■生活環境が違えば、同じものを見ても真逆のイメージを抱く?
「環境」は実際に、心身や人格に影響するのだろうか。
「まず環境とは、大きく分けて2つのとらえ方があります。ひとつは『生物が生存するために必要な自然の状態』、もうひとつは『人間が生活するための社会的な条件』です。環境は人間あるいは生物を取り囲み、相互に関係しあって影響を与え合っています。当然、私たち人の生活や仕事、心身の状態、人格形成などにも影響を及ぼしているといえるでしょう」(田宮さん)
具体的にどのような形で人間に影響するのか。
「『社会的な環境』に注目してみると、たとえばのどかな田舎の1軒屋で育った場合、住宅街は“賑やか”と感じるでしょう。ですが、喧騒とした都会の真ん中で育った場合、同じ住宅街を“静か”と感じることでしょう。この差は育った環境の影響で、つまり『対象を認識する際に使われる判断の枠組み』が、環境により組み立てられていくわけです」(田宮さん)
その枠組みはアメリカの社会心理学者シェリフにより「準拠枠(Frame of reference)」が提唱されているとか。判断基準といった意味があるようだ。育った環境によって、同じ条件でも真逆のイメージとしてとらえることがあるだけに、やはり影響は大きい。
■大人は環境を選んで影響を享受する?
特徴ある環境に住んだり勤務したりする場合、その分影響度は高くなるのだろうか。
「たとえば『自然豊かで開放的な環境』で暮らす場合、四季折々の移り変わりを楽しみ、自然とふれあい、心身ともに開放的になることが期待できるでしょう。『アカデミックな環境』で生活する人は、学問や芸術が身近にあります。インテリジェンスが高く、論理的な思考を持つ可能性が高くなると考えられます」(田宮さん)
さらに「『流行に敏感で刺激的な環境』で生活するのであれば、新しいものへの好奇心が旺盛になり、トレンドや流行りをいち早く察知する情報収集力も身につきやすくなると思います」と田宮さんは続ける。しかしこれらは、子どもには当てはまらないこともあるという。
「これらのケースは、“大人が自ら望んでその環境に身を置いた場合”です。子どもの場合、そうとは限りません。子どもの心身への影響は、環境より“主となる養育者(以下親)”の影響の方がはるかに大きいといえます」(田宮さん)
環境を自らの性質形成に意図的に利用する大人に対し、子どもの場合は「親がどのように関わるか」ということの影響が大きいようだ。
■「三つ子の魂百まで」は本当?
「社会的な環境が与える影響は、子どもと大人とでは違ってきます」と田宮さんはいう。
「日本には、子どもの頃の性格や資質は大人になっても変わらないという意味の『三つ子の魂百まで』ということわざがあります。これに関しての科学的根拠は明確にはされていないようですが、アメリカの医学者・人類学者であるスキャモンは『スキャモンの発育曲線』というものを提唱しています」
どのような理論なのだろうか。
「人間の脳は3歳で約80%、6歳で約90%、12歳でほぼ100%完成するという理論です。つまり幼い頃に受けた影響の方が、人生に大きく作用するといえるでしょう」(田宮さん)
基本的に家族と過ごす12歳までの間で、脳はほぼ完成するということだ。その時期にどのような環境で親がどのように関わるかということが、子どもの成長に最も大きな影響を与えるといえそうだ。
■子育て「その環境の中でどう関わるか」
子どもの時期は周囲からの影響を受けやすい。子育てにおける環境作りはどのような点に注意するとよいのだろうか。
「大人は身を置く環境を自ら選択できますが、子どもは大人によって与えられた環境で生きています。そのような点も含め、子どもが環境をどのように取り入れるかは、“親の関わり方による”といえますね」(田宮さん)
どのようなことなのだろう。
「乳幼児は親との“情緒的な相互作用”を通して形成される親子間の確固たる絆(愛着)があってこそ、人や社会に対する基本的な信頼感を構築していきます。それらは生きていくために必要な安心感や信頼感、いわば『心の根っこ』になるものです。子どもの心の発達や人間関係、社会性の発達に重要な役割を持ちます。それらを踏まえた上で、子どもの育つ環境を考えることが重要です」(田宮さん)
どのような環境で育てるとしても、「親とのふれあいが第一」ということだ。では、環境をどのように取り入れるとよいのだろうか。
「たとえば“のびのびした子どもに”と自然環境の中で育てるのなら、自然物を何かに見立て、想像力や発想力を膨らませたり、雄大な自然の中で一緒に遊ぶとよいですね。勉強や研究に興味を持つ子に育てたいなら、絵本の読み聞かせをしたり、親も何かを学んで充実している姿を見せることにより、学ぶことの喜びを感じていくでしょう」(田宮さん)
「環境」という外的要因だけでなく、その中でどのような接し方をするかが子どもの成長に影響する。環境を効果的に利用することが、子育てに役立つといえるだろう。
■環境を人生に生かせるか否かは自分次第
田宮さんは「環境を創るのも、取り入れるのも人なのです」と語る。
「子どもの成長を考える時、子どもの進みたい道や個性にあった環境を準備することは大切です。また、大人が何かに行き詰まった時や自分の中に成長が感じられない時など、環境を変えるのもひとつの手段です。環境が変わると、行動や習慣が変わり、そこから思考も変わっていくでしょう」(田宮さん)
「宿題を嫌がっていた子どもの親が資格取得を志し勉強をしはじめると、子どもも親の横で自ら進んで宿題に取り組むようになる」、「生き辛さを感じていた人が職場を変えたことにより、明るい生活をしている」といった例もあるそうだ。
「どのような環境に身を置きどう活かすか、どのような環境で子どもを育てるかは自分自身の考えによります。ですから環境は、人の生き方そのものともいえるでしょう。ぜひ環境を味方につけて、今後の人生をより豊かに充実させてください」(田宮さん)
子育てをしていく上で環境を上手く利用することは、子どもの成長を促す。また、大人の人生を好転させることもあるということがわかった。今いる環境が「絶対」と考えず、自分自身の考えを反映させた環境で生活できているのか、改めて考えてみるのもよいかもしれない。
●専門家プロフィール:田宮 由美
家庭教育協会「子育ち親育ち」代表。オールアバウト子育てガイド。幼稚園・小学校教諭、保育士資格保有。幼稚園、小学校での勤務、幼児教室の展開、小児病棟への慰問など多方面から多くの親子に関わる。現在は「心の根っこ(自己肯定感)を育む子育て」を提唱し、メディア執筆や講演、研修、テレビ、ラジオなどで活動中。近書の「比べない子育て」(1万年堂出版)は、翻訳され台湾でも出版されている。
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