抽象画というのがどうも分かりません。ある事象に対して己の感覚の趣くままに表現しているのはいいのですが、絵だけみると小学生の絵に見えて仕方ないのです。

ピカソは言うに及ばずゴッホもルノアールも本物を何度か美術館で見ましたが「ちょっと上手いね」くらいにしか感じられません。(写実画か抽象画か分かりませんが。。)

名画をけなすと「芸術を解しない無知な人」と言う風潮はおかしいと思うのですがどうでしょう?
というか「本当にあなた達はこの絵の素晴らしさが分かってるの?」と思ってしまいます。
仮に抽象画が「真実として素晴らしい」とすると99%くらいの人はその真実が実感できないんじゃないでしょうか?

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A 回答 (14件中1~10件)

抽象画と一口に言っても色々ありますからね・・・


でもやっぱり、ゴッホとかルノワールとかモネとか有名な人の筆遣いって、その辺の子どもとはやっぱり違うと思います。近くで見ると絵の具がテキトーに置かれてるのに、遠くで見るとしっかりした絵になってるところとか・・・
日本の美術館はあまり近づいてみる事が出来ないので残念ですが。

で、ピカソのキュビズムですが、アレはやっぱり凄いと思う。既に出てますが、例えば一人の人間ならば多方面から描いています。
人間って相手をただ正面から見た場合でも、側面や笑った時の顔を想像することが出来ますよね。平らなキャンバスの上ではそれが再現できない。けれどそれを表現する手法と利用した絵が凄いのです。

「ゲルニカ」なんか良くわかんないけど怖い。
この「わかんないけど、絵だけで感情を伝えられる」のはやはり技があるからだと思いますし。わたしにはとてもじゃないけどキュビズムは使えません。フツーのごく普通の絵をどうしても書いてしまう。以外と「実際に見える物」を無視して描くというのは難しいのです。

「名画」の基準は何でしょうね。
値段の高さ?
値段なんて誰かが付けた物であり、時代によって変化するのもの。絵に出しても良いと思える値段がその人にとっての価値なのだから、何か訴える部分がなければその人には無価値でしょう。
名画を決めるのは結局自分ですが、手法を知っていれば居る分だけ凄さの幅は広がります、「子どもの落書きみたいな絵」だと思ってしまうのは、ただ絵の値段が高いから素晴らしい絵だと思っている人と同じで、やっぱり無知なんだと思いますよ。
しかし色々知った上で「わたしはこんなつまんない絵いらねーや」と思うのが、名画といわれるものの見方だと思います。
ちなみにわたしはどんなに高くてもムンクと後期のゴッホの絵はいらないです(笑)
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この回答へのお礼

>「名画」の基準は何でしょうね。
そうです!ここなんですよ!
感性で評価するものですから、評価する人が多ければ多いほど名画といって差し支えない、と言う民主主義で決まっているとは思えないんですよね。
「自分だけ評価の名画」であれば個人の好きでいいんじゃない?と思うんですけど世界的評価を受けている名画は世に出るタイミングとか投機の並にあったとかそういう要素も多分にあるんじゃないでしょうか?

お礼日時:2005/04/20 16:08

ピカソ、私は好きです。

でも、全部のピカソ作品が好きって訳でも無いです。

実際、よく言われるような“芸術を理解していない人”だと自分は思います。学がある訳でもなく、絵画に携わってきた訳でもないのですし、それにピカソが好きでも、彼の素晴らしさを本当に理解している、とは自分は言えないと思うので。

ピカソを好きになった理由は、素晴らしいからとかではないのですが、ピカソの描いた泣く女という絵を見て、真正面からではなく、違う角度から見たら、本当に悲しそうに泣いているように見えたので、何だか面白いなって思ったのがきっかけだったと思います。それまではよく分からない謎な絵でしかありませんでした(笑)

名画の基準は正直分かりません。
人が居るだけ、その人の感性もありますから、誰かが素晴らしい!と大絶賛しても、他の人から見たら、ただの落書きでしかない絵と言われる絵も、それもどちらも本当の事だと思います。

相手が同じ様に理解しないから、それが芸術を理解出来ない無知な人という人が居るのであれば、それはその人の驕りであり、芸術への冒涜なのではないか・・・と感じます。

まぁ、芸術を本当に理解している訳でもない私が、このような事を言うのも驕りなんでしょうけどね(^^;

有名な名前だけが一人歩きするのではなく、どこがその作品の素敵な所なのか?など、そう思える人がそう感じる人とその作品について語れたら、作り手にとっても一番幸福なのではないかと、生意気な意見かと思いますがそう考えています。
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芸術と言うのは自由なものであり「こうでなければいけない」というような常識は存在しなく、何をやっても許されるんだ、ということがピカソの絵で感じることが出来ます。



私にとってはとにかく訳の分からない中から理由なき圧倒感を感じさせてくれるものです。
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ピカソの絵ですが、正直な話、わかるとはいえません。


ただ、”時間と空間を超越した絵”という説明を何かで聞いて、そのつもりで見たらなんとなく、少しわかったような気がします。
たとえば女性を書くとすれば、普通は見たとおりに書くわけですが、そうではなく、右から見たり左から見たりしたのを1枚の絵にまとめる、と言った感じです。

そう思ってみていると、なんとなく・・・。
でも、ピカソに限らす、似たような絵を見ていると、ふと違う一面が浮かぶことがあるんです。もっともっと絵を眺めたら、わかるかもしれないな、と感じることがあります。(それ以上進まないまま、○○年経ってますけど)
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ええ さっぱりわかりません。


ピカソの絵にお金を払いますかと聞かれたら,私なら渋ります。
ゴッホはなんとなく好きです。

絵くらいは自分の価値観で楽しめば良いと思います。
世の中の「名画」と言われるものをすべて好きになるのは
いくらなんでも無理でしょう。
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「抽象画」は技術を誇示するものじゃありませんから


下手でも構わないし、それを下手と評価することも構わないと思います。
が、それはその作品への適切な評価ではないと言う事も分っていなければいけません。

私が学生の頃に、抽象画の模写をしようとして
教授に「その作品の生まれた背景まで模写できるか?」と言われたことがあります。
つまり、抽象画の表面だけを模写しても意味がないという事です。

ですから、同じように抽象画を評価しようとしたら、
作品だけでなく作者や時代背景までを含めた評価をする必要があります。

その上でピカソの作品群を見れば
「上手い下手」以外の別の見方が出来てくるだろうと思います。



技術面で言えば、彼の初期の作品には
並の具象画家が及びもつかない、技術的に優れた作品がたくさんあります。
その彼が、その高い技術を捨てて(隠して?)抽象画の世界に入った理由は?などと考えてみると、
単に「ピカソの作品だから上手い。下手なわけがない」などと
通り一遍の感想しか持つことのできない固定観念的な評者たちより
ずっと彼の作品の本質に迫ることができそうな気がします。



ある事象や具象を評価するには「自分だけの評価」を持つことが大切です。
「ピカソの絵は下手にしか見えない」で大いに結構だと思います。
そこからスタートして、様々な知識や経験を経て新しい評価に行き着く。
それが「評価する」ことの楽しみや醍醐味なのじゃないでしょうか。



ルノアールなどの具象画家については
あれはあれで、真似しょうとしても簡単にできるものではありません。
「ちょっと上手い」程度かもしれませんが、
その「ちょっと」が、なかなか辿り着けない遠くにあるんです。これは実感です。
模写でさえ難しいのですから、自分がその場にいて絵筆を持ったとしても
あの観察力や表現力に及ぶかどうか・・・やはり上手いんだと思います。
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この回答へのお礼

なんだかとても感心してしまうご回答でした。ありがとうございます。
皆さんのご意見を伺っていると抽象画にも様々な技法が使われており、並の人には描くことは出来ないだろうとのことでしたが、抽象画とは?と言う定義は一先ず置いておいて、筆を一度も持ったことの無い人が己の人生や世界観を見事に描ききってしまったとしたらその人こそ本当の芸術の天才なのかもしれないですね。

それ作品がどう評価されるかは別の話ですがw
あ、別の話にしてしまったら見事に描ききった証明にならないですね。。。

お礼日時:2005/04/20 17:32

NO.4です。


ひとつ思い出したことがあるので書かせていただきます。
実は私の友人に、有名な書家がおります。
彼は高校時代の同級生でしたが、休み時間など、いつも指で空中に丸や四角を書いていました。
私が、何やってるのと聞くと、練習と言っておりました。
ある時、数学の時間に、彼が黒板に図を描くことになりました。
その時、私やクラスのみんな、先生までも含めてビックリしました。
彼は全くのフリーハンドで、無造作に図やグラフを描いたのですが、それはもう、完全に製図器でも使って描いたのではないかと思えるほど、正確な図でした。
丸は完全な真円で、どうみても、コンパスで描いたとしか思えない物でした。

そんな彼が書家になり、書いている字は、字の大きさもバラバラで、縦の行も斜めにずれてしまっているようなもので、まるで、下手な小学生が書いているようなものです。

だけど、よーく見ていると、何だかとても味わいのあるものに見えてくるのです。
勿論私は、彼が、知らない人が見たら絶対に印刷された活字としか見えないような字が書けることを知っています。
だからこそ、私には、彼の一見下手くそな書が、とても味わいのある物に見えてくるのです。
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この回答へのお礼

ふーむ、最初は誰が見ても普通に美しいと思えるもの=綺麗に整った図形や文字、を修練するのですが、それは万人の共通認識の美しさであって自分個人の表現としての美しさではないので(自分の個性の芸術ではないので)自分なりの表現にシフトしていくのですかね?
自分なりの表現を行うにはいろんな表現技法を知らないと出来ないと。
そのための技術なのでしょうか
技法=手段  表現=目的
と言う感じでしょうね

お礼日時:2005/04/20 17:26

確かにピカソの描いた抽象画は私もわからない。


けど、彼の絵の実力は凄い。
 昔、MacのコンピュータのCMの一場面でガラスか何かの透明な板に、多分闘牛の牛だと思うんだけど、彼がその牛を一筆書きで描いているシーンがあった。
 正直に神を見た思いでした。ほんの一瞬の間に
まるで写真をトレースしているかのように躍動感のある牛をさらっと描いていました。
 その時悟りました。
この人の抽象画は私にはわからないけど、今見た
ものすごい技術とセンスで駆使して作られた作品に違いないと。見る人が見れば神を感じるような作品に違いないと。

 誰か素人の描いた抽象画とピカソの描いた抽象画の違いを私にわかりやすく説明してくれないかな?
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この回答へのお礼

ある意味抽象画は技術で描く物ではないのか技術が必要なのか分からなくなってきましたw
抽象画の芸術性を「キャンバスに描かれた絵の具が構成する形」として捕らえるべきではないのであれば、逆に言えば作家の思想やメッセージや哲学や激情を表現しきっているのであれば、つたない技術で描いた作品でも最高の抽象画なのではないかな?とも思えます。
正解はないんですけどねw

お礼日時:2005/04/20 17:20

私も判りません。

 が、「判る様になりたいな」とも思います。

まあ、異性に関する好みのタイプと一緒で、どれだけ周囲が「キレイ」「可愛い」「すばらしい」って騒いでも、こればっかりはね(^_^;)。「正解」とか「模範解答」があるわけでも有りませんし。

それと私の友人が抽象画の意義について(多分受け売りだと思いますが)こんな事を言ってました。

「実在する本物をそっくりそのまま写したいのなら写真で充分。存在し得ないモノを描けるからこその絵画。抽象画はその最たるモノ」

私は写真撮影も好きなのでこの言葉に少し引っ掛かりも感じます(笑)が「なるほど」とも思いました。
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この回答へのお礼

ちょっと違うかもしれませんが、存在しない物を表現する価値と言えば極端な話マンガやフィクションの映画に通じるかもしれませんねw(全然違いますか・・・)

お礼日時:2005/04/20 16:01

私もいわゆる「抽象画」はよくわかりません。


一色に塗ったくった上に一本線を引いただけで、なぜそれが「時の流れを
あらわしている」ことになるのか・・・とか。
「なんじゃそりゃ」って感じです(^_^;)

ただ、ピカソの絵のいくつかは好きですし、ルノアールの絵は大好きです。
(ルノアールのは抽象画じゃないですよ。念のため。)
だからと言って、「好きじゃない」「どうとも思わない」という人に対して
「芸術を解しない無知な人」とは思いません。「好みが違うんだな」と思う
だけです。
私がルノアールの絵の素晴らしさを本当に分かっているのか、と言われれば
そんなことは分かりませんが、「好きだなー」と思って、美術館に行って
本物を前にすれば時間も忘れてぼけーっと見とれてしまう、ということで
私としては充分です。
たぶん、抽象画を「純粋に」好きな人たちも同じで、「ああ、なんか好き
だなー」って思って見ているだけで、真実がどうの、とか、あまり考えない
んじゃないでしょうか・・・。
(好きになってから「もっと理解したい!」と思って背景を勉強することは
あると思いますが。)

質問者さんがお好きなのがどういう分野かわかりませんが、例えば好きな
歌があったとして、「私はこの歌の真実がわかっているか?」「なぜこの
歌なのか?」「本当にすばらしいものか?」なんて考えますか?
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この回答へのお礼

理屈でなく感性で楽しむ物なのですよねw

>質問者さんがお好きなのがどういう分野かわかりません
>が、例えば好きな歌があったとして、「私はこの歌の
>真実がわかっているか?」「なぜこの歌なのか?」
>「本当にすばらしいものか?」なんて考えますか?
考えませんw

でも例えば私の好きな歌に10億の値が付き、多くの人がその金額で納得するのであれば(再販できない無形の歌そのものに歌がついたと思ってください)皆はその歌をわかってるのか??と思ってしまうでしょう。
皆さんのご意見で気付いたのですが、10人10色の感性で評価する物に莫大な金額がつくことが疑問だったのかもしれません。

お礼日時:2005/04/20 15:57

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Qピカソの絵の良さについて

ピカソの絵を大量にみてきました。
ゲルニカなんかは、説明されるとなるほど
そうなのかと時代背景が思想から
絵を理解する事ができるのですが・・・

全般において
ピカソの絵のよさについて
全く感じ取る事ができません。

ピカソの絵のどこがどう世界的に評価されているのか
教えていただけないでしょうか?

Aベストアンサー

ピカソも大好きな一素人美術愛好者です。

ピカソに限らず、優れた絵画はいずれも単純に写実的なだけではないかと思います。
と言うか、古来、優れた画家たちというものは、例外なく、それぞれの時代にあって、最も正確に対象を観察し、それを描き出そうとしてきたのではないでしょうか。

私自身は、最初にピカソを見たとき、いわゆるカルチャー・ショックに近い衝撃や戸惑いを受けました。
それを私なりに説明すると、「理解する」にも二通りあって、自分の慣用としてきた知の鋳型に合わせて対象をそれに当て嵌めて理解する場合と、自分の慣用としてきた理解の範型に合わない対象との出遭いによって、自分の知の鋳型が対象から無効宣言される場合とがあるのではないでしょうか。

ピカソをはじめとする、前衛的、革新的な芸術作品というものは、概して鑑賞する側の慣れ親しんできた知の鋳型を否定したり、批判したりする力として作用するのではないでしょうか。
つまり、ピカソを「理解する」というのは、実は自分の古い知の鋳型が壊されることであり、だからこそ筆舌しがたい、言語道断のいわゆる感動、恍惚、無我の境地にいたるのではないでしょうか。
その時、ピカソによって自分が支配されたり、征服されたりする、その意味では一種のマゾヒスティックな快感に溺れているのではないでしょうか。

鑑賞を終え、その体験を反芻するようになったとき、間違いなく自分の内部にはこれまでのものとは違った、新しい知の鋳型が出来上がっているはずです。
芸術の鑑賞というのは、そしてそこで感動するというのは、実は自分の古い知の鋳型をいったん死に至らしめ、新たに蘇生させるという秘儀であると言えるのかもしれません。
だから、しばしば優れた芸術作品は鑑賞する者をして自己発見せしめる力を内在させていると古来言われてきたのだと思います。

その上で、質問者さんの

>ゲルニカなんかは、説明されるとなるほど
>そうなのかと時代背景が思想から
>絵を理解する事ができるのですが・・・

という鑑賞態度について申しますと、失礼ながら、こういう姿勢では、ご自分の慣れ親しんできた知の鋳型が頑固に自己保全している、一度死んで蘇るのを拒絶していると言われるかもしれません。
その他、絵画の技法、時代・社会背景、画家・題材に関する知識等々も、すべて既成の知識という鋳型であって、本当言えば、虚心坦懐に絵を鑑賞する上では邪魔物でしかないと思います。
それに囚われた眼でどんなに優れた絵画に向き合っても、絵画の方では決して深奥の魅力を見せてはくれないと思います。

>ピカソの絵のどこがどう世界的に評価されているのか
>教えていただけないでしょうか?

たとえば、ピカソの立体主義について申しますと、彼はこれまでの画家が対象をカメラアイ(=パースペクティブな視点)から眺めることを写実的な態度だと思い込んでいたとすれば、はじめて、他ならぬ人間の眼で、しかも先入観や偏見をできる限り排除して対象を眺めればこう見えるはずだ、という確信を持つに至った最初の画家である、と少なくても私はそう考えております。

人間の眼は、カメラアイと違って、人間の横顔の裏側にもう一つの眼が付いていることを知らないフリして横顔を観察することなんかできませんからね。

ピカソも大好きな一素人美術愛好者です。

ピカソに限らず、優れた絵画はいずれも単純に写実的なだけではないかと思います。
と言うか、古来、優れた画家たちというものは、例外なく、それぞれの時代にあって、最も正確に対象を観察し、それを描き出そうとしてきたのではないでしょうか。

私自身は、最初にピカソを見たとき、いわゆるカルチャー・ショックに近い衝撃や戸惑いを受けました。
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Q昨日私は全国紙は90%の真実、週刊誌は新潮と文春を読むのですが、70%の真実、後は50%の真実として

昨日私は全国紙は90%の真実、週刊誌は新潮と文春を読むのですが、70%の真実、後は50%の真実として読むのですが、ある人は新聞は100%真実ではいけないと発言していました。
100%以下はタブロイド紙と言わなくてはいけない。
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ご意見をいただけると、ありがたく思います。
自由な意見をお願いします。

Aベストアンサー

100%ってのは無理

そもそも、映像や文字に記すということは一定の視点で切り出す必要がある

記者や運営体によって、どの視点に立つのか微妙に異なるのが自然なことなので
一つの出来事に対して、複数の媒体があれば複数の視点がある
視点が異なれば、論調や論点や何を伝えて何を省略するかがことなる

これで100%は無理でしょ?

だからこそ複数の媒体が必要で、様々なモノが寄り集まることでより広いものが掬い上げられる

なので、無批判に有るモノを盲信したり、中も確認せずに卑下するのは自らの目を塞ぐのと同じ

最近は、自分の気に入ったニュースだけが配信されるようなアルゴリズムに依存するのが多いようだが、非常に危険な兆候

Qピカソとモネの絵を上下逆さまに見せると、なぜ、鳩はモネの絵の方を見分けられなかったのでしょうか?

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次に、それの絵を上下逆さまにして鳩に見せると、ピカソの絵は見分けることができたが、モネの絵はできなかった、そうです。
質問は、モネの絵を上下逆さまにすると、なぜ、鳩は見分けられなかったのでしょうか?

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こんにちは。
イグ・ノーベル賞を受賞してしまった有名な実験ですよこね。
理由は「ピカソの絵は上下がないけれども、モネの絵は上下があったから」ではないか、だそうです。

実験を行った渡辺教授いわく、
「絵を識別するのにハトは複数の要素から判断している。
 その認知能力はヒトに近い形なのではないか。」
だそうです。論文が読めなくても、下でご紹介する本に詳しく書かれていますので、ご興味があれば。

後年のピカソの絵は抽象的で、どっちが上でどっちが下やらわからないものが多いです。美術館さえ間違えていた例もあるぐらいです。キュビズムの時代とか。
なので、上下ひっくりかえされても特に識別に困難を来すことなく「これはピカソの絵っぽい」とわかります。
一方、モネの絵は基本的に風景など上下のある絵です。なので上下をさかさまにされるとそこに何が描かれているかすぐには認知できなくなります。そうすると、誰の絵かもわかりにくくなる。
ハトも同じようにモネの絵を見ていたらしく、そのため反応が低下したのではないか…とのことです。

画風や流派まで把握してそれぞれに分別できる、というのですからすごいですね。
私は詳しくない(詳しい人から聞いた程度)なので、書籍をご紹介します。

教授本人の本
「鳥脳力―小さな頭に秘められた驚異の能力(DOJIN選書32) 」
https://www.amazon.co.jp/%E9%B3%A5%E8%84%B3%E5%8A%9B%E2%80%95%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E9%A0%AD%E3%81%AB%E7%A7%98%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E9%A9%9A%E7%95%B0%E3%81%AE%E8%83%BD%E5%8A%9B-DOJIN%E9%81%B8%E6%9B%B832-%E6%B8%A1%E8%BE%BA-%E8%8C%82/dp/4759813322

鳥の能力についての本
「鳥の脳力を探る 道具を自作し持ち歩くカラス、シャガールとゴッホを見分けるハト (サイエンス・アイ新書) 」
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4797347260/ref=pd_cp_14_1?ie=UTF8&psc=1&refRID=9QB0SDDY7RDWGZC4E3MQ

おまけにイグ・ノーベル賞を受賞した各研究の内容を説明した本
「笑う科学 イグ・ノーベル賞 (PHPサイエンス・ワールド新書) 」
https://www.amazon.co.jp/PHP/dp/4569774407/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=1475879748&sr=1-1

こんにちは。
イグ・ノーベル賞を受賞してしまった有名な実験ですよこね。
理由は「ピカソの絵は上下がないけれども、モネの絵は上下があったから」ではないか、だそうです。

実験を行った渡辺教授いわく、
「絵を識別するのにハトは複数の要素から判断している。
 その認知能力はヒトに近い形なのではないか。」
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後年のピカソの絵は抽象的で、どっちが上でどっちが下やらわからないものが多いです。美術館さえ...続きを読む

Q【メディアは真実を知っていても自分たちに都合が良い事実だけを伝えて真実は意図的に伝えない】 事例を

【メディアは真実を知っていても自分たちに都合が良い事実だけを伝えて真実は意図的に伝えない】

事例を教えてください。

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もっと身近なことでも
例えば「朝、見通しのいい道路で小学生の列に車が突っ込んだ」なんて事故でも
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だれが考えても思いつきそうな事故原因をニュースではいっさい言いません。
まあ、あれだけ大量の携帯電話やスマホの広告が流れていればメディアは黙ります。

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 ゲルニカなどの代表作で知られるピカソですが、子供の頃に初めて絵を見た印象として「下手くそ~」と思いました。 
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Aベストアンサー

 ピカソは写実的な絵も非常に上手です。
 百聞は一見に如かず。よろしければご覧ください。
http://cgfa.sunsite.dk/picasso/p-picasso7.htm
 これは去年の秋に本邦初公開となった「初聖体拝領」で、ピカソ14歳の時の作品です。モニタを介しては半分も厚みを感じられませんが、「この絵を14歳で描いた」と聞いて才能を感じない者はいないのではないかと思います。
 これは古典主義を丁寧になぞった絵で、彼はこの時期、このスタイルの絵ばかり描いていたわけではありません。様々な画材で様々な描き方をし、まるでなにかをためし模索しているかのようです。
http://members.jcom.home.ne.jp/senecio304/picasso.htm
 こちらのページでは下にいくほど写実から離れていきますが、「夢」や「ドラ・マールの肖像」にしても、確かなデッサン能力が基礎になければ描けない絵だということははっきり見てとれます。
 ピカソが描いた写実よりの絵を他にもご覧になりたければこちらもどうぞ。
http://www.abcgallery.com/P/picasso/picasso.html

 ピカソの父もまた画家でしたが、息子ピカソが8、9歳の時に描いたリンゴかなにかの絵を見て彼我の才能の差を感じ、14歳の時に筆を折った・・・というのは有名なエピソードです。それが脚色された逸話だとしてもです。
 ピカソの父が絵を描くのをやめてピカソのサポートにまわったのは事実で、その理由が何であれ、それだけの力がまだローティーンのピカソにあったということではないでしょうか。
 またピカソは絵と女性と金儲けに対して非常に精力的な人物で、絵もギネスブックに載るほど非常に多作な画家でした。(女性が変わるたび、なにか心境に変化があるたび、ころころ画風が変わる画家でもあるので、追いかけるのも面白いですよ。)
 素人目には「写実的である」ということは絵の上手さの指標としてとてもわかりやすいので、写実的であるほど良い絵、上手い絵、と考えがちな気がします。
 しかしこれだけたくさん絵を描くと、「描く」ということに対して研ぎ澄まされていって、なにかが昇華して残ったものがあの、子供から見ればどう見ても落書き、というものになるのだと思います。
 「写実的に描く」だけなら技巧の上手さに過ぎないでしょう。そこになにか思想や情緒、概念というものを盛り込んで初めて「芸術」にまでなるのではないでしょうか。少なくとも感情として、絵を描きたいという欲求はただ単に風景を切り取るだけでは満たすことができませんし、一部の画家にとっては写真と違いがつけられないのかもしれません。絵も写真もなにかの表現手段ですが、絵を描くもののはしくれとして、「写実的に」描くだけではおさまらないものがあるんです。
 そうやって自分の絵心を追求し、昇華した先にピカソのような抽象画にたどりついたり、マグリットのように「写実的なモチーフを組み合わせて非現実的な絵を描く」画家もいると思います。

 トリビアですが・・・。ピカソのフルネームをご存知でしょうか?彼のフルネームはパブロ・ピカソではありません。
 パブロ・ディエゴ・ホセ・サンティアゴ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセノ・クリシピン・クリスピニャーノ・デ・ロス・レメディオス・シプリアーノ・デ・ラ・サンテシマ・トリニダッド・ルイス・ピカソ、がフルネームだそうです。彼の父や叔父はじめ先祖や近所の人などの名前がめいっぱい詰め込まれているそうです。

 ピカソは写実的な絵も非常に上手です。
 百聞は一見に如かず。よろしければご覧ください。
http://cgfa.sunsite.dk/picasso/p-picasso7.htm
 これは去年の秋に本邦初公開となった「初聖体拝領」で、ピカソ14歳の時の作品です。モニタを介しては半分も厚みを感じられませんが、「この絵を14歳で描いた」と聞いて才能を感じない者はいないのではないかと思います。
 これは古典主義を丁寧になぞった絵で、彼はこの時期、このスタイルの絵ばかり描いていたわけではありません。様々な画材で様々な描き方をし...続きを読む

Qお好きな西洋の宗教画あるいは人物画

変な質問で申し訳ないです。

クリスマスの飾り物に絵を描いています。一ダースほどあるのですが、アイディアが尽きてしまいました。今までのところ、

羊飼いと天使
東方の三博士
聖家族
聖母子像
なぜか、ボッティチェリのビーナス(リクエストあり)

が完成しています。

ビーナスがあるので、もはや、宗教画でなくても良いような感じです。
クリスマスの飾り物にしたら、素敵なのではないか、あるいは、ただ、この西洋画は大好きである、というのがありましたら、お教えください。ぜひ、参考にしたいと思います。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

宗教画や絵画のモチーフじゃなくて申し訳ないのですが、なんとなくクリスマスっぽい感じのする好きな作品です。

クリムトの「接吻」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Gustav_Klimt_016.jpg

シャガールの「ロミオとジュリエット」
http://cart.help919.com/art/e-shop/shop3.cgi?action=howmany&gcode=003&code=cgp008

Qピカソの絵について

ピカソの’貧しき食卓’と言う絵を知っている人どうか教えて下さい。
勘違いして全く別の絵を想像していました。困ってます!!!

Aベストアンサー

http://www.simplecom.co.jp/e-gallery/
ピカソ 「貧しき食事」



http://www.ishiroweb.com/gallery/book/sakuhin/pica1.htm
貧しき食事
Le Repas frugal (1904)
1913年
エッチング
46.3x37.7cm




27部、あるいは29部限定の和紙に刷られたものと、他に250部限定版と、いずれも1913年、14点1組として画商A・ヴォラールが刊行した。

参考URL:http://www.simplecom.co.jp/e-gallery/,http://www.ishiroweb.com/gallery/book/sakuhin/pica1.htm

Q安彦絵と恩田絵について

劇場版のZガンダムですが、恩田作画監督に代わって
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僕は、恩田絵の方が好きなのですが。
ちなみに一押しのヤザンが変わってないのはいい事ですが。

Aベストアンサー

そもそも質問者様が勘違いされているのは、TV版の絵は擬似安彦絵。
ビーボォ(湖川系:イデオン・ダンバイン・ボトムズ等)の北爪宏幸が作画監督をやっているので、安彦氏が描いた設定がとは違いが多々見られます。
要するに安彦絵を描ける人がΖの作画をやっていないのです。
北爪氏も恩田氏もビーボォ所属でした。
当時のアニメージュか何かで、恩田氏は北爪氏の絵が今の自分の絵に近いから描けたけど、安彦絵は描けないと当時から言っていました。
つまり、TV版Ζは安彦絵じゃないのです。

前置きが長くなりましたが、私は安彦絵が好き。
といっても、前述の通り劇場Ζには安彦絵が無いので比較になりませんけど…。
安彦氏がアニメーションディレクターに戻って完全新作でやったら最低3回は観に行きますね。
演技の幅が違い過ぎる。
富野監督と喧嘩してファーストだけしか現場に参加していないのが残念でなりません。

Qピカソやモネなど有名画家の絵を見てもどこがいいのかとわかりません。絵も

ピカソやモネなど有名画家の絵を見てもどこがいいのかとわかりません。絵もクラシック音楽などと一緒である程度の観賞力がないと理解できないものなのですか?

Aベストアンサー

知識という面もありますが、色や形を考える・感じる頭の使い方、脳の使う部分というのはあると思うのですよね。
私は色や形を突き詰めて考える訓練をした後、理屈ではなくて色や形で絵を見られるようになりました。

不思議なことに、そういう勉強をしている時にふと掛けてみた姉のレコードの音や、音楽家のやっていることが素晴らしいものと気づきそれ以来音楽も聴くようになりました。それまではその中にある音そのものの調和や破綻のおもしろさがわからなかったのです。

この同調は偶然とは思われません。

現代美術については授業で実際に鑑賞して、意見を述べたり見方のヒントをもらったりしてから享受できるようになりました。
つまり美術については色や形の織りなす面白さだけでは説明できない要素もあるということだと思います。ですがやはりそれも体験的なこと(芸術的な体験)ではあったのだと思います。
もしその作品が展示してある空間で対峙して、それがいいのか悪いのか、なんなのか、というような自分への突き詰め、脳や心を働かすことが無かったら理解できなかったかもしれません。

以上私的な発達史のようなものが参考になるかと思い書かせていただきました。
やはりチャンスがありましたら造形的・美術的なレクチャーを受けて、できれば手も動かしてみると何か違ってくるのではないかと思います。

知識という面もありますが、色や形を考える・感じる頭の使い方、脳の使う部分というのはあると思うのですよね。
私は色や形を突き詰めて考える訓練をした後、理屈ではなくて色や形で絵を見られるようになりました。

不思議なことに、そういう勉強をしている時にふと掛けてみた姉のレコードの音や、音楽家のやっていることが素晴らしいものと気づきそれ以来音楽も聴くようになりました。それまではその中にある音そのものの調和や破綻のおもしろさがわからなかったのです。

この同調は偶然とは思われません。

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Q抽象的な質問に回答できない人は・・・・・・

抽象的な質問に回答できない人の原因は何だと思いますか?

①頭の悪さ
②想像力の欠如
③知識不足
④経験不足
⑤その他

Aベストアンサー

⑤貧乏くじを引いた


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