No.5ベストアンサー
- 回答日時:
>神様や仏様っていわば死んだ人のこと
質問者氏の以前の質問も民俗学マターのものがありましたので、推測ですがこの質問もその分野の視点に立ったうえのものではないかと思えます。そうだとすれば、この見方はあながち間違いではありません。
混乱しがちですので簡単に整理します。
柳田國男が『先祖の話』の中で多方面から分析していることですが、古来日本人は死人を「ホトケ」と称して供養を行ってきました。この「ホトケ」はもちろん仏教の「仏」と同じものではありません。
仏教でいう本来の「仏」は、欲望をコントロールする聖人であり人間の到達し得る理想であったのは事実ですが、大乗仏教以降、法身仏などが生み出されたことで「仏」は残念ながら人間の手の届かない存在になってしまいました。
日本人が「ホトケ」と呼ぶものはこの「仏」のどちらの意味にもあてはまらない存在です。敢えて言えば「供養を必要とする存在一般」の総称であると言えるでしょう。
(宗教学や民俗学ではこのような混乱を避けるため、死者たる「ホトケ」と仏教の教学上の「仏」をそれぞれ区別して記載するのが普通です)
「ホトケ」を供養する必要があるのは、罪穢にまみれた存在であると受けとめられたからです。もろもろの罪汚れのために「ホトケ」は荒れすさび、社会に不幸や災厄をもたらすと考えられたため、それを供養によって浄化することは現実的に重要な課題だったのです。
古来の日本人の信仰では、供養による「ホトケ」の浄化は年月を必要とすることでした。柳田國男は三十三年間ないし五十年間の供養を行って初めて「問い切り(弔い切り)」などと呼ばれる供養の終了を迎えられることを指摘しています。またこの問い切り以降、死者が祖霊や氏神として祭られるようになることも柳田の指摘するところです。
つまり、供養の続いている間は死者は「ホトケ」として認識されますが、一定の期間の供養の満了をもって「ホトケ」は「カミ」として扱われる、というのが柳田の分析でした。死霊は浄化によって神霊化し得る、というわけです。
そもそも、霊魂の根本にある本性は穏やかで自然の運行に合致したものであって、それは「ホトケ」も「カミ」も共通しているはずだと考えられたのです。ただ、違いは「カミ」は完全に浄化され罪穢を離れているためにその本性を十分にあらわすことができる、ということにあるのです。
もちろん、ここでいう「カミ」も「神」とは少し違います。「カミ」は創造主でもなければ記紀神話に出てくるような人格神でもありません。人間社会に穏やかな恩寵をもたらす存在とでもいうべき茫洋とした括りで認識されていたのが「カミ」なのであって、むしろ生々しい個性が時間をかけて剥落することによって「ホトケ」は「カミ」たる資格を得たのです。
従って民俗学的に見れば「カミ」も「ホトケ」も同じ地平のうえの存在であるわけで、両者とも死んだ人、という見方は限定的にではありますが、間違っているわけではありません。こういう古来の民間信仰の下地があればこそ、神仏混交が民衆レベルで進行し得たのです。
繰り返しますが、あくまで「神」や「仏」と混濁させないことが重要です。
さて仙人ですが、正確には多少イメージの変遷を経ています。後漢のころまでは「僊人」と表記されており、これは文字通り「僊」つまり(魂が)抜け出た存在ということで、人間とは隔絶した存在でした。むしろ死んだ人に近いニュアンスだったでしょう。
しかし徐々に神仙思想が固まるなかで、不老不死を獲得した超越的な人間という位置付けに固まってきたのです。現在を問題にするのなら、仙人は人間でしょう。
※回答者には質問者のレベル(失礼)を知る術が限られています。より意味のある回答をするために、不明な点があれば補足でより具体的にポイントを絞った質問をするか、さもなければ質問を一旦締め切ったうえで新たな質問を立てて頂くことを希望します。以前回答した質問についても同様です。
この回答へのお礼
お礼日時:2002/12/17 19:40
ご指摘、どうもありがとうございます。
また、今回の質問にも詳しく教えて頂きまして、本当にありがとうございます。
説明不足ですみませんでした。
No.3
- 回答日時:
先の方も述べていますが、
仙人は不老不死。
神様には、種類があります。
仏、如来とは
(阿弥陀、釈迦、大日、薬師)
仏教の悟りを得たものという意味です。
有名なところでは仏教を開いた「釈迦」は仏になります。
菩薩とは
(弥勒、聖観音、十一面観音、千手観音、如意輪観音、馬頭観音、准胝観音、文殊、普賢、勢至、虚空蔵、地蔵)
仏、如来に成ることが予想された尊格をはじめ、
悟りを求めて修行に励む人すべてを総称して「菩薩」と呼びます。
有名なところでは、観音様や地蔵様は菩薩にあたります。
明王とは
(不動、降三世、軍茶利、大威徳、金剛夜叉、烏枢沙摩、愛染、孔雀)
「あまねく一切の衆生を教化して救済せよ」という如来の命令を受け、
特に救いがたい衆生に対して異形の恐ろしい姿を持って相手を威嚇、
屈服させ魔障を調伏し、力づくで仏の教えへ導くことが使命とせれています。
天部<てんぶ>とは
(帝釈天、毘沙門天・多聞天、吉祥天、弁財天、大黒天、歓喜天・聖天、茶枳尼天、閻魔天)
仏・菩薩・明王が、いずれも衆生を悟りの世界に導くことを使命とするのに対し、
天部は仏法を信仰する人々を外敵から守る「護法神」的な部分と、
現世利益的な「福徳紳」としての性格を持つものが多い。
その他の仏様としては垂迹神(そいじゃくしん)や星宿神などがあげられる。この仏様は神道の神様と仏様を組み合わせたり、日本で独自に作られたもの、
星などの天体や自然を仏様に見立てたものなどが
多く存在する。
(金剛蔵王権現、三宝荒神、妙見菩薩)
他にも沢山の神様が存在しますが、簡単に挙げさせて頂きました。
No.2
- 回答日時:
仙人は、死んだ人間ではありません。
死を超越して不老不死になった人ですから、凡人の観点から見ると、生きている人です。
つまり、まだ一度も死んでいません。
仏は、本来は生きていても成仏できる建前ですが、実際には生きている限り成仏などできる物ではありません。
宗派にもよりますが、死ねば無条件で仏になるとか、供養により仏になるというように言われています。
神は、人ではありません。
したがって、元が人である必然性もありません。
ただし、人が死んだ後に神として祭り崇め奉る事はあります。
No.1
- 回答日時:
一般的な言葉の解釈から言えば、
仏は死んだ人です。しかし神という概念は、そもそも人間でない超自然的な人格を指すことが多いです。人間が死に、その霊が神格化されることもありますが、その場合も単純に死んで霊体になったということではなく、別次元の存在になったことを意味します。神というのは人間とは全く別のレベルの存在ですから、生きたり死んだりする神も中にはいますが、それも人間とは別のレベルの話です。
仙人というのは、道家思想から出た空想の人物です。よく"不老不死"と言われるくらいですから、死んではいません。
辞書を調べてみましょう。
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