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物と友達になれますか?

A 回答 (18件中1~10件)

なれません。



本当の友達が「おい、だいじょうぶか」と心配します。
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おもしろい質問ですね。

なので、わたしも回答を寄せることにします。

魂や霊といった存在を前提にせず、しかも、唯物論を徹底すれば、
人間をはじめとする生物は、有機的な材料からできている一種の機械であり、ものと考えることもできます。
NO14さんも指摘していますけれども、コンピュータの誕生によって、人間と機械との垣根はますます低くなっています。
心の哲学などの研究者の中には、「人間(の脳)は有機的な材料からできているコンピュータである」とまで主張するいる人もいるようです。
人間の心や感情などは、脳という計算機によって計算された結果やその過程などにすぎないのかもしれませんね。
この可能性は完全に否定できません。
また、AI(人工知能)の研究者の中には、将来、人工知能に心が発生するかもしれない、などという人もいます。
以前、人工知能を内蔵した犬のロボットが発売されましたよね。これなどは、感情回路が組み込まれており、生きている犬と大差ないのかもしれないですね。で、犬と人間が友達になれるのであれば、この犬のロボットとも友達になれるのかもしれない。犬と犬のロボットの差は、体を構成する素材の違いと、われわれ人間がそこに感情を認めるか、認めないかの差にすぎないのかもしれないですね。

さらに、有名なところですと、《チューリング・テスト》というものがあります。
~~~~~~
アラン・チューリングの1950年の論文、『Computing Machinery and Intelligence』の中で書かれたもので、以下のように行われる。人間の判定者が、一人の(別の)人間と一機の機械に対して通常の言語での会話を行う。このとき人間も機械も人間らしく見えるように対応するのである。これらの参加者はそれぞれ隔離されている。判定者は、機械の言葉を音声に変換する能力に左右されることなく、その知性を判定するために、会話はたとえばキーボードとディスプレイのみといった、文字のみでの交信に制限しておく。判定者が、機械と人間との確実な区別ができなかった場合、この機械はテストに合格したことになる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A5% …
~~~~~~
もし、このテストで合格した場合、
 《人間(の脳)》と《コンピュータ》に違いがあるのか?
 人間に心があるというのならば、このコンピュータにも心があると言えるのではないか?
などということを真面目に議論していたりしています。


難しい話はここまでにしまして、
その人がある物を友達や恋人だと思って接しているのであれば、その物は、その人にとって友達や恋人なのではないですか。
要は、そう思えるか、そう思い込めるかの問題ではないでしょうか。
わたしの友達だって、わたしがその人を友達だと思っているから友達なのです。要するに、そう思えるのか、そう思い込めるかですよ。
わたし以外の人が「そうではない。彼はお前の友人ではない」と言おうが、
わたしが「友達だ」と思っていれば、わたしにとってその人は「友達」なんですよ。
誰が何と言おうが、その彼はわたしの友達。。。

その彼がそのことを迷惑に思っているのならば、遠く離れたところで、ひっそり、「それでも友達だもの」と思いつづければいいんですよ。そう思うのは、自由なのですから。

なのですが、つきまといやストーキング行為は別の話です。これは絶対にしてはいけません。
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友達関係というのは双方向の戯れ合いというのが基本にあると思います。

そこから自分の枠を超えたきっかけが生じるのが楽しいのです。物が相手の場合は自分の方からの多様な働きかけに対する物の働きかけを自ら見出すということになり、あくまでも自分の枠の範囲内から抜け出せません。その意味で人対人の友達関係に対して擬似の関係でしかありえないと思います。
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大自然界、大自然、そして宇宙という観念の界は質問者さんのいう物に入りますか?



確かに付喪神(九十九ーももという百に次ぐと各人もいるが)の世界がありますが、人間の手を経た加工物は仰せのものですか?

友達とは、心理などのやりとりですか?依拠したり、頼ったりすることですか?

自己の経験や存在での交流ですか?

物という存在の分析をされることも必要かな?
物は存在ですか?
どこに存在していますか?
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その「物」が高度に発達したコンピュータを内蔵するなら


友達にもなれるでしょう。 友達思考回路内蔵です。

電子回路は素子とそれを繋ぐ電線で構成されますが、
鉱物などの「もの」の結晶構造の中に、力場で回路を
構成すれば、その「もの」に機能を持たせることが
出来る。

それが情報処理の回路なら、ものを考える石ころを
つくることも理論上は可能です。

ちょっとコートームケイですが。

あと千年もすれば、様々な「モノ」に、そんな方法で
思考や心を与えることが出来るようになるかも知れません。
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No.9です。


美術作品を観ていると作品を通じてその製作者の宗教観がだいたい浮かび上がってきます。
小石や紙を使ったオブジェなど、日本人作者の場合はアニミズム的にモノに心を通わせて取り扱っている感覚があります。
欧米人とはちょっと違う感じの。

わからない人にはわかり得ないのだろうけれども。
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あんまりにも悲しくなったときに、お花畑に入れたときに、なれますよ。

明瞭でしょうに。
人は信用できないという人がいますが、信用できない人がいますが人こそ信用に値するものだといえるでしょう。判る人が時間を考慮しなければたくさん出てきます。
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追記です。


表現、言葉の綾としては、そういうことは出来るでしょう。他の回答を見て思いました。
例えば職人にとっての道具、イチローのバットなど、もしかしたら、戦友と呼べるものかもしれません。
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なれないでしょう。

動物とさえ本当の友達になるのは無理だと思います。そもそも、人とですら、真の友と呼べる人がいたならしあわせだというのに。
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ギリシア神話にピュグマリオンという(自身の彫った)彫像を愛する者がおりますね。


星新一のボッコちゃんなんてガラクタと言わんばかりのロボットと友達という時代はそう遠くないものと思われます。
ひょっとして、人間よりロボットとの友達関係ほうが気楽という人間も出てくるかも、です。
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