アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

人格と性格と人柄の違いを教えてください
人格者だけど激昂しやすい人や躁鬱傾向、根に持ちやすいなど感情や気分的に高低があるなど私は違うと思っています。

A 回答 (4件)

人格は、「人がら」や「人品」とするのが一般的だと思いますが、「道徳的行為の主体としての個人」や「自律的意志を有し、自己決定的であるところの個人」というような意味でもあるようです。


性格は、「各個人に特有の、ある程度持続的な、感情や意志や認知の面での傾向や性質」ですが、これにも「ひとがら」の意味があるようです。
人柄は、「人の品格」や「じんぴん」であり、「人柄」という言葉をもって「人品のよいこと」や「よい人物」という意味とすることも出来るようです。

「人格者だけど激昂しやすい人や躁鬱傾向、根に持ちやすいなど感情や気分的に高低があるなど私は違うと思っています」というお話しですが、この「人格者」の部分に上の意味を当て嵌めると「自律的意志を有し、自己決定的であるところの個人だけど、激昂しやすい人や躁鬱傾向、根に持ちやすいなど感情や気分的に高低がある」になります。
こうなると、私は違和感を持ちません。
    • good
    • 0

▼『性格・人格・人柄』



「性格」は感情・行動の継続的傾向性、「人格」は行動に対する倫理的価値評価です。
「人柄」という言葉は曖昧で、「人格」の意味でも使われますが、「品格」を意味する場合もあります。

常に「激昂し易い」「根に持ち易い」のなら性格ですし、一時的な激昂・不満に過ぎないのなら、性格ではありません。
躁・鬱というのは状態を示す言葉、「性格」は外界に対する反応の傾向を示す言葉だと御考え下さい。
善を嫌い悪に親しむ性格は、最悪の人格です。


▼『人格者とは』

感情は、欲望から生じます。
欲望に支配された状態では、ただヒトと呼ばれる獣であるだけで、「人間」ではありません。
欲望を理性的にコントロールし、現実法則に適したかたちで活用するのが「人間」であり、活用の方向が継続的に利他に及ぶ人の事を「人格者」と讃えるのです。
現実法則は必ず利他の必要性に到達しますから、利他に生きていない人はすべて、獣だという事になります。

欲望に支配された状態→ヒトと呼ばれる獣
欲望を現実法則に則して活用する状態→人間
欲望を継続的に利他に生かす状態→人格者

「激昂し易い」「根に持ち易い」性格の人や「感情が不安定」な人には、理性的判断が期待出来ませんので、人格者だとは実感し難いかも知れません。
それでも、もしその人が自分の傾向性を継続的に利他に生かす事が出来たなら、それはやはり『人格者』と讃えるべきです。

逆に、一見利他だと思える事を行っていても、それが利己的目的の為の偽装である場合には、『偽善者』となります。
    • good
    • 25

気質というのは先天的なモノです。



性格というのは後天的なモノです。
人柄も含まれるかもしれません。

人格というのは、気質や性格、人柄など
その人の総てを含む概念です。



人格者だけど激昂しやすい人や躁鬱傾向、根に持ちやすいなど
感情や気分的に高低があるなど私は違うと思っています。
  ↑
人格というと、人格者、などのように、
プラスに感じられるので、
心理学者は、パーソナリティー、と
英語で説明するようにしています。
    • good
    • 1

人格は、教育等で付く、性格は持って生まれたもの、人柄は、家庭や周りからの環境で付くもの。

    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!