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川崎市って横浜と東京のどっちの影響で発展したと思いますか?

A 回答 (1件)

以前川崎に住んでいました。

川崎と一口に言っても海辺から内陸まで結構広いですよね。
そういった地域がどちらの隣の影響をより強く受けたかは、多分、人の動きと関係すると思います。
都会という性格上、多分鉄道の影響と住んでる人の仕事の影響が強いというか、かなり支配的なのではないかと感じます。

大雑把に言って、東横線から南の地域は古くから川崎の臨海地域とのつながりがあったように思います。
川崎の臨海部と言えば製鉄、造船、製油所などの化学コンビナートが並んでます。
その地域では、例えば鶴見線、京急線がそうであるように、横浜方面とのつながりを感じます。
この地域の人はあまり東京方面とつながっているようには感じませんでした。
例えば南武線は東京方面に向けて川崎の駅に着きますが、横浜線が根岸線方面に乗り入れているというのに、南武線が京浜東北に乗り入れるなどということはありませんでした。
人の流れがそちらには向いていなかったからでしょう。

一方、東横線から北は反対です。
今でこそ東横線は日比谷線と相互乗り入れはしていませんが、その代わり、今では副都心線・南北線・都営三田線などの東京圏につながっています。
田園都市線もそうです。 半蔵門線ができる前は田園都市線は二子玉川から今の大井町線に入るルートの鉄道でした。
そして二子玉川から渋谷にかけては東急の路面電車が走っていました。
その路面電車を廃止し(今の世田谷線だけは残しました)、それに代えて渋谷までの地下鉄を建設し、半蔵門線とつなぎ、これを新しい田園都市線としたのが今の姿。
その結果、このエリアの人たちは東京圏とつながることになりました。
東急はそれに合わせて宅地を造成して人を呼びこみ、今日の状態が出来上がった。
このエリアは東京の影響を強く受けていると言えると思います。

ただ、この20~30年で状況はずいぶん変わってきました。
日吉に横浜地下鉄が乗り入れるようになった。
湘南新宿ラインを使うと、武蔵小杉エリアから横浜やもっとその先までも簡単に行けるようになった。
相鉄線が JR に乗り入れたことで横浜の先の相模原方面との流れも生じた。
じき、東横線からも JR に行けるようになるでしょう。
そうなると、今後の世界がどうなるか、面白いですね。
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