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現在大学3回生です。

 私は、昨年度の後期にゼミに参加しました。

 最初は先輩方の様子を観察していました。ゼミが中盤に差し掛かった頃、教授に個人で発表をするよう言い渡されました。発表に向けて準備をしていたのですが、どうまとめて良いのか分からず、設定された期限に間に合いませんでした。

 そのことについて教授に謝罪し相談すると、期限を延ばしてくださった上、型に関するアドバイスをくださいました。それに基づいて進めましたが、結局まとまりませんでした。申し訳無さで顔向けをすることもできず、そのままゼミに参加することなく、後期が終了しました。

 ここまで常識のなく無礼なことをしてしまった以上今後ゼミに参加するべきでないとは思うのですが、ゼミで学びたい気持ちはまだ残っています。しかし、今後同じことを繰り返さない自信もなく、恐らく教授も入ってほしくないと考えているだろうと思います。

 この場合、ゼミに参加することを諦めるか、教授に謝罪をし、相談をするべきでしょうか。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。ご意見いただけると幸いです。よろしくお願いいたします

A 回答 (5件)

他の人とはちょっと意見が違うかもしれませんが、あなたのしたことは「失敗」ではなく「無礼」だと思うんですよね。



失敗をしたから謝る。失敗をしてもくよくよせず前に進むというようなことではなく、あなたは人に対して無礼なことをしたから、どうすべきか?ということなんだと思います。

そう考えたら、あなたのすべきことはシンプルにわかりませんか。

心からの謝罪をする。
そして許しを請う。

これが大人が「筋を通す」と言っていることです。
これをしたうえで、相手が貴方を許すかどうかは、やってからのことです。
許されたらあなたはそのゼミに参加できるでしょうし、許されなかったら参加できない。そういう結果が待っているだけです。

謝れば許されるというものではありません。でも謝らなければ許されるものでもありません。

あなたが今後社会で生きていくうえで、このことはしっかり理解しなくてはいけないことです。
社会はそんなに甘いものではありません。
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心配無用です。

みんな最初はうぶで、だから向上心を持って上級の学校で学びを深めたいんです。基本に立ち返り、ゼミに参加する目的意義などから再考してみましょう。20年前の私のゼミ時代を振り返りつつ、あなたの立場に寄り添う気持ちで思いつくまま書きます。

①教授から直接指導を受け専門分野の深い知識を授かるのは、学部講義でも行われている当然のことです。

②これを踏まえ、文献調査や論文の書き方などの技術習得の場でもあります。

③さらにゼミでは、発表やディスカッションなどを通じ、自己表現力を深められます。

④同じテーマに興味を持つ仲間との交流を通じて、人脈を構築できます。

⑤ゼミ活動は、就職活動期に自分の専門分野やスキルを身につけていることをアピールすることができる絶好の場でもあります。

ゼミで後出しじゃんけんしかできない人でも就活中に、実利を追及する企業に対し「御社を志望した理由は〇〇です」「入社出来たら〇〇して実績を上げたいです」の2点だけ簡潔明瞭に答えられれば、期待の新人として即採用です。ゼミなどで口がいくら達者でもこの2点をあいまいにしてしまう人が多く不採用になってます。うぶなあなたを後押ししてくれる教授は立派な方です。期待に奮起し、スキル習得と人脈の構築に励みましょう。

あっ。以上があなたのニーズに合っていればgood乃至ベストアンサー下さい(笑)
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大丈夫だよ。


人間は失敗する生き物。
そして失敗を糧として成長する生き物。

質問者は失敗をした。
それを反省している。
また同じ失敗をするかもしれない。
でもそれもまた成長の糧となる。
質問者は学生なのだから、今はたくさん失敗していいんだよ。

この質問文の中でやめた方が良い事がたった1つだけある。
それは”するべき”という考え方。
この短い文章の中に2つも入っている。
「今後ゼミに参加するべきでない」とか「教授に謝罪をし、相談をするべき」という部分。
参加については「するかどうか」か「できるかどうか」の話であり、”するべきではない”と言う事柄ではない。
謝罪や相談については、それをするのはいいけれど、これも”するべき”という考え方はしない方がいい事柄。

そいう考え方は「あるべき論」などと言われるもので、あまり良い考え方ではない。
自分はやりたくないけど義務的にやらなければならないみたいだからね。
本件の場合にあっては、質問者が自分の失敗で引き起こした状況なのに、ある意味では「自分はこれだけ反省しています」という免罪符として使っているようにもみえてしまう。
何よりも自分自身に強迫観念的なプレッシャーとストレスを背負うことになる。
良い事は1つもないよ。

ゼミへの参加については”するべきではない”と質問者が決めることではなくて、できるかどうかは相手側(教授等)が決めること。
質問者が決めることではない。
教授への謝罪は、”するべき”かどうかではなくて、質問者自身が本当に申し訳なく思い謝罪したいと考えているかどうか。
相談するかどうかも同じで、”するべき”かどうかではなくて、質問者自身が相談したいと考えているかどうか。
教授が相談に応じてくれるかどうかは相手は決めること。


今回の失敗を成長の糧にできるかどうかは質問者次第。
ここで成長”するべき”とは考えないでね。
成長したいと感じること、成長できると考えること、そして成長に向かって行動すること。
失敗を恐れずに。

ぐっどらっくb
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ゼミは教育の場ではなく、研究の場です。



教員が一方的に話して終わりではありません。
教員と学生がテーマについて検討し論じ合います。
特に正解は求められてはいません。

「発表」では、知識やデータを利用して自分の見解を述べれば良いだけです。

当然、様々な指摘を受けることになりますが、それが目的です。
様々な指摘を受けることで、より多角的により深くそのテーマを考えることになるからです。

これが更に進めば卒業論文に至るのです。

「発表」はテストではありません。
完成度を求められているわけでもありません。

そのゼミで検討する「材料」を与えるだけなのです。
極論すれば、中途半端でもお粗末でも良いのです。

それを、あなた以外の人がどのように判断してくるかです。
その過程が、あなたにとって重要なのです。

あなたの場合は、期限までにそれなりの結果があるものとして提示しなければならないと考えてしまったのでしょう。

発想を切り替えれば、できる範囲のことだけを発表できるはずです。

またチャレンジだと思いますけどね。
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>今後同じことを繰り返さない自信もなく



これはダメですよね。実際にまた失態を繰り返すかどうかは別として、せめて今の気持ちとして「二度と同じことは繰り返さない」という決意は必要でしょう。
先生が欲しいのは、謝罪よりも(謝罪も必要ですが)、今後の改善だと思いますよ。以前、期限を延ばした上に発表方法のアドバイスもしてくれたんでしょう? ということは、あなたに何とかして発表までこぎ着けて欲しかったんだと思います。
でも、あなたは「自分が思ったようにまとめることができなかった」という理由で、敵前逃亡したんです。要するに、「まとまらなかった」ということをゼミで叱られたくない、不出来な自分を皆の前でさらけ出したくないという、自分のちっぽけなプライドのほうを大事にしたんです。
学生なんだから、完璧に出来る方が少数派です。ゼミで発表することで、なぜまとまらなかったのか、考え方がいけないのか、まとめ方がいけないのか、そういうことを指摘してもらうのです。それが嫌で逃げるなら、ゼミをやる意味がありません。「ゼミで学びたい気持ちがある」というのも、どこまで本気だか。自分が受身でいられる学びだけしたい、自分のプライドが傷つかない範囲だけで学びたい。そんなの、無理ですよ。
いまのうちにそういうプライドを捨てて、自分の足りたいところを受け止める勇気を持たないと、社会に出ても速攻で「仕事辞めたい、会社行きたくない」ってなっちゃいますよ。社会人のほうがもっとシビアですから。
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