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魏志倭人伝に・・・

男子は大小となく、皆鯨面文身す。古より以来、その使い中国にいたるや自ら大夫と称す。
夏后少康の子、会稽に封ぜられ、断髪文身、以て蛟龍の害を避く。

とありますが・・・

質問1.
夏后少康の子とは誰の事でしょうか?
無余のことでしょうか?

質問2.
なぜ「夏后少康の子、会稽に・・・」などという事が魏志倭人伝に出てくるのでしょうか?
倭人は夏后少康の子にゆかりのある民という事でしょうか?
それとも倭人は夏后少康の子と同じように文身をしていたから、引用したまでということでしょうか?

A 回答 (3件)

同類の質問を繰り返しているようですので好きなようですが、好きならば


『三国志魏書東夷伝倭人条』
と言うべきです。
魏志倭人伝という書物は存在しませんので
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この回答へのお礼

「魏志倭人伝」は正式名称ではありませんが、略称もしくは通称として広く世間に認知されていると自分は思っており、「魏志倭人伝」でも何ら問題も不都合もないと考えています。
そもそも、ネット書店、ネット古書店で「魏志倭人伝」で検索をかければ多数の題名に「魏志倭人伝」という文字の入った本がヒットします。

また、専門家にしても「魏志倭人伝」という通称を使う方はけっこういます。
例えば、日本古代史専門で立命館大学名誉教授の山尾幸久氏は講談社から「魏志倭人伝」という題名の著書をお出しになっています。
もうお亡くなりになりましたが、早稲田大学名誉教授で王朝交替説を提唱した水野祐氏も「評釈 魏志倭人伝」という題名の著書をお出しになっていますし、今手元にある水野氏の著書「日本古代の国家形成」の中でもやはり「魏志倭人伝」と書いていらっしゃいます。

名のある専門家でさえ、「魏志倭人伝」という通称を使い自説を唱え、本までお出しになっています。
そういう事から自分もあえて正式名称を、このサイトで使おうとは思いませんし、その必要性も感じません。
せっかくのアドバイスではありますが、見送らせていただきたいと思います。

回答有り難うございました。

お礼日時:2009/04/03 04:35

日本でこそ魏志倭人伝と言いますが、


本当は倭人伝じゃなくて、
正確には東夷伝のなかの一条なだけなので、
倭人/日本人とは関係ない言及があるということです。
その部分は前後の脈絡が?とされる部分ですが
基本的に著者は、風習の起源に関連性があるのではないか
と思った、推測したと、(素直に読めば)考えられます。
「倭国は会稽東治の東にあり」という記述があるように
東夷伝が書かれた頃、中原の人には、
倭と江南とが共通の文化圏に属するという認識があったことが伺われます。
しかしそれが事実かどうかは不明で、
日本側に裏づけとなるような記述、どころか文字もないので
全くの間違いということもありえますが、
発掘された青銅器などの分布から確かに交流はあったようです。
ま、魏志倭人伝にでてる邪馬台国が琉球や台湾を指すという説もあるほどですから、
前提条件からして不明なことがありすぎるので
何も確かなことはいえませんが、書いてあることはそういうことです。
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この回答へのお礼

関連性と推測ですか。
参考になりました。
回答有り難うございました。

お礼日時:2009/04/03 04:06

夏后少康の子が


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%91%E5%BA%B7_ …

会稽に封ぜられ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9A%E7%A8%BD

断髪と刺青でサメの被害にを避けたとう「言い伝え」
(夏時代は殷の前で怪しい言い伝え)があるが、
今倭人も刺青をし、潜水して漁をしている。

しかし現在ではただの飾り(化粧)になっているようだ。
国々によって刺青の仕方が変わる。

つまり、刺青は当時の魏国ではあまりしていないので刺青をしていた古い例えを引用したと見るべきではないでしょうか?
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この回答へのお礼

やっぱり引用ですかね。
回答有り難うございました。

お礼日時:2009/04/03 04:03

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