー・ホンク」でのテイラーのリフにインスパイアされ、再録音されることになった。そのため「ホンキー・トンク・ウィメン」には解雇前のブライアンの演奏を含め、ギターが3トラック収録された。
テイラーが参加したライブは1970年の『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』に収録されている。同作はオルタモントの悲劇の1週間前、マディソン・スクエア・ガーデンでの2夜連続ライブの模様が収録された。彼の参加したスタジオ・アルバムは『スティッキー・フィンガーズ』『メイン・ストリートのならず者』『山羊の頭のスープ』『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』の4作品である。
ストーンズ加入後は主にリード・ギターを担当していたが、一部の曲(「ビッチ」「シェイク・ユア・ヒップス」など)ではリズム・ギターに廻り、非常に的確なリズム・ギターを披露していた。また「フィンガープリント・ファイル」ではベースも担当した。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2020/01/09 20:51

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