創価学会の千葉、茨城、埼玉にある、会館のある場所を、教えて下さい

A 回答 (2件)

学会本部に電話かmailすればわかりますよ

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同団体のホームページをごらんになった方がいいと思います。



参考URL:http://www.bekkoame.ne.jp/~chumarux/start.html
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Q創価学会の会館のそばの環境は?

今、家探しをしています。
創価学会の会館のすぐ近くにいい物件があったのですが、
創価学会からの勧誘とか、なにかあるのでしょうか?
またやっぱり近所は学会の方が多いのでしょうか?
これから生活をするにあたって、なにか問題が出そうなら
違う場所を探そうとおもうのですが・・・
アドバイスよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

学会員で、しかも会館の警備、運営をしている「創価班」というグループに所属している者です。
みなさんが回答されたように、近隣への勧誘などは一切ありません。

で、運営している立場から会館周辺の状況を説明させていただくと、申し訳無いことに、大きな会合になると駐車問題がしばしば発生します。
私たち創価班の取り組みとしては、この駐車問題が一番頭を痛めている事柄なのですが、会員さんに理解してもらって、少しずつマシにはなっているのですが、大規模な会合になるとどうしても路上駐車をする方がいます。

交通渋滞などは意外とひどくはありません。とはいえ、一時的に込み合うことはあります。
会館の規模や立地条件にもよりますが、ちょうどイベント会場の近隣と同じような状況だと思います。

新たな住居ということで慎重になられることは誠に当然な心情でしょう。

あと、騒音問題も私たち創価班は非常に神経を使います。
創価班の声かけ自体が近隣の迷惑にならないように厳しく言われますが、気になる方はどうしても気になるかも知れません。
我々は会合の後に会員さんたちが帰られるときには必ず「路上での私語や携帯電話は近隣の迷惑になるのでご遠慮ください」とそれはもうしつこくロビーなどで声をかけております。

学会の会館は、地価の関係からか市街地より離れたところに建っていることが多く、言ってみれば静かな場所にある場合が多いです。
なので余計に騒音、路駐問題に気を使います。

kobontaさんが新居に後悔されないよう、ありのままを書かせていただきました。

蛇足ながら・・・
>あとは、真昼間・夜などにたまにテープで流しているらしいお経の音・声が聞こえてきます。
あれはテープではなく、実際みんなあの中で経を読んでます。

学会員で、しかも会館の警備、運営をしている「創価班」というグループに所属している者です。
みなさんが回答されたように、近隣への勧誘などは一切ありません。

で、運営している立場から会館周辺の状況を説明させていただくと、申し訳無いことに、大きな会合になると駐車問題がしばしば発生します。
私たち創価班の取り組みとしては、この駐車問題が一番頭を痛めている事柄なのですが、会員さんに理解してもらって、少しずつマシにはなっているのですが、大規模な会合になるとどうしても路上駐車をする方...続きを読む

Q創価学会の、学会誌で、浄土真宗などの

宗教は、ダメだと、いいます。
福運に、恵まれず、無間地獄に行くと、言ってきます。

創価学会の、勧誘に、困ってます。

私は、先祖を、大事にしたいのに、今から、創価学会には、抵抗が、あります。


本当に、創価学会は、
浄土真宗より優れた、宗教なのでしょうか?

Aベストアンサー

新しい信仰が生まれる時、既存の信仰と比較しそれらを否定、批判するのはある程度は仕方が無いとしても、あそこまで他の信仰を否定するのは異常としか言いようがありません。
人それぞれ、時代によっても適した信仰のスタイルがあります。日蓮がいた時代にもその時代の人達に適したスタイルがあります。飢餓や疫病が流行り生きるか死ぬかという時、「お題目を唱えれば救われる」という信仰が流行るのはある意味当たり前と言えるでしょう。そういう意味では念仏も同じだと思います。

ただ、それらは「救われるんだ」という希望であり、あくまで信仰の入り口と理解するべきです。創価学会のように、「お題目を唱えれば成仏できる」「宿命転換できる」などという安易な理解は間違いです。

人それぞれ信仰のレベル、境涯の違いはあれど、最終的に人を悟りに導かない宗教(指導者)は宗教ではありません。悟った人だからこそ他人の心を指導できるのですから。

まともな指導者による宗教なら、宗教によって「どちらが良い」「どちらが優れている」などということはありません。(自分に合う、合わないはあるでしょうが。)
創価学会のように指導者が「自分達の信仰だけが本物だ」などと言うこともありません。創価学会は本来なら宗教法人と認可されること自体が問題と言えます。あのような(排他的、狂信的な)信仰は必ず周囲と対立し争いを作るからです。

新しい信仰が生まれる時、既存の信仰と比較しそれらを否定、批判するのはある程度は仕方が無いとしても、あそこまで他の信仰を否定するのは異常としか言いようがありません。
人それぞれ、時代によっても適した信仰のスタイルがあります。日蓮がいた時代にもその時代の人達に適したスタイルがあります。飢餓や疫病が流行り生きるか死ぬかという時、「お題目を唱えれば救われる」という信仰が流行るのはある意味当たり前と言えるでしょう。そういう意味では念仏も同じだと思います。

ただ、それらは「救われるんだ...続きを読む

Q創価学会の青年部の人に話しがある、と言われました

わたしは女性、既婚者です。夫の両親が学会員で夫は生まれたときから学会員なので二世ということになるのでしょうか。

4年前夫との結婚が決まり、ある日夫の家で夕食をご馳走になっている時に義父母に学会に入るように言われました。その当時わたしは「創価学会」という存在すら知りませんでしたが入会を許可してしまいました。

現在わたしたち一家は夫の両親、わたしの両親ともに別々に暮らしています。夫は宗教に興味はあまりないらしく学会の活動を始め宗教に関することはなにもしていませんが、今年のお正月に義父が

「今はわたしがお前達の分まで学会にお布施(どういう言葉だったか忘れましたが)をしているがそろそろお前たちもお布施しないといけないよ」と言ってきました。


前置きが長くなりましたがわたしの質問はここからです。

昨日夫の携帯電話に義父から電話で「今度の休みの日に学会の青年部の人がお前の家に行って話をしに行くから」と言われたそうです。どんな「話」なのか義父・青年部の人たちにしか分かるはずもないのですが、どんな話だと予想することができますか?活動するように説得されるのでしょうか?それとも学会にお布施などをするように、との話でしょうか?それとも他にも何かあるのか・・・?

わたし自身の問題、家族の問題にも関わってきて覚悟が必要と思いましたし、わたしは学会について何の知識もないので一人でもんもんと考えていても分からないので質問させていただきました。


よろしくお願いします。

わたしは女性、既婚者です。夫の両親が学会員で夫は生まれたときから学会員なので二世ということになるのでしょうか。

4年前夫との結婚が決まり、ある日夫の家で夕食をご馳走になっている時に義父母に学会に入るように言われました。その当時わたしは「創価学会」という存在すら知りませんでしたが入会を許可してしまいました。

現在わたしたち一家は夫の両親、わたしの両親ともに別々に暮らしています。夫は宗教に興味はあまりないらしく学会の活動を始め宗教に関することはなにもしていませんが、今年の...続きを読む

Aベストアンサー

1です。

>聖教新聞の場合新聞に載ってる企業が学会と関わりがあるものだと思っていいのでしょうかね?

本当ですね。
池田の爺さんがダライ・ラマやローマ法王などと会ったりしている写真を見たことあるのですが、
金に物言わせたのかな?と思っちゃいました。
会う方も会う方だなと思いましたし・・・。

うちは毎日新聞とっているのですが、
やはり下のほうに創価学会発の雑誌などの広告が載ってたりしますもん・・・。
なんだかんだ言っても信仰は自由だし、
やはり、信者の数が多いから無碍には出来ないのでしょうかね。
そういう危ういものが氾濫している世の中だからこそ
見極めることが大切になるのでしょうね。

でも、質問者さんはご自分の意思をしっかりとお持ちのようですし、やはりお子さんを守るためにもその姿勢を通していく事も、十分お出来になると思います。

しがらみがあったり、必要以上に偏見をもたれたりすることがあって大変だとは思いますが、
ご自身とお子さんを勇気を持って、
守っていかれてくださいね。

Q創価大学もしくは創価学会がなぜ批判されるのか

Wikipediaで調べてみてもピンとこなかったので質問させていただきました。
分かりやすく具体的にお願いします。

Aベストアンサー

一般の人が迷惑がっているのは、やはり選挙時の電話攻撃だと思います。
それまでほとんど連絡をとっていなかったような同級生に急に友達面
されるのは気持ちのいいものではありません・・。

私の通っていた大学が創価大学の近くだったのですが、学校近くで
1人暮らしをしていた友人たちは勧誘が激しく、あの3色の旗をベランダに
立ててほしいとしつこく言われたそうです。

周りから見ると完全なる洗脳なのに、本人達がそれに気づいていないことが
一番の理由かと。

Q創価学会の信じるものって何ですか?福音みたいなのはあるのですか?

創価学会の信じるものって何ですか?福音みたいなのはあるのですか?

こんにちは!

たまたま今日友達で創価学会の話になりました(深い話ではありませんが)。

そのあとで“よくちまたでは創価学会って聞くけれど、彼らは一体何を信じてるのだろう…“と思いました。

たとえば死んだらどうなるとか人生の目的とか、神様と自分たちの関係とか。

簡単な言葉で説明して下さったらとてもうれしいです。

よろしくお願いします。

(批判目線ではなく客観的に書いてくださるとうれしいです。)

Aベストアンサー

>彼らは一体何を信じてるのだろう

日蓮大聖人が、「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ」(経王殿御返事)と仰せのように、大聖人が書写された、南無妙法蓮華経の曼荼羅本尊です。

>たとえば死んだらどうなるとか人生の目的とか、神様と自分たちの関係とか。

我々がこの世で生きる目的は、幸せになるためです。誰だって幸福に生きたいものです。しかしながらそう願っても、大なり小なり皆思うように行かないことが多いものです。なぜなら、人間の生命は永遠で、前世の行いが今世の人生に、因果の理法により響かざるを得ないからです。例えば、50パーセントの努力で、100パーセント以上の結果を出し、幸せに生きれる人もいれば、逆に100パーセント以上の必死の努力をしても、50パーセント以下の結果しか出せず、努力が報われず不幸な人生しか生きられない人もいます。現実社会ではよくあることです。

そこに、宿命転換の必要があるのです。南無妙法蓮華経とは、この宇宙万物を運行させる根源の力の名称です。この南無妙法蓮華経の題目を大聖人の曼荼羅本尊に向かって唱えれば、その根源の力を我がものにすることができます。そして、前世に善行を行わなかったがゆえに今世で不幸であっても、善行を行ったかのごとく因果は転換され、今世での幸福境涯を得ることができるのです。これを宿命転換といいます。その結果、あらゆる努力は最大限に実るようになり、幸福になっていくのです。

よく、創価学会の利益は「現世利益のみを目指す功利的なものにすぎない」などという論難をぶつけられることが多いですが、確かに、信心実践の結果幸せになるのですから、社会的に立場ができるとか、裕福になるとか、そういう功徳も生じはします。しかし、それはあくまでいわば「副産物」です。物質的に充足していても、家族が離散状態であるとか、病弱であるとかなどの要因があれば、心から喜びを感じることはできません。また、お金があればますます欲しくなるなど満足を知らず、倫理に反する行動をして自滅することもあります。ここに「相対的幸福」の限界があります。

学会の目指す究極的な幸福は、どこにいても、何をしていても、生きていること自体に喜びを感じられるという「絶対的幸福境涯」です。外的要因に一切影響されない、命の底からの幸福です。しかもこの信心で一旦確立されれば、永遠に続くのです。これこそ、真の幸福です。

人間は死ねば、その生命は大宇宙の生命と一体化し、溶け込みます。そして時が経ち、何らかの縁が生じれは、再び具体的な形を示して、再び地上に生まれてきます。そしてまた死を迎え、宇宙に溶け込んでいく。これを永遠に繰り返すのです。しかし、先にも述べましたが、前世の行いによって、死後の生命も決定されます。幸福な生死を繰り返す人もいれば、不幸の生死を繰り返す人もいる。死んでからは具体的な善行ができません。生きているうちに死後の準備をする必要があるのです。そこに、真の正しい仏法哲学の必要があるのです。

最後に、神の件です。他の人も述べていましたが、仏法における「神」とは、「諸天善神」のことをいいます。この神は「創造神」などといったものではなく、法華経(南無妙法蓮華経)の実践者を加護する働きのことを、象徴的に「神」としたものです。例えば、生活で行き詰まった時に、思わぬ人から援助を受けられるようになるとか、交通事故に遭っても、間一髪で災難を逃れるとかして護られる。そういう加護の働きが、日蓮仏法の実践者に生じるということです。日蓮大聖人自体も、邪な鎌倉幕府の権力者によって、理不尽にも死罪に処せられようとされましたが、処刑の寸前に流星のようなものが天に現れ、それによって兵士たちは狼狽し、処刑は失敗しました。これも諸天善神による加護といえます。

以上、簡単ですが、回答とさせていただきます。学会理解の何らかの一助となれば、幸甚に存じます。

>彼らは一体何を信じてるのだろう

日蓮大聖人が、「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ」(経王殿御返事)と仰せのように、大聖人が書写された、南無妙法蓮華経の曼荼羅本尊です。

>たとえば死んだらどうなるとか人生の目的とか、神様と自分たちの関係とか。

我々がこの世で生きる目的は、幸せになるためです。誰だって幸福に生きたいものです。しかしながらそう願っても、大なり小なり皆思うように行かないことが多いものです。なぜなら、人間の生命は永遠で、前世の行いが今世の人...続きを読む


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