個人的に綺麗な文体であると思う文語を何故、二葉亭四迷は口語と統一させてしまったのでしょうか?

A 回答 (4件)

二葉亭は口語文を確立しようという目的で活動を始めたわけではないと思います。

ましてや文語文を否定しようというわけではありません。自分の訴えたいことをどう表現すればいいのかと悩んだ末に口語文に到達したのだと思います。たぶんそれに挫折したのだと思いますが。
文語と口語を「統一」することなど誰にも出来ないことではないかと思います。
文語文は主に和歌の世界で生き続けていると思います。ただし細々とという状況であるのは確かでしょう。
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この質問で刺激されたので、勝手なことを書かせてもらいます。

確かに言文一致は良いものだと学校で教わった記憶がありますが、どうもそうではないようです。そのことを判るようにこれから書いてみます。

言文一致は明治から始まったと習いましたが、そうではないことを、最近岩波文庫で読んだ、戦国末期から江戸時代初期に書かれた『雑兵物語』と『おあむ物語』から知りました。その本はハッキリした口語体の文章で、大変読み易く理路整然と書かれてあります。ですから、明治の文豪家が言文一致の口語体を確立するために何故苦労したのかが判りません。たぶん大学の先生や所謂文豪たちが苦しんだだけなのでしょう。一般民衆の間では言文一致など大して難しいことではなかったと言うことは、この本で自明ですね。落語もそうでしたが歌舞伎の台詞だって口語で書かれていたはずですね。ただし、落語も歌舞伎も口語ではあっても、口語体と言う文章体ではありませんので、この口語体で書かれいある『雑兵物語』と『おあむ物語』は、日本の文章体の歴史を考える場合に、貴重な資料になると思います。

さて、そのことから明治以前の日本人は、文章を書く場合に文語体という文章体の次元と、口語体と言う文章体の次元、すなわち、2次元の世界を持っていたわけです。それは、言文一致で口語体一本の1次元に縮退させてしまったのと比べて、途轍もなく大きな自由度を持っていたことになります。たとえ文語体と口語体を混ぜて使わなかったとしても、頭の中ではその両方を同時に考えることも出来るわけですから、1次元の世界では見ることが出来ない、大変肥沃な2次元の世界を見たり感じたり出来ていたわけです。

似たようなことは、日本人は仮名と漢字を両方とも使い分けることができることからも判ります。日本人なら誰でも想像がつくように、漢字を全て廃止してしまって仮名だけで文章を書くようになったら、今まで感じることができた漢字と仮名の微妙で美しいバランスを感じることができなくなってしまいます。このバランスの中にも素晴らしい芸術の種があるのですから、それを理解出来ないとは、美意識に対する一つの自由度をなくしてしまったことになります。それは芸術の退化ですね。別な言い方をすると、日本人はアルファベットだけで物を書いている文化の人達よりもう一つ多くの次元を持っているわけです。この次元は日本人の個性として外国人には気が付かなかった世界がありえること示してくれるので、人類の多様性の中で貴重な役割を演じていると思います。

残念なことに明治の江戸文化否定で西洋人かぶれの西洋崇拝者たちは、目先の便利さに惑わされて、この日本人の持っていた貴重な2次元の世界を口語体一本の1次元に縮退させてしまいました。昔のように文語体と口語体を両方使える状態でも、今のレベルの科学も文学も十分語れます。それに対して言文一致運動なるもので、日本人はどれだけ多くの自由度を失ってしまったのか、文語体を操れない我々には何を失ってしまったのかすら想像出来なくなってしまいましたね。私は質問者さんの不満に接して、言文一致運動の実態は私が学校で教わったのとは反対だったのだと、目から鱗が落ちたような経験をしました。人間は誰でも間違いはするものだから、それを受け入れられるようにならなければいけないとは思うのですが、私はそこまで強い人間ではないようで明治人のやった間違いは重ね々々残念であると憤慨しております。このような質問をして下さって有り難うございます。
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二葉亭四迷の場合、当時の平均的な文士(小説家)が古典文学の教養や影響によって小説家になったのと違い、たまたま愛国(国防)精神からロシア語を学ぼうとした際、たまたま教材として用いられたロシア文学に溺れてしまい、幸か不幸か、文学に目覚めてしまったわけです。


だから、さほど伝統的な文語(古語)の呪縛を強く受けなかったとも言えるのかもしれません。

で、彼が最初にツルゲーネフの「猟人日記」の一部を「あひびき」(明治20年)として訳出するに際して、ロシアの近代精神を宿した人間の内面を叙述するには、とても文語(古語)体では無理があると痛感し、三遊亭円朝の落語の口述筆記された記録(もちろん口語体)を参考にして、口語文体での翻訳を思い立ったのです。

同じ年、オリジナルの小説「浮雲」も言文一致体で発表し、その後、徐々に文士たちの間にも言文一致体が普及していったわけです。
人間は、内省や独白をするときは、無意識のうちにも普段の話し言葉の発想をしておりますから、ロシア近代小説に目覚めた二葉亭としても、当然のように近代を生きる人間を描くには言文一致体がふさわしいと判断したのではないでしょうか。
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それまでまったく互いに遊離していた頭の中と外の世界を結びつける必要があったのではないでしょうか。

つまり鎖国をしていた時の世界が頭の中の世界とすれば欧米列強に伍して生き延びなければならない世界というのが開国後の世界だったということです。二葉亭四迷(くたばってしめえ)はロシア語を学んでいたことから特にロシアに武力で対決せざるを得ないことを実感していたのではないでしょうか。戦争になったら文語ではとてもかないません。客観的に敵の勢力を観察するためには口語を主体とした言文一致が不可欠ではなかったでしょうか。
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