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創価学会について質問です!
今友達を通じて勧誘されかけて
いるのですが創価学会はどういう
宗教団体ですか?
他の人の意見を聞きたくて

A 回答 (26件中1~10件)

創価学会 壮年部の者です。



>創価学会はどういう宗教団体ですか?

【基本的な事】
・創価学会は、当時、教育者であった牧口常三郎(初代会長)が友人から折伏(入会の勧誘、布教ともいう)を受け
日蓮正宗という日本の一つの仏教団体に入信した事がきっかけで始まります。その牧口の人望、勧めもあり
牧口の周辺にいた教育者(学校の先生、教育関係者)が入信をしていきます。
昭和5年(1930年)11月18日、牧口常三郎の著書である『創価教育学体系』の出版を機に、牧口常三郎、戸田城聖を
中心に『創価教育学会』という創価学会の前身である“信徒団体”が設立される。

・当然、信徒であるからには、信徒としての宗教的儀式は行うが、僧侶などの出家者ではなく在家信徒として一般の
生活をしていく中で、生活上に宗教的要素を取り入れていく。

・その後、日本国は太平洋戦争へと突入するが、敗戦の色濃くなってきた時に、時の軍部政府より各宗教団体に対し
神札を受領し祈祷するよう通達があった。日蓮正宗はその神札を受領しようとするが、創価学会牧口会長は宗祖日蓮
大聖人の教義に反するとして、神札受領を拒否した。
その後、創価教育学会の牧口会長を始めとして、幹部が『不敬罪』といった罪名で逮捕されるという事件が起きた。
逮捕をされて多くの創価学会幹部が退転(退会すること)するなか、牧口会長は高齢という事もあり獄中で亡くなります。
戸田理事長(当時)は、終戦をむかえる少し前に(昭和20年7月)釈放となり、生きて獄中を出てきました。

・釈放となった戸田理事長(後の第二代会長)は、集ってくる仲間とともに『創価学会』と名前を変更し再度信徒団体
として再興する。その後、創価学会は積極的な布教活動の元、会員を増やし続けて行く。そんな中、昭和22年に池田
大作は一青年として友人に折伏を受け、『座談会』に参加すし、戸田城聖と出会うことになる。

・戦争も一段落し、日本が戦後復興を目指していく中、創価学会も会員を増やしていく中で、会員の浄財を集めた所謂
『お布施』という事を行い、日蓮正宗という本山はもとより、地方の末寺の寄進といった整備を供養して行った。その後、
昭和33年4月に戸田城聖第二代会長は亡くなられる。昭和35年5月に当時総務職であつた池田大作が第三代会長に就任する。
これは、池田大作個人の意志ではなく、当時の創価学会理事会での決定である。
就任後、池田第三代会長は、海外布教、教育機関の設立(創価学園、創価大学)、文化機関『民音』、『東京富士美術館』等
の設立を行う。

(中略)

・昭和54年4月、時の宗門問題を機に池田大作第三代会長辞任、北条浩第4代会長就任。
・昭和56年7月、北条浩第4代会長急死。同、秋谷栄之助第5代会長就任。

・平成2年12月、日蓮正宗より突然、池田名誉会長の宗門破門通告が送られる。
・平成3年11月、日蓮正宗より、創価学会を破門にする通達が送られる。

※※これを持って、以降日蓮正宗との関係性は無くなる。
以降、現在に至る。

【日蓮及び日蓮正宗の歩み】
・先にも書きましたが、もともとは信徒団体としてスタートしています。よって、日蓮正宗の根本的な宗教的教義を保持
します。
日蓮正宗というくらいですから、開祖は鎌倉の僧侶であることは言うまでもありません。日蓮は現在の千葉県鴨川市(安房の国小湊)
に生まれ、12歳の時に清澄寺に登られ、その後、出家し僧となります。仏教を勉強する中において、様々な宗派に分離している
日本国の現状を考え、どれが正しい釈尊からの教えなのかという疑問を持ちます。その後、鎌倉の鶴岡八幡宮や比叡山延暦寺で
の修学、延暦寺を拠点として京都、奈良の主だった寺院での修学の後、清澄寺に戻り立教開宗します。
その当時、清澄寺付近では念仏が横行し念仏を破折した日蓮は地頭の強い怒りに触れ、身の危険を感じ当時の日本の中心地である
鎌倉へと身を移します。

・鎌倉へと身を移した日蓮は、少しずつ自らの弟子と信徒を増やしていきました。そんな中で、鎌倉の世は地震などの天災、津波、
天候不順、飢饉、飢餓などが起こっていきます。その原因を探るべく日蓮は静岡県富士市にある實相寺で経文を研鑽する中、国中
が正しい法(仏の本当の教え、真理)を実践しない為に、国家レベルの様々な危機が訪れるという経文を見出し、『立正安国論』を
書き上げ、時の鎌倉幕府、北条時頼に提出します。
この立正安国論には、この後、鎌倉幕府の内部分裂(2月騒動)と他国による侵略(蒙古の来襲)が予言されています。この二つの難は
後に現実のものとなって表れる事と成ります。
この『立正安国論』提出後に、日蓮の身には鎌倉幕府、他宗の僧らによる迫害が巻き起こります。

・松葉ヶ谷の法難・・・松葉ヶ谷の草庵が襲われ火をつけられる。
・伊豆伊東への流罪・・・伊豆伊東へ流罪させられる。
・小松原の法難・・・千葉県安房の国の小松原で、地頭である東条影信に襲われる。
・竜の口の法難・・・鎌倉幕府、平 頼綱の命により、密かに竜の口の刑場に連行され斬首されるも、南の空より光り物の玉が飛来し
斬首をま逃れる。
・佐渡流罪・・・斬首出来なかった日蓮を、鎌倉幕府は極寒の地佐渡に流罪した。

流罪より帰した日蓮は、鎌倉幕府に対し三度目の諌めをしたが聞き入れられないため、山梨県身延に移り草庵を築き晩年を過ごす。
これが現在の日蓮宗総本山の身延山久遠寺です。
その後、文永の役、弘安の役と二度に渡る蒙古の来襲を日本は受けることになります。
晩年を身延山で過ごした日蓮は、湯治の為に常陸に向かう途中、東京都大田区池上の信徒の家で入滅と成ります。この地は現在
池上本門寺がありますが、本門寺ではなく本門寺の隣にあるお寺だそうです。(名前は忘れてしまいました)

日蓮大聖人滅後、日蓮の教団は日蓮より法主として宗門を受け継いだ日興上人を中心として存続していきますが、弟弟子である
日向が地頭である波木井氏を利用し、仏像を祭るなどして法謗(正しい教えに背くこと)を行い、身延山久遠寺の正統な流れを絶って
しまいました。日興上人は大御本尊、弟子等と共に南条家寄進の身延よりも少し南にある静岡県大石ヶ原に大石寺を建立しました。
この大石寺こそが現在まで日蓮正宗の本山と成っているのです。ここに日蓮宗、日蓮正宗の絶対的違いが出来たわけです。
ですから、日本に数多くある『日蓮宗』の寺は全てが偽りの教義で成り立った法謗の寺だという事です。

【宗教的な事(教義)等】
・鎌倉時代 建長5年4月28日に清澄寺で立教開宗をした日蓮大聖人の行儀、所謂、創価学会が継承している教義について触れます。
日蓮大聖人は、先の修学において日本に存在する仏教において比較検討を重ねた上で、仏教の本義(釈尊の本意)を見出し、それを
御題目として『南無妙法蓮華経』と定め本尊としました。『南無妙法蓮華経』という言葉自体は、中国天台宗から日本天台宗へと
受け継がれ残っていました。しかし、日蓮と天台の根本的な違いは、日蓮が自身も唱え(自行)、他人にも唱えさせる(化他)のに、それまでの天台
の僧(智顗、最澄)は自身の修業の為にしか(自行)唱えませんでした。

・佐渡流罪以降は、この『南無妙法蓮華経』の御本尊は紙や板に書かれ、人の目に映るものと成りました。そんな中、弘安2年に
日蓮信徒を迫害する『熱原の法難』が起き、その機に日蓮大聖人自らが表した木の本尊を『大御本尊』といたしました。
それ以降、この『大御本尊』が全ての信仰・教義の中心となります。

【宗教的実践】
《勤行と唱題》
・基本的に創価学会員は一世帯に一幅の曼荼羅の御本尊を譲り受け、仏壇に御安置いたします。朝と夕に御本尊に向かい
勤行といって読経と唱題(南無妙法蓮華経と題目を唱える)を行います。

《折伏弘教》
・創価学会に入会をし、この御本尊を御安置、御題目を唱える事を勧める。

《目的》
・正しい法(南無妙法蓮華経)に帰依し信奉し、題目を唱える事で自身の生命の奥底からの変革を目指し、より良い人生となる様
全てにおいて実践していく。

・一人一人が実践し、より良い変革をすることによって、最終的には地域社会、国土、世界が平和へと変革していく事を願う。

【その他の実践】
・創価学会を支持母体とする公明党の支援活動。

・聖教新聞の啓蒙運動。

・創価学会の施設、興隆等を目的とした、布施の実践。

こんなところでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2017/04/12 12:42

元学会員です 創価の池田大作は 世界の著名人と対談していますが あれは嘘です 池田は著名人と挨拶しているだけ あとは 影

武者 (池田を守るために作られた 秘密部隊 小説 写真 音楽などの池田が 作られたとされるものすべて影武者が作った ) 対談の文面を考えて 池田は読むだけ 昔ルーマニアのポル・ポト大統領が 池田と対談した時 ポル・ポト大統領は 庶民的で やさしい人みたいなこと言っていたが あとで国民大量虐殺した 実際にシナノ企画 学会ビデオ販売したとこ の池田のメッセージビデオは 対談の時の池田と著名人の声は 入っていないこと 後でわかりました 池田と著名人挨拶シーンは 音楽でかぶって対談の模様のセリフありません 池田は公明党作って 日本制服したかったんですが 実現できませんでした 公明党選挙投票してもろくなことないので 公明党には投票やめましょうふ
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2017/04/05 14:23

昨日町内の全所帯に対し、下記内容の匿名チラシが一斉投函されました。


篤志の国難を憂う熱い情熱に胸打ち震える思いが致します。


●創価学会の皆様へ

破門された創価学会を辞めたいと思っている学会員が大勢います。
創価学会の被害相談に寄せられた件は2016年だけで260万件!

★学会は金持ちで、こっちは貧乏なのにお金を払わされるのはもう嫌だ。
★もう創価学会では願いが叶わないし、周囲の学会員も皆不幸になってる。
★いくら祈っても願いが叶わないばかりか悪くなる一方だ。
★平和だ、幸福だと言いながら、創価学会員以外への攻撃がひどすぎる。
★信仰に無関係の選挙の票集めをやらされるのはもうイヤだ。
★辞めたら攻撃されるのがわかっているので怖い。
★創価学会は世間からも嫌われているのでいやだ。
★お寺へ行った人への集団嫌がらせを奨励して、憎悪を煽りすぎで恐ろしい。
★会員を扇動して大勢の逮捕者まで出しているので、もう加わりたくない。
★いくらなんでも学会が勝手に御本尊や勤行を変えたのはおかしい。
★どうやって辞めるのか方法がわからない。

要するに大勢の学会員が創価学会を辞めたいのに、表向きは元気な学会員を装いながら、本音では「創価学会はもう嫌だ!!」と苦しんでいる人が大勢いるのです。
創価学会作成のニセ本尊を拝んでいる学会員の現証はハッキリしています。
精神病患者があふれ、不登校児童を抱え、生活苦で貧困に苦しみ、家庭不和や病気、自殺者まで出ています。

どうか一日も早く洗脳を解き、目を覚ましてください!!
創価学会と決別し、法華講に戻って来た人たちは
「御本尊様の功徳はこんんなにも偉大で凄い力があったんだ!!」
と感激し、強大な仏力、法力を実感しています。
あなたも日蓮正宗の頃の絶大な功徳を思い出し、運命を変える力を持った本物の750年来の大聖人様の仏法に戻って来ませんか。
最寄りの日蓮正宗寺院に参詣してみてください。必ずや心が満たされます!
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先日、元公明党議員の話を聞く機会があった。


創価学会、そして公明党が陥っているアイデンティティー危機は想像以上に深刻なようである。何よりも、カリスマ的指導者に祭り上げられてきた池田大作名誉会長が、もはや巨大な学会組織の統合力としての機能を失っている。
周知のように、池田は2010年5月の本部幹部会に出席して以降、今日まで6年半にわたって一切、人前に姿を現していない。
その原因は元議員によれば重病で「正常な判断力を示すことができない生ける屍」状態にあるからである。

学会が昔のように日蓮正宗の信者団体という位置づけであれば、会長が交代すればいいだけの話だが、教義やご本尊の扱いをめぐる対立が高じて、91年に日蓮正宗から破門された後は「池田教」として組織の存続を図らなければならなくなったのだから、これは存亡の機である。

ところが、700年からの歴史を持つ教義とご本尊を捨てて、別の何かを立てるのが容易なことではないことは、門外漢にも分かる。
混乱続きの末に、13年には信濃町に「大誓堂」を建設し、それに合わせて「日蓮世界宗創価学会」という世界的な宗教団体を立ち上げ、その会長を日本創価学会の会長が兼ね、その配下に「創価学会インタナショナル(SGI)」加盟の世界156団体を支部として組み込むという組織構図に移行しようとしたが、異論続出でまとまらず、結局、今も教団としての形すら定まらない。
その状態で池田が生ける屍ではまずいので、「元気にしておりますよ」という話にして、その虚構を維持するために流行作家並みの勢いで本を出したり、写真展を開いたりしているが、もちろんすべて本部スタッフの代作である。

学会それ自体がどうなろうと世間とは無関係だが、問題はこの教団が公明党という政治部隊を抱えていて、教団が危機に陥れば陥るほど、権力からの介入・弾圧を恐れて限りなく自民党にすり寄っていこうとしていることで、これが日本の政治を著しく歪める原因となっている。
現在、ミイラ同然の池田の威光を背に学会を仕切っているのは原田稔会長、谷川佳樹・八尋頼雄両副会長ら「東大閥」で、彼らは組織崩壊を恐れて自民党にしがみつこうという路線に徹している。

それに対して、正木正明前理事長はじめ「創価大閥」は、もうこんなことはやめて、連立解消、小選挙区制撤退、平和の党に戻ろうという路線だが、今のところ前者の「毒を食らわば皿まで」派の優位は変わりそうにないという。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news …
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結論から言うと創価学会という組織に未来はありません(多くの人は知っていると思います)。


それは遠い先の話でなく、10-20年先の未来です。
 
数字を披露したいと思います。これは、2013年から2014年に、2名の職員の方から伺った話です。
現在、統監(学会の戸籍みたいなもの)上、小学校一学年の未来部員の数は全国合計で1万人を割っています。未来部合計20万人の時代です。
 
2013年あるいは2012年、小学校に入学した学会所属の子供の数(学会所属の小学1年生の数)を計算したらしいのですが、既に名簿上1万人いないという結果だったそうです(コンサル会社の指示で行ったのかな?)。
今の日本の一学年の人数が100万人いるかいないかですので、人口比で1%を切るかどうかです。創価学会の少子化は、日本の少子化とは比べ物にならないくらい早く進行しています。
 
2013年前後に小学1年生ということは、今10歳くらいになる子供達でしょうか。その子達の親の年齢を考えると大体40-50歳前後になりますか。
親世代は昭和40-50年前後に生まれてきた世代でしょうか。
 
また、2008年前後に学生部の幹部の方から聞いた話では(彼も職員でしたね)、当時の学生部の総計が約6万人。1
8-22歳(浪人した方や大学院生がいるので実際は年齢にもう少し幅があります)の進学者の人数が6万人という意味です。
この数字は恐らく男子学生部の人数なので、男女の学生数が均等だとして(多分男子の方が名簿上は多い。会合参加者は女子学生部の方が多い)合計12万人。
「男女合計で10万人いるかどうか」ともその方は話していたので実際はそのくらいの人数だと思います。
 
ここから今現在の男女青年部(18-39歳程度)の人数を推測すると、甘く見積もって男女青年部で120-150万人程度です。これはかなり甘い見積もりです。
未来部(0-18歳で考えます)が甘く見積もって20-30万人。
 
それ以外(壮年・婦人部、40歳以上の方)の会員数がどの程度かは不明ですが、平成25年度の人口比が39歳以下:40歳以上=2:3なので、この人口比を創価学会にも当てはめると40歳以上の会員数は180-230万程度と推測される。
 
学会員の年齢比は高齢者側にかなり傾いていると推測できるので(1960-70年代が入信者のピーク)、40歳以上の会員数は日本の人口比で考えるより多いと推測されます。
40歳以上の会員数を200-250万人程度としても、学会員の総計は最大で350-450万人程度になるのではないかと考えています。
 
全体的にかなり甘く見積もりましたが、会合等の参加者を見ていると60歳以上の人数はそれなりに居ると思います。
入会ピークに当たる60歳以降の層はそれなりの会員数を維持していると私は推測しています。
 
SGI(創価学会の海外支部、今は本部直轄地)の人数は地域差が大きく、海外会員の総計に関しては不明です。
 
後20年すると何が起こるか?65歳以上の方の多くは鬼籍に入られます。
2013年の未来部統監から20年後の男女青年部の総計を推測すると、入会による増加数を加味しても30-50万人規模となります。
これでも随分甘い計算です(青年部の1年の折伏成果が大体2‐3万人です。その成果が全員青年の新入会で、既存の会員が抜けないことを条件に計算しています)。
人数を大きく減らし、若返ることもできません。未来などないのです。
選挙応援などはやらないのではなく、やれなくなるでしょう。
 
人数が多ければ良いわけではないですが、組織の拡大、維持に失敗したのは事実です。
地方在住の方は特にわかるかと思いますが、青年層は壊滅しています。
会合で青年部は役員についている人だけとかそういう状態です。
 
私は、組織の人数が多い、組織の勢いが強ければ勝利の証であるなどと考えてはいません。しかしながら、この状態を勝利とは呼べないでしょう。
組織としての創価学会は敗北した。現状ではそう判断するしかありません。
 
これがこれまでの創価学会の活動の成果です。少なくとも結果の一つです。
戦後の日本を暴れまわってきた創価学会という組織の未来は非常に暗い。
組織の破滅がほぼ確定しています。
 
過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ
 
この遺文を肝に銘じるべきですね。全部これまでの行為の結果なのです。
池田大作が表に居ようが居まいが、関係ないのです。

http://hasu-no-rakuin.hatenablog.com/entry/2017/ …
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創価学会は悪の巣窟です


創価学会は電波を支配しています。
創価学会は芸能人や一般人を組織的な力で殺害します。

創価学会は女性信者と朝鮮人を結婚させ、人生をむちゃくちゃにします。
創価学会員は公務員 国会議員
皇室の中に至るまで侵食していて日本の乗っ取りを企てる
極悪 極汚 極腐 極臭 極低
極まる悪の巣窟です。
集団ストーカーや電磁波攻撃は十年二十年普通に続き、
学会員による口コミにより
その人の人脈を切ってゆき、
社会的に抹殺し、孤立させ、
最後は心筋梗塞か自殺で片付けます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
恐ろしいです

お礼日時:2017/04/05 14:22

創価学会からの脱会体験3 創価の悲惨な状況



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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2017/04/05 14:21

周りに迷惑をいくら掛けていても、拝めば幸せになれると信じているようです。



熱心な信者家族とは知らずに結婚しましたが、夫は多額の借金を隠していましたし、その両親や義妹は自分達の幸せばかり求めて身勝手極まりなく、最終的に私はうつ病をしばらく患いました。どれ程苦しんだかわかりません。

宗教ならば良い行いをするよう、教えで導くものではないかと思いますが、自分が幸せになるためなら、他人はどうでも良いという考えなんだなと思いました。

一体何を教えてるのか。意味不明です
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この回答へのお礼

ありがとうございます
それこそ迷惑な話ですね。

お礼日時:2017/04/05 14:21

758ジローさんが、何歳かは分かりませんが、



大阪の付属小学校8人児童殺害事件って覚えておられますか?

小学校に入り込んで、8人の児童を殺した事件です。

宅間守 創価学会です。

神戸の小学校校門前に、殺した児童の首を晒した事件。

酒鬼薔薇聖斗 東慎一郎 創価学会です。

戦後、間もない頃に有名だった「吉展ちゃん殺害事件」

当時、子供だった私も衝撃を受けたものです。

大人になって、創価学会員が犯人だと知りました。

創価学会員同士の殺人事件も多いんですよね、、。

宗教してたら、普通、心が穏やかになって、「人殺し」はしなくなるものだと

思いますけどね???
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この回答へのお礼

そういう事件があったんですね!
知らなかったです。 
怖い話ですね
ありがとうございます

お礼日時:2017/04/05 14:20

『21世紀への対話』と題された、上・下2巻からなる本がある。

イギリスの歴史学者・故アーノルド・トインビー博士と池田大作とが、昭和47年5月と48年5月の2回にわたって対談した記録――であるという。この本は昭和50年の出版当時から、トインビー博士の名声を利用した、池田のノーベル平和賞へのデモンストレーションではないか、といわれていたもので、さすがにノーベル平和賞は受賞できずじまいであるものの、この本が池田の虚像の宣伝に大きく貢献してきたことは事実である。
 ところが、この本、後に化けの皮が剥(は)がされ、実際は「トインビー・池田対談」などと呼べるものでないことが明らかとなったばかりか、故トインビー博士の孫娘・ポーリー女史からも、池田大作の実像を衝(つ)く手厳しい批判手記が発表された(1984年5月19日付・英紙『ガーディアン』紙に掲載)。
 その辺の経緯をより世の中に知らしめていくべく、当「被害者の会」では、会結成と同時に、イギリスのポーリー・トインビー女史にコンタクトをとったところ、ポーリー女史より “私の手記の全文を貴会で使うことを歓迎し、かつ貴会の活動の成功を祈る” という返事をいただいたのである。
 そこで、ポーリー女史の手記全文(和訳での全文発表は初めて)と若干の解説とを併せて掲示する。

http://www.toride.org/porry/



https://www.reddit.com/r/sgiwhistleblowers/comme …
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2017/04/05 14:19

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