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清少納言は「おかしの文学」とよく言われますよね。
最近、清少納言の枕草子についての文献を読んだ際、清少納言は、独特の美意識があるという記述がありました。
清少納言独特の美意識とはどのようなものなのでしょうか??
知っていらっしゃる方、おられましたら回答よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

風流人を気取っているわけですから、当然人とおなじことを言っててもだめなわけです。


当時あまりいわれていなかったようなものを持ってきて「をかし」ということこそ、作家冥利に尽きるというか。
初段の春夏秋冬にかんしても桜や紅葉が出てこないことについて議論されたことがあります。

あと、最近は源氏を「あはれ」とはいわないそうですよ。
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こんにちは 一応高校で国語の教師をしている者です。

まず正確には「おかし」ではなく「をかし」です。「をかし」の文学が枕草子であれば、「あはれの文学」は源氏物語というふうに言われています。「をかし」も「あはれ」も大雑把に言えば趣深いという意味ですが、「をかし」は明るく前向き、「あはれ」は暗く後ろ向きという違いがあります。清少納言の文体はカラッとしていて後腐れがなく爽やかな感じです。そういう部分を前面に出し、物事を観察した清少納言の感覚がその時代としては、「独特の美意識」と評されたのではないでしょうか。PS あくまで私見です。
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おはようございます。



私見なので、専門的回答ではないのですが・・・
あの書に書かれた「おかし」の表現の殆どは、「当時の平安貴族の美意識」ではなく、「清少納言の美意識」なのではないかと思いますよ。

確かに風雅を尊んだ平安貴族ですが、その中にあっても洗練された感性や鋭い観察眼、豊かな知性などによって、「春は曙」のような美しさの表現が出来たのではないでしょうか。確かにその風景を見て美しいと思う。誰でもそれは感じる。でも、それを表現するのはかなり困難な技であると思います。今、現在「春は明け方頃が一番美しいわよね。」と言えるのは、清少納言の感性をなぞっているに過ぎないと思いますし、それを研ぎ澄まされた感性で優美な表現へと昇華できるのは、彼女自身の「独特の美意識」に他ならないのではないかと思いますね。

専門的な回答でなくて申し訳ないのですが・・・
ご考察の一部に加えていただければ幸いです。
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