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戦時下でも力士は土俵に塩を撒いていたのでしょうか?

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お礼日時:2010/11/18 19:03

第二次世界大戦中、大相撲はそれまでと同じく年二回


開催されました。   ただし戦時下で中身は変更も
ありました。   下記の新聞記事参照。

1.昭和16年12月27日、東京日日新聞
完全な防空遮光と避難設備に欠ける、国技館なので
夜間興業禁止され、午後4時半終了とされた。
国技館内は酒なし、芸妓同伴不可との事。

2.昭和19年4月13日、毎日新聞
高級娯楽設備閉鎖により、大相撲の夏場所開催が注目
されたが、国技を通して勝ちぬく意気を高めようと、当局
は開催を決めた。
場所は国技館から、小石川後楽園球場に移し、5月7日
初日、期間晴天10日(雨天順延)で挙行。
出場力士は十両以上。
桟敷、升席、茶屋禁止との事。

私の注、国技館は戦況の逼迫により、軍が接収使用
することになった。
幕下以下の取り組みは見物なしで、別に行った。

当然取り組み前に従来通り、塩を撒きました。
清めと怪我の際の消毒に不可欠です。
このころは今のように豪快に塩を撒く力士はいませんで
した。

余談ですが、双葉山の人気は凄かったですね。
連勝中は切符を買う行列が、国技館を何重にも取り巻いて
いました。
私は70連勝が阻まれたのは見られませんでしたが、その
三日後あたりでしょうか、国技館へ行きましたら(いくらか
すいてきたので)双葉山が五つ島に負けたところを見ました
観衆が上の席からの座布団投げは凄かったですね。
昔話になりましたか。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2010/11/18 19:03

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