プロが教えるわが家の防犯対策術!

数学は論理的思考を養うのでしょうか?
文部科学省の学習指導要領などでは、数学教育について【論理的思考を養うもの】というような記述があります。

しかし数学の論理的思考というのは、公式や定義などに当てはめれば解が導きだせるという【演繹】による論理です。

ということは、数式を使わない場面(例えば時事問題に関する議論)では、どうやって解を見つけ出すのでしょうか?

そもそも意見が分かれるような場合には、絶対的な解など存在しないと思うのですが…。

A 回答 (11件中1~10件)

「数学的帰納法」って習ったでしょ?忘れちゃったかな



演繹だけでなく帰納も数学で学ぶんです。証明すべく立てた命題を「現時点での人類の知恵を総動員して検証しても証明できない(あるいは限界がある)」などと判断するのも数学です。
    • good
    • 0

少なくても高校までの科目で、数学以外で論理的思考(の基礎)を学習できるものはないんじゃないかな。



あと、社会科学で論理的思考が学べると思っているなら、大間違い。
社会科学は論理的思考ができることが前提。
論理的思考の基礎すらできていないから、感情主体になり、その場の雰囲気に流された的外れの結論となってしまう。
    • good
    • 0

「数学の論理的思考というのは、公式や定義などに当てはめれば解が導きだせるという【演繹】による論理です」と考えること自体が間違いでしょね。



どんな公式や定義を適用すれば解が導き出せるのか、そこのところを試行錯誤する頭を育てることが数学教育の基本ですよ。適用すべき公式や定義が分かったら、あとは機械的にそれで結果を導けばいいんですよ。
    • good
    • 1

数学は論理的思考を養うのでしょうか?


 ↑
大いに養います。



しかし数学の論理的思考というのは、公式や定義などに当てはめれば
解が導きだせるという【演繹】による論理です。
 ↑
その公式はどうやって導かれるのかを
定義から理論的に考えるのが数学です。
数学が不得意な人は、公式を覚えて、それを
当てはめようとするだけです。
だから応用問題が出来ないのです。



ということは、数式を使わない場面(例えば時事問題に関する議論)では、
どうやって解を見つけ出すのでしょうか?
 ↑
理論というのは因果の流れで説明すること
です。
だから数式でなくても理論は
あるのです。
西洋の哲学者が数学者でもある、なんてのは
多いのがそれです。
ワタシも数学が好きですが、時事問題の
理論闘争なども好きです。



そもそも意見が分かれるような場合には、
絶対的な解など存在しないと思うのですが…。
  ↑
認識学と当為学の違いです。
数学は答えがありますが、時事問題などは
色々な考え方があり錯綜します。
これは数学が認識の問題であるのに対し、
時事問題などは当為の問題だからです。
    • good
    • 1

>数学の論理的思考というのは、公式や定義などに当てはめれば解が導きだせるという【演繹】による論理です


これはたくさんの人に怒られるだろうな。どの公式や定義を用いてどのように演繹を進めるかを
どうやって選ぶかという観点が抜けてる。そこには無数の選択肢が有って、それを適切判断して選ぶには
長い経験に基づく直感がものをいう。問題の内容とその周辺知識の深い理解も不可欠。
数学に限らず「応用」「問題解決」を伴う社会活動には必要不可欠なもののエッセンスが数学にはあると思う。

数学で問題を解くというのは100%正しいことを組み合わせるが、社会問題では正しさが曖昧なもの
組みあわせてゆくしかないので、誰にも何がベストの解決策なのかはわからない。
だから数学の問題解決のやりかたがそのまま使えるわけではないのは当然だが、理解と経験による
判断が有効なのは明らかだと思う。
    • good
    • 0

数学は、それ自体が論理的なので、論理的思考で扱い易い対象である。


数学すら論理的に扱えないような頭では、現実の複雑で非論理的な問題を
論理的に捌くことなどできようもないから、最低限数学くらいは論理的に
扱えるように、まずは数学で練習しろ!ってことじゃないかな。
    • good
    • 0

ごめんよ。


>しかし数学の論理的思考というのは、公式や定義などに当てはめれば解が導きだせるという【演繹】による論理です。
この《前提》が間違っているんだ。

丸暗記なんてしなくても、理論を理解していれば ”公式” や ”定義” を導き出せるんだ。
導き出すための教育をしているにもかかわらず「丸暗記」をしているという話し。

本当に数学が得意な人は ”公式” や ”定義” の丸暗記はしません。
とりあえず理論的に理解して ”公式” や ”定義” の意味合いを覚えます。
でもって、忘れてもその場で導き出す。

・・・
要は、質問者さんをはじめとする多くの人が「丸暗記」だけが「勉強」と思い込んでいるだけって事。
それゆえにこの疑問が湧いて出たということです。
【理解】することが「勉強」なんだよね。
    • good
    • 0

例えば、なぜ日本はアメリカの真珠湾を攻撃したのか?論理的に考えたら有り得ない事です。

論理的に考えたらアメリカと戦争して勝てるはずがないからです。従って当時の日本の指導者は論理的に考えなかった、あるいは論理的に考える能力が無かったと思うしか有りません。従って論理的に考える事を身に着ける必要が有るのです。

福島第一原発事故にしても、大津波の対策を全くしないなどと言う事は論理的に考えたら有り得ません。東電の幹部や自民党政府には、真珠湾攻撃した軍部と同じく、論理的に考える能力が欠けていたのです。

上越新幹線が水没して150億円の損失が出たのも論理的に考えなかったからです。沖縄の首里城が燃えて150億円の損失がでたのも論理的に考えなかったからです。

このように、日本人には今も昔も論理的に考える能力が欠けているので、論理的に考える能力を鍛える必要が有るのです。
「数学は論理的思考を養うのでしょうか? 文」の回答画像4
    • good
    • 0

>ということは、数式を使わない場面(例えば時事問題に関する議論)では、どうやって解を見つけ出すのでしょうか? そもそも意見が分かれるような場合には、絶対的な解など存在しないと思うのですが…。


〇その通りだと思います。
論理的思考といっても広い意味がありますね。簡単な解釈では、分析する・統合するという概念が浮かびます。先ず、どのように分析していくかですね、そしてどのように統合していくかだと思います。時事問題等の分析にはそれぞれの人間が持つ思考が入りますね。分析が異なれば統合もおのずから異なってきますね。
ですから絶対的な解は存在しないと私も思います。したかつて、このような問題は意見が分かれるのは当たり前のことと思います。そして、堂々と論議が交わされることか必要と思います。そして、どこかで我慢しあうというものなのでしようね。でも、平行線状態のこともあるでしようね。歴史を見ると人間のが生存してきているのは、限りない権力闘争の上に成り立っているように思います。
以上。
    • good
    • 0

>しかし数学の論理的思考というのは、公式や定義などに当てはめれば解が導きだせるという【演繹】による論理です。


ここが間違いの元でしょう。
さんすう或いは初学レベルならそのような考えも通用するかもしれませんがそれでは新しい公式の発見などはあり得ないと言うことになりますね。
実際には「解なし」や複数解もありますね。

>ということは、数式を使わない場面(例えば時事問題に関する議論)では、どうやって解を見つけ出すのでしょうか?
解がある事を前提にしているのは論理的思考を理解できていないのでしょう。

>そもそも意見が分かれるような場合には、絶対的な解など存在しないと思うのですが…。
絶対的な解が存在する必要はありませんね。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!