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あなたは大人ですか?
あなたにとって大人って何ですか?大人の定義。

そりゃ、二十歳超えてること、親に頼らず生きてること、そういう、まぁ普通の答えもあるでしょうけど、それ以外で、何か自分自身の大人の定義がある方、教えてください。

ぼくは、24歳。
正直、中身は全然こどもです。

24歳って、もっともっと大人だと思ってました。しっかりしていて、みたいに。

でも大人の定義ってよく分からない

A 回答 (16件中1~10件)

しっかりしているのが大人ではありません。


誰しも「理想の自分」がいます。「あ~なったら良いな」とか「こうなったら良いな」とか、理想の自分になれてる人の方が少ないのではないでしょうか?
20歳過ぎると日がたつのが早いと私は、感じるようになりました。誕生日が来る度に歳だけとってるような気がして、中身は何も変わってないんじゃないかって。
でも、少しずつですが、考えや環境や行動や責任転が少しずつですが皆さん変わっていると思います。そういう積み重ねがいつの間にか大人になるってことではないでしょうか。
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子供のころに戻りたいなっておもったら大人だと思います。

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権利ばかり主張するのが子供。

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義務と責任を分かる、自由という言葉中に、自分の自由だけでなく、他の人にも自由があるという事、行動に責任が伴う事など、を理解でき、実行しようと、努力している人。

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精神年齢うんぬん言ってたらキリがありません。

おませな少女もおるし、少年のようなじいさんもいます。

大人になったら精神年齢関係なく自分の行動が間違っていたら責任を負わなくてはいけなくなります。
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女の人はわかりませんが、男はいつまでも子供だと思います!個人的に簡単に言ってしまえば、実家をでれば子供ではないと思います、だといっても大人でもない!


結果、大人と子供の定義を考えたらきりがない!
と言うか皆違う考えなので自分の考えを持てばいいと思います!
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線引きできるものではないと思います。



この部分は大人だけど
あの部分は子供だよねって、
人は大人と子供が混ざっているんです。

しいて言うのなら
大人って”おとなしい”っていう意味なんです。

何か起こってもじたばたしない、騒がない、
それが大人です。

ですから歳の問題ではないと思います。
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う~ん、精神的に熟成された人かな。


そうやって考えると、私はまだまだ子供です。
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大人って何か? 一つに絞って言えば、自分の言動に責任が持てること(とくに他人に対して)、それが大人です。

これには自立できていることも当然含まれます。
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いろんな人の気持ちを思いやる、ということでしょう。


そして、人に限らず動物や植物にも思いやりをもつ、ということが大人だと思います。
そういう意味では、年齢は高くても大人になっていない人はけっこういると思います。
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Q大人とはなんでしょうか。

大人とはなんでしょうか。
少し前、成人年齢の引き下げが話題になったことがありましたが、果たしてそんな数字に意味などあるのでしょうか。そもそも大人とは何か、そういうことを考える機会なりました。
そこで、皆さんから大人とはなにか、主に子供との違いを論じる形で様々な意見をお聞きしたいです。答えがない問にこのような質問を投げかけるのは無意味かもしれませんが、宜しくお願いします。

自分は20手前の未成年ですが、そんな子どもが思う一意見としては、
『個々が個々の責任において自律的に考え、自ら行動する』事だと思います。
実はこれは受け売りなのですが、まさに、自分で考えて行動し、その行動の責任を自分に求め、他人に依存しないことが大人への一歩だと個人的にも思います。
(言うのは簡単で知った口を叩くのは容易だと思いますが、難しいとは思います・・)

Aベストアンサー

仕事をもっている既婚女性です。
素敵な質問ですね!
私も学生時代に 考えたのを思い出しました。
そのときの自分で出した答えは「社会的自立」と「経済的自立」そして「精神的自立(自律)」
でした。 

今 自分が考えると 当時と比べ少し変わった点があるので 書いて見ます。
参考になるといいですが。

(1)問題が起きたときの 「解決方法」を考えることができること。
…大人でも、一人では解決できないこと、責任を取りきれないことが たくさんありますよね。
そんなとき、仲間や上司を信頼して 
きちんと相談できることが 大切です。
つまり、一人で何でも解決しようと 頑張ることが 大人ではないのです。
人に相談することも含め、「どうすることが一番いい解決方法か」を考えることこそ
「大人の判断力」だと思います。

(2)自分と違う考えを 受け入れる「心の広さ」があること。

(3)欠点も含めた 自分自身をちゃんと受け入れ 「自分を大切にする」こと。

(4)「家族や恋人を守る」ために 自分にできること〈仕事や家事など)を頑張れること。

(5)世の中のためや、人のために、自分が少しでも「役立ちたい」と思えること。

(1)~(5)を満たしている人は、多分社会人としてちゃんとやれる人だと思います。(社会的自立)
当然、自分に必要なお金を 自分で得ることもできる人でしょう。(経済的自立)
また、自分が「人としてどう生きるべきか」も、理解している人だと言えます。(精神的自立)

ただ、大人だからと言って、全部がうまくできるわけではありません。
できないことは できないなりに、どうすればいいかを考えたり
必要なときに 誰かに ちゃんと相談したり、
そういう「柔軟な行動」がとれることこそ、「大人」なのかなあ…と、思います。

そう考えると、年齢的に 「大人」といわれる人間でも
できていないことが多いかもしれません。
自分自身 大人なのに ダメだなあ…と思うことが たくさんあります。
逆に 若い人でも 人間ができているなあ~と 思える人は たくさんいます。
少なくともbigben4649 さんのように
いろんなことを ちゃんと考えながら生きている人って
人として 素晴らしいなあと思います。

仕事をもっている既婚女性です。
素敵な質問ですね!
私も学生時代に 考えたのを思い出しました。
そのときの自分で出した答えは「社会的自立」と「経済的自立」そして「精神的自立(自律)」
でした。 

今 自分が考えると 当時と比べ少し変わった点があるので 書いて見ます。
参考になるといいですが。

(1)問題が起きたときの 「解決方法」を考えることができること。
…大人でも、一人では解決できないこと、責任を取りきれないことが たくさんありますよね。
そんなとき、仲間や上司を信頼して 
きち...続きを読む

Q精神的に大人とは

※子供以外の大人の精神について

よく(?)大人が大人に向って、または大人を指して「あの人は大人だ」とか「もっと大人になりなさい」とか「大人のふるまいだ」などという言葉がありますが、大人とはどういう状態を言うのでしょうか。誰が大人かどうか決めるのでしょうか。
今の私は、18歳の時よりは知識は増えましたが、感動する事は減ったと思います。精神的に高校生の時のまま止まっている様な気がします。
体は見れば大人だとわかります。だんだん老化もしていきます。

では、精神は?精神が大人になるとはどんなふうなのでしょうか?老化していくのでしょうか?それとも子供のままの人もいるのでしょうか?精神的に大人な人はどんな感じなのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
心の中を覗いてみることはできません。ですから、精神的に大人であるかどうかは、そのひとの行動や言動といった、身体の外に表れ出たものを評価することになります。
我々動物の行動や反応は、脳内の中枢神経系が自分に与えられた状況に対して「利益・不利益の価値判断」を行うことにより、その全てが選択されます。ですから、行動や言動、あるいは反応といった身体の外に表れ出るものは、そのひとの心の動きを映しているということになります。そして、それが大人であるかどうかは、多くの場合、その社会の道徳観や価値観などに従い、必然的に評価基準が設けられることになります。

我々の脳内には、行動選択のための価値判断を行う中枢が以下のように三種類があり、それぞれによって選択される行動の様式が異なります。

「本能行動:脳幹以下脊髄まで」(本能行動)
「情動行動:大脳辺縁系」(学習行動)
「計画行動(意識行動):大脳皮質」(学習行動)

本能行動の様式といいますのは全人類に共通であり、これは生涯に渡って変更されることはないのですが、大脳辺縁系の「情動行動」と大脳皮質の「計画行動(意識行動)」は学習行動でありますから、成長・体験に応じて次第に複雑になってゆきます。そして、我々の社会で「理性行動」と呼ばれているものは、学習行動の内、大脳皮質の「計画行動(意識行動)」に含まれます。従いまして、まず知性的であるということは本能行動に対する「学習行動の比率」が高いということです。そして、知的行動として選択される学習行動の内、更に情動行動に対する「計画行動(意識行動)の比率」が高ければ、それはより理性的であり、より大人ということになります。

我々が産まれたとき、大脳皮質は白紙状態であり、更に人間の場合、その正常な発達には15~20歳までの期間を要します。これに対しまして、情動反応を司る大脳辺縁系といいますのは、出生時でほぼ正常に機能できる状態にあります。
このため、子供というのは大人に比べ、学習行動における「情動行動の比率」がたいへん高くなります。「泣く」「甘える」「欲しがる」、小さな子供でしたら当たり前のことです。やがて大脳皮質の発達と生後学習の積み重ねによって「情動行動と計画行動のバランス」が執れ、知的作業や理性的な判断が行えるようになります。そして社会的な評価というのは、どちらかと言いますならば知的作業よりも「理性的な判断」の方に下されます。
従いまして、大人として評価されるためには、脳の発達が成人に達しているだけではなく、その社会における道徳観や価値観をきちんと学習獲得し、それに基づいた行動の選択ができなければなりません。
精神的に大人になるというのはこのようなことであります。

では、我々の社会で「理性行動」と呼ばれるものは、どうして大脳皮質の「計画行動(意識行動)」に分類されるのでしょうか。それは、大脳皮質には「善悪」の判断が付けられるからだと思われるかも知れませんが、実はそうではありません。
「情動行動」といいますのは、「大脳辺縁系」に発生する「情動反応」に従って選択される行動です。学習行動ではありますが、それは大脳辺縁系の価値判断によって行われるものであるため、大脳皮質に知覚されるまでは行動や反応の発生を自覚することさえできませんので、自分の意思でコントロールするというのはたいへん困難です。
これに対しまして、「計画行動(意識行動)」は「過去の学習記憶を基に未来の結果を予測する」という、極めて複雑な「大脳皮質」の情報処理によって実現するたいへん高度な学習行動であり、本能行動や情動行動では対処できない様々な問題を解決することができます。

「理性」とは「感情に影響をされない判断能力」と定義されます。
「バカ野郎!」と言われたら「何を、この野郎!」というのが情動行動です。ですが、それがたまたま目上の上司でありますならば、「自分の会社での善悪(利益・不利益)」の判断を誤ったということになります。
これに対しまして、「バカ野郎!」と言われたら、ここは取り敢えず謝っておいた方が得だな、というのが「計画行動」です。このようなことは「未来の結果」を予測することのできる大脳皮質でなければ不可能です。このため、「理性行動」という複雑な行動選択は、全てが大脳皮質によって行われます。
上司と自分はどちらが正しいか、我々が理性的な行動を選択するために、善悪の判断は全く関係ありません。強いては、理性的であると評価されたいのでありますならば、心にもないウソを吐けば良いわけです。ともすれば、これができて初めて「大人」ということになるのかも知れません。

「感動」といいますのは、大脳辺縁系の「情動反応」によるものです。
「大脳辺縁系」は、身体内外の環境から入力される知覚刺激に対し、生後体験に基づく「利益・不利益の価値判断」を下し、「快情動」と「不快情動」のどちらかを発生させます。「快情動」と判定され「報酬行動(接近行動)」を選択せしめる知覚入力を「報酬刺激」、これに対しまして、「不快情動」に伴う「回避行動」の因子を「嫌悪刺激」といいます。そして、「好奇心」の源であります「新奇刺激」は、快情動をもたらす「報酬刺激」に分類されます。
ですから、我々にとりまして「感動」という情動反応の要因となりますのは、
「刺激の強さ」
「刺激の新奇性」
「報酬体験としての学習」
主にこのようなことになります。
ですが、まず一度体験してしまいますならば「新奇性」が損なわれます。また、強い刺激も繰り返されるならば反応が弱くなりますし、如何に過去に強い感動を学習したとしましても、飽きてしまえばそれまでですよね。
まして、知識が深まるならば「未来の結果を予測する」という能力が高まるわけですから、「そんなの当たり前だ」「見る必要はない」、これでは、新たな感動に巡り会う機会は端から損なわれてしまいます。更に、知識や経験によってある程度の判断が容易に下せてしまいますと、それが今度は、「頭が固い」といった現象として表れることになります。
我々はこのようにして、しだいに若かりし頃の豊かな感受性を失ってゆきます。

かつてフロイトが「性的道徳観」と指摘したものは、現在では、生後体験によって大脳辺縁系内の「扁桃体」に獲得される「情動記憶」であると考えられています。我々は生まれ育った社会からSEXに関する道徳観を学習し、それを判断の基準として情動反応を発生させているわけです。
ですが、大脳辺縁系内に学習獲得される判断規準といいますのは、決して善悪や道徳観ばかりではありません。個人体験や社会慣習に従い、道徳的価値観や宗教的価値観から、食べ物の好き嫌い、異性のタイプまで、ありとあらゆる価値観が獲得され、我々はそれに基づいて行動の選択を行っています。これが「情動行動」であり、そして我々の日常生活は、決して大脳皮質の計画行動ではなく、ほとんどがこの情動行動によって賄われています。
大人であるということは理性行動を選択できることであり、理性とは感情に影響を受けない行動の選択です。このためには、様々な学習情報を駆使して未来の結果を予測するというたいへん高度な思考を行わなければなりません。
ですが、先に述べました通り「感動」とは大脳辺縁系の情動反応であります。そしてそれは、決して自分の意思ではコントロールすることはできませんが、我々の行動を「目的」というものに対して突き動かすという原動力であります。更にそこには、生後我々が長い年月を掛けて獲得した道徳観や個人の個性といった判断規準が無数に獲得されているだけではなく、何よりも、大脳辺縁系の情動反応が大脳皮質の計画行動とはっきり異なる点は、ここではウソを吐けないということです。ですから、作り笑いをすることは誰でもできますが、ウソで感動できるひとはいないわけですね。

我々が大人になるためには、大脳皮質にたいへん多くの知識を詰め込まなければなりません。ですが、それと同時に、ひとが悲しむならば自分も悲しみ、幸福であるならば心から喜ぶと、そんな豊かな人間であり、豊かな大人であるためには知識だけではなく、より多くの体験に触れ、大脳辺縁系に様々な反応規準をしっかりと獲得する必要があります。
感受性は確かに年齢と共に低下してゆきます。ですが、知識が高まれば好奇心を増やすこともできるわけですし、何よりも経験・体験というのは年月が物を言います。お年寄りの心が豊かなのはこのためですね。脳の成長は止まっても、人間としての成長は生涯続きます。

こんにちは。
心の中を覗いてみることはできません。ですから、精神的に大人であるかどうかは、そのひとの行動や言動といった、身体の外に表れ出たものを評価することになります。
我々動物の行動や反応は、脳内の中枢神経系が自分に与えられた状況に対して「利益・不利益の価値判断」を行うことにより、その全てが選択されます。ですから、行動や言動、あるいは反応といった身体の外に表れ出るものは、そのひとの心の動きを映しているということになります。そして、それが大人であるかどうかは、多くの場合、...続きを読む

Qあなたが思う大人とはどんな人ですか?

あなたが思う大人とはどんな人ですか?

Aベストアンサー

こんばんわ。

大人とは、やっぱり心が強い人間かなぁ!!要は強気かなぁ(-。-)y-゜゜゜

人間は3通りの心があります。
①勝気
②弱気
③強気

①の勝気とは、何に対しても負けるのはイヤな奴・・・
 「昨日、あいつ、俺の事○○って悪口を言ってたっけなぁ<`~´>じゃぁ今日は俺が○○って悪口を言って沈没させてやろう」と、こちらから仲直りはしない。

②の弱気とは、何に対しても逆らえない奴・・・
 「昨日、あの人、僕の事○○って悪口を言ってたっけなぁ(◞‸◟)でも、やっぱ逆らえないよ。悪口を認めちゃぇ」と人の後に後に付いていく。

③の強気とは、どんな時も、感情を表に出さずに、常に頭を使っている奴。
 「昨日、あいつは、自分の事○○って悪口言ってたっけなぁ(#^.^#)何でだろうなぁ。よし!!本人から話を聞こう。自分が悪かったら謝ろう」と解決を探す。

ストレスは・・・勝気・弱気の人に付きやすい。
        強気には、ストレス付きにくいんだよねぇ。

でも、実際は何歳になっても、その一人の人間に対して強気もあれば、勝気、弱気もあるんだよね。それが、生身の人間の心かなぁ(-。-)y-゜゜゜
だから、この世に絶対の大人はいないかもしれない。

つまり、その一人の人間に対して、強気の心が多い奴ほど、大人に近い奴かなぁ(^。^)y-.。o○

こんばんわ。

大人とは、やっぱり心が強い人間かなぁ!!要は強気かなぁ(-。-)y-゜゜゜

人間は3通りの心があります。
①勝気
②弱気
③強気

①の勝気とは、何に対しても負けるのはイヤな奴・・・
 「昨日、あいつ、俺の事○○って悪口を言ってたっけなぁ<`~´>じゃぁ今日は俺が○○って悪口を言って沈没させてやろう」と、こちらから仲直りはしない。

②の弱気とは、何に対しても逆らえない奴・・・
 「昨日、あの人、僕の事○○って悪口を言ってたっけなぁ(◞‸◟)でも、やっぱ逆らえないよ。悪口を認めちゃぇ」と人の後...続きを読む


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