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ボランティアやNGOなど聞くとちょっと左翼的なにおいが漂ってくるような気がします。
こういう考え方は古いのでしょうか。

そういう僕自身、ボランティアは幾度か経験しています。
自然にそういう活動をすることができます。
しかし、もう少し本腰を入れてやろうかな。と思ったときに、ふと題目のような考えが頭をかすめました。

ボランティアって政治的なのでしょうか…。
教えてください。よろしくお願いします。

A 回答 (6件)

日本の国の場合、大抵、左翼的でなければ弾圧をうける、売国奴的でなければ弾圧をうける、と大まかに捉えておけば問題ないと思います。


 ボランティアと言ってもいろいろありますが、障害者系は大抵民青共産党の活動拠点「巣」です。
海外での活動は、国際社会の負け、にならないように厳しくみている面もありますから単なる純粋親切のいわゆる「わかってない人たち」には厳しいというか、わかっている人々でやってる、ので任せておくといいです。

左翼的ニオイを感じとったあなたは正解です。どうあれボランティアなんて「わかっている人たち」の世界なんです。常に、甘い、厳しい、などという世界です。
そして、左翼の活動拠点なんです。

老婆心ですが、まず自分のことをしっかりやる、自立して生きる、それは学生でもおおむねルールを守り社会に迷惑をかけずに生きていること、それが自立です。自分のことは自分でする、これも次のステップです。経済的自立、これも最終的に重要なことで、これら近親者や国家からみて自立して生きているということが重要でそれだけでよいのです。若い時いろんな経験を積んで立派な社会人大人になってください。
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私が「ボランティア」という言葉を見つけたのは1970年代です。


大臣の答弁などを見ていると.単なる無賃労働者としか考えていないようです。
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「政治的」ってどういう意味ですか?


「特定の政党を支持すること」や「特定のイデオロギーを広める活動をすること」を
政治と呼ぶならば、大抵のボランティアの方は政治的ではないと思います。しかし、
「社会をより良くするために活動すること」を政治と呼ぶならば、大抵のボランティア
の方は政治的と言えるのではないでしょうか。政治を直ちにダーティなものと決めつける
のは偏見だと思います。

ただ、ある種のイデオロギー的傾向はありうるのかもしれないという気はします。
一般的に、社会を良くするための方法について、「自助努力」を重んずる立場と「相互扶助」
を重視する立場があります。この座標軸は、左翼-右翼という座標軸と必ずしも一致する
ものではありませんが、ある程度の親和性を持っているのも確かだと思います。相互扶助を
重視する立場はどちらかと言えば左翼的でしょうし、ボランティアをしようとする人も
相互扶助を重んずる場合が多いでしょう。もちろん、ボランティアをする人は社会主義者だ
などと乱暴なことを言うつもりは毛頭ありませんが。

どちらかというと、現代は自助努力が声高に唱えられている時代だと思います。が、本来は
どちらかが一方的に正しいというものではなく、両者のバランスが求められなければならない
ものだと思います。臆することなく「政治的」に活動して頂きたいと思います。
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[ボランティア]という言葉自体は志願兵、有志者のような意味ですから、自発的にある事業に参加するしようとする人なだけです。



ただ最近使われている狭義のボランティアは社会意識を持った方が多く、特に社会事業活動に無報酬で参加する人の発言は

現体制に批判的なことも多いという点では、ある種古典的言葉かもしれませんが左翼的に見えたのかも知れません。

日本政府の[ODA]が不幸にして一部商社と相手国政府高官との間にある「限りなく黒に近い噂」があって、そのダークな部分を

[NGO]と比較して発言をすれば反体制的にならざるをえないので、その辺は「左翼的」というのと少しニュアンスは違うでしょう。


問題は[ODA]が無償援助でいかにも[ボランティア]的に見えるのかも知れませんが、実際は国内の土建屋がしている水増し

見積の手法を商社がしているだけで、マスコミはもっとその実態を糾弾すべきなのです。

井戸を掘った後メンテナンスが出来ないポンプや無駄な高額機材を投げ捨てるように置いて来て[援助]等とはオコガマシイ話で

実際に使っているのは[NGO]の持っていった戦前我々が使っていたような手動のポンプだったり、その井戸を掘る技術も

千葉県の[上総掘り]という技法が、現地の生活レベルに役立っていたり・・・余り現地調査が出来てない[ODA]が多すぎます。

http://www.chiba-muse.or.jp/KAZUSA/frame.htm ・・・上総掘り(参考)。

~と、まぁこのような意見をいう場合、政治的といえば政治批判ですから政治的な訳ですが、私は現状のODAに対しては

マスコミも国民ももう少し批判して、ODAが現地で本当に役に立つプロジェクトなのかどうか・・・見極めをを改善する

ような世論が出来る方がよいと考えています。
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 あなたは実際に体験されたようですね。

恐らくあなたが関わった団体が左翼系だったのかもしれませんね。そういわれてみれば、そんな気もしますが、私が東南アジアに行ったときにお世話になった団体は仏教系の団体でした。
 政治がらみのボランティアもあるでしょうが、全部がそうではないでしょう。
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この回答へのお礼

あぁ、僕のかかわった団体は多分そんなことはなかったと思います。

ただし、やっぱり「後援」とかで、宗教団体の名前を見ることが多いですんね。特にキリスト教の名前をよく見ます。

ちなみに僕は、日本人にもっとも一般的な無宗教です。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2002/10/02 16:00

<ボランティア活動>


社会福祉,教育,保健などの事業に対し,自発的・自主的に行われる無償の奉仕活動。20世紀に入り社会福祉の政策化・制度化が進められたが,一方でボランティア活動の要請も少なからずあり,特に高齢社会(高齢化社会)を迎える日本では重視される。各地に教育・斡旋(あっせん)を行うボランティア・センターが設けられ,ボランティア休暇を設ける企業も増加した。1995年の兵庫県南部地震の際の経験は,日本人のボランティア活動への意識を高めた。

以上がボランティアの意味です。

質問の件ですが
一眼に政治的とは言い難いですが、本来は政治の世界・政府が行わなければならないことをボランティアが変わって行うとするならば政治的と言わざるおえないでしょう。

しかし、世間の考え方はあなたが考えているよにはおもってないと思います。左翼的という考え方が古いだけで、今更誰それは左翼的とかいう人もいないでしょう。是非、あなたのの行動で世の中を少しでも良い世界に変えていきってください。期待しています。
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この回答へのお礼

すいません。ちょっと頭をかすめただけの考えを質問してしまいました。

僕は基本的には抵抗感なくボランティアを受け止めています。
この前も稲刈りボランティアというものに参加してきました。ボランティアをする、というよりもこちらがボランティアをされたような気分。いろいろ新しいことを経験できて面白いし、普段と違った環境で精神がリフレッシュするし、おまけに感謝されるなんて。こんないいものはありません。
これをやることにより社会的な信頼度が少々上がったりする副作用がついてきたらもう、やめられません。

お礼日時:2002/10/02 15:58

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