■「特定の一人に相続させたい」は可能?
例えば、DV夫に遺産を渡したくない妻が、子どもに100%相続させる旨の遺言を残して亡くなったとしよう。はたして、その効力はどのくらいあるのだろうか。
「遺言で特定の一人に相続させることは可能です。ただし、その人以外の相続人(ただし被相続人の兄弟姉妹以外)には『遺留分』があり、『遺留分減殺請求権』の行使により一部取り消されてしまうことがあるので、留意する必要があります」(大塚さん)
「遺留分」とは通常、遺言がない場合に相続できる「法定相続分」を、遺言により侵害された相続人に対し、その取り戻しを認める制度のこと。「遺留分減殺請求権」とは、遺留分として法定相続分の2分の1を取り戻せる権利だそうだ。
「遺言がない場合は『法定相続』となり、例えば、相続人が配偶者+子ども2人の場合、その相続分は、配偶者2分の1、子ども4分の1ずつです。遺言が存在する場合は、その遺言により、相続人や相続分などを指定することができますが、他の相続人には、『遺留分』があります。そのため『遺留分減殺請求権』により、法定相続分の2分の1を取り戻せる権利があるのです。さきのケースのように、妻が1人の子どもに全財産を相続させる旨の遺言をした場合、夫には4分の1、もう1人の子どもには8分の1の遺留分があります」(大塚さん)
どうしても子どもに100%相続させたければ、「離婚すれば相続はなくなる」と大塚さん。離婚できない場合、「生前贈与」という方法もあるが、同じく遺留分があるそうだ。
■「絶対」ではない遺言
先のケースでは、遺留分減殺請求権により4分の1の遺留分を取り戻せる夫が、「法定相続分である2分の1を得る権利がある」と主張することはできるのか。
「遺言があっても、受遺者や相続人全員の同意があれば、それと異なる遺産分割をすることができます。それらの人たちの“同意”が遺言より優先されるのです」(大塚さん)
「受遺者」とは被相続人の遺言により遺産を取得した人のことで、「相続人」とは被相続人の遺産を引き継ぐことが定められている人のことだ。それらの人たちの同意があれば、遺言の内容を覆すことも可能である。ただ、認めることで自分たちの取り分が減るとなると、そう簡単に全員が同意するとは考えにくい気も……。
■遺言の種類や規定
ひとくちに遺言といっても、自筆の「自筆遺言書」と、公証人が関与し作成された「遺言公正証書」がある。それぞれの効力に違いはあるのだろうか。
「法律的に『自筆遺言書』と『遺言公正証書』の効力に違いはありません。しかし、一般的には、公証人が関与する遺言公正証書の方が信用性は高いとされています。自筆遺言書では偽造が疑われ、遺言公正証書に比べ揉め事が生じる場合が少なくありません」(大塚さん)
両者の効力に違いがないことは驚きだが偽造と見なされないか気を付けたいところだ。その他、あまり知られていないという「遺言の規定」についても大塚さんに聞いてみた。
「法律上の遺言には、遺言できる事項(遺言事項)について、『相続分や祭祀の主宰者(先祖のお墓を守り供養する人)など』と定められています。それ以外のことは、法律上遺言とはいえないため、父親が『兄弟仲良く、お母さんを大切に』と遺言しても、法律上の遺言とは認められません。また、自筆遺言書や遺言公正証書に限らず、新しいものが効力を有するため、それ以前のものは効力がなくなります」(大塚さん)
遺産を貰える旨の遺言公正証書を作ってもらい安心していると、後日、自筆遺言書でそれを取り消されたということが有り得るのだ。
法律上「遺言」と認められるものは、サスペンスドラマで扱われる遺言のイメージとは少し違うかもしれない。遺族として、または旅立つ者として、認識しておきたいところである。
●専門家プロフィール:大塚 嘉一
1956年埼玉県に生まれる。1979年早稲田大学法学部卒業。1988年弁護士登録(埼玉弁護士会)。菊地・高野法律事務所に入所。2000年埼玉弁護士会副会長に就任。2004年菊地総合法律事務所代表パートナーに就任。