プロが教えるわが家の防犯対策術!

子供の保育園事情、育ちについての疑問です。

最近、1日中子供の面倒を見る毎日はストレスになるから子供を保育園に入れて子供と離れたいがために仕事をする・・・というのが本音だという人が増えていることに疑問を感じています。

共働きでないと本当に生活が苦しい・・・という現状の方がいるのはもちろん納得ですし、生活のため母親も働きに出る家庭が増えていることも承知しています。

でも周りを見ていても、ちょっとパートに週数回出れば、子供は保育園に入れることができるし、そうすれば自分にも自由な時間ができて楽になるという理由で子供を保育園に入れて、親が仕事がない日でも子供は保育園に預けっぱなし・・・(もちろん保育料を払っているから子供も休ませるなんて勿体無いという気持ちも分かりますが)そんな生活に何の疑問もない人が増えていることに、私個人としては違和感というか、乳幼児期からそんな環境で子供が家庭の安らぎや温かさ、親との本来の絆を実感していけるのか?という疑問がわいています。

両親と長時間離れて、子供が家に帰ってくるのは18時過ぎ。帰ってきたら慌しくご飯とお風呂を済ませてまもなく寝る生活・・・翌日も朝早くから保育園に送り出される。
そんな日々では、親の日々家事をする姿や、生活する自然な姿を見る緩やかな時間がなくなりすぎていると感じるのです。そういう日々の生活を見る経験は、何気ないようで子供にとってとても大切な学びではないか?と思うのです。

0歳や1歳代から保育園に通わされれば、子供が家で1日中母親と過ごす生活をあまり経験できないまま集団生活に入るので、それが当たり前になり、保育園に行きたくないという感情さえ湧いてこないとは思います。でもそれは子供が保育園が楽しくて毎日行きたいのでなく、それ以外の生活を知らない。家で数年好きなように過ごしたという経験が少ないので比べようがないと思うのです。

現代の子供たちの環境や親のライフスタイルを見ていると、子供の奥に育つ両親との絆や生活力、あらゆる選択肢のなかからベストを自ら選び抜く、というような判断力が育っていくのかな?という心配が湧いてきてしまいます。勝手な心配なのですが・・・

私は多少生活を質素にしても、子供の成長をそばで見守りたいという思い、今しかない子供の愛らしさをしっかり見て行きたい、それと何より母親になって子供とともに過ごす時間、経験のなかで試行錯誤したり、子供に1日中振り回されて泣いたり笑ったり、悩んだり思い通りにならないこと、自分の時間がないこと、そんな一見苦しい生活を通して初めて自分が大人になってゆけるというか、親にしてもらって育ててもらっている・・・と実感するので、子供との関わりを避けて楽をしても、親になった意味がないんじゃないか?と感じます。なので私自身は主婦業を選択し、子供は幼稚園に3歳から通わせています。

こういう話をまわりに話してみても、意外と共感してもらえないというか、親も忙しいし子供に縛られたくないという意見も多く、仕事をしている人にとっては耳障りな意見でもあるようです。

また保育園も幼稚園とあまり差が出ないよう教育的要素など環境を変えていく取り組みがされ始めていると情報で見ました。
でも保育園は保育時間も長時間で保育士さんの労働が過剰になり、本来は親が責任を持つべき生活の基本的な部分も保育園に寄りかかりすぎているのではないか?と疑問です。保育士さん、保育園の時間的、肉体的犠牲があってこそ成り立っていることではないかと。あくまで親のニーズにこたえるために。

本来幼稚園は、3歳までの乳児期は親が責任を持って家での生活を通し、基本的な生活習慣はある程度まで教えた上での入園だと思います。
でも保育園は0歳児からオムツをとるのも、食事の仕方を教えるのも、基本的は生活習慣にいたるまで親代わりを保育園にやってもらい、もちろん自宅でも親がやる部分もありますが、圧倒的に親が子供に目と手をかける時間は少なく限られてきます。本来は親も成長するためにある親業が他人に任せられてしまって、本当にこれで子供の育ちに問題はないのか?という疑問が湧きます。

うまくまとまりませんでしたが、いろんな方の意見が聞きたいです。

幼稚園と保育園を同一化しようという動きも合わせて、本当に内容に違いの差がなくなっているのか?
保育園の長時間保育、親が休みでも預ける保育について、子供の育ちへの影響など、ご意見を聞かせてください。

A 回答 (10件)

はじめまして


私も産休あけの7ヶ月から保育園預けました
人がいなく 早くもどってきてほしいとのことで バタバタさがして 保育園幼稚園一緒のとこにはいりました
はじめにびっくりしたのが6ヶ月から預けられるというところでした
そんな小さな時から預けたくない…でも…仕事で人がいないから困ってる…
本当悩みましたが…いまにいたってます
幼稚園まで可哀想なおもいしてきましたが
たくましくはなりました
なので土日やすみの日にはたくさん 可哀想なぶん 愛情そそいでます
我慢しなくちゃいけないところは する!甘えたいときは甘える!そのメリハリはついてると思いますが…
親がやすみの時に 保育園に預けてゆっくりしたいという気持ちもわからなくはないんですよ…親も ストレス発散する時間ないと 子供に八つ当たりしたりしてしまうところあると思うんです
なので…たまには預けて
ゆっくり好きなことするも必要だとは思います
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。皆さん、いろんな環境で価値観で意見わかれてくると思いますが、いろんなご意見をもらい、私も勉強になります。親だってリフレッシュしたい!本音分かります。反論承知で言わせてもらうと、子供が「ママ!ママ!」とうっとうしいほどまとわり付いてくれるのって3.4年。一番大変で親は自分の時間ほぼなくストレスフルだけど、数年後には「あの頃の可愛さ」をどんな気持ちで振り返るのだろう・・・と私は子供を観ていて感じます。何よりのすばらしいときではなかったのかと。

お礼日時:2017/06/27 13:09

独身を謳歌していたところ、結婚生活や出産で自由な行動や金銭に制限が掛かり、核家族で夫だけは独身時代と変わらず社会人生活を送り、不慣れな小さい生き物と2人で長時間を過ごし、あれもこれも母親のお前の役目、だといきなり経験も無いままに保育主任を仰せつかりパニックになって我が子可愛い、だけでは無くなる方も多いのでは、と思います。


家族の協力や愛情があって経済的にも安定している奥様は、子供の精神面、教育に心砕ける余裕があると思うので、男性がお金持ちになり、5時に帰り、妻が倹約上手になり、子供に何の障害もなければ健やかな、子供の心に寄り添う理想の家庭で育児体制が実現するのではないでしょうか。
ですが、子供が3歳まではベッタリ家で可愛がり母親が躾ける、には賛成です。特別な時間ですから、そこは努力して子供の家庭生活を守れたらいいですね。
幼稚園保育園一体化については、長時間すぎて無理では、と思います。カリキュラムぎゅうぎゅう幼稚園に行かされましたがあの恐ろしい先生に付き合えるのは2時が限界だ!みたいな記憶有り。
親が休みなら自分が生んだ可愛い我が子くらい保育園に任せず面倒みてはどうだ、というご批判的意見については、お母様側の体調などもあるのでソッとしておきます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。今回題目にしていた「保育園と幼稚園の同一化」についても解答いただき、ありがとうございます。
子供を3歳まで母親が見るべき「3歳神話」は賛否両論あるのが当然ですね。
私個人ではありますが、子育て経験の中から得た気づきもありました。
今回は書ききれず言葉足らずで伝わりきれなかった部分も多々あります。
特に乳幼児期3歳頃までの子供にとって、母子が1対1で向き合い、母親がじっくりと目をかけ、手をかけと日々向き合う時間は、親子ともにかけがえのない時間であり、一人の人格が育つ上で、将来生きる力の基盤となり得る「精神の安全基地」を作り上げる重要な時期でもあること。そして親自身が子供に無償の気持ちで1日中向き合う限られた時間は、試行錯誤しつつ様々な感情を経験して苦労しながらも、親自身が本当の意味で大人に成長していくチャンスになり得る「親育ち」の大切な時間であること。
私個人の価値観で恐縮ですが、そこは実感も伴い、信頼しています。

お礼日時:2017/06/28 12:59

今の日本には、


・質問者のような考え方の人が(ある程度以上の割合で)存在すること
と、
・質問者とは正反対の考え方の人が(ある程度以上の割合で)存在すること
のどちらも確実です。
また、どちらかの方法で育った子供が、もう一方の方法で育った子供よりも、明確に優れているというエビデンスもない。

したがって、国は、どちらの考え方の人も、自分の考え方になるべく近い暮らしができること、を目標にした政策を取るべきでしょう。実際、今の日本の政治は、大まかに言えば、そういう方向で動いていると思います。
もちろん、国のお金は無限にあるわけではないんで、全ての人の理想を叶えることは不可能なんで、どこまで理想を実現するかは、政治判断が必要でしょうが。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。そうですね、どちらの育ち方が正解かなんてきっと答えはないのでしょうね。それぞれの価値観のあり方の違いはどうしようもなく交わることのない答えの出ないことだろうと思います。
保育園にはその役割があり、本当に必要とする家庭に必要に応じてある一定の規制の中で利用しやすくなることは何よりだと思います。ただ今までの幼稚園の役割は保育園とはまた別であるとも個人的には感じていて、幼稚園にはその特性と良さがあり、保育園を利用したい共働き世帯の増加のためだけに、安易に幼稚園までも保育園と同一化して保育園化してしまうのは問題でもあるとも感じています。今回はそこを質問したかったのですが、別に焦点が当たる内容となってしまったようでお詫び致します。

お礼日時:2017/06/28 12:50

息子を0歳児保育から預けていました。



>本来は親も成長するためにある親業が他人に任せられてしまって、本当にこれで子供の育ちに問題はないのか?

問題はありません。
むしろ速い段階から子ども同士のコミュニティに参加出来る事によって同世代の子とのコミュニケーションが上手く取れる子どもに育ちました(東京都内のため子どもが遊べる場所が極めて少ない所でした)。
また早い段階から息子のADHDを認識する事が出来、それに対処する為の療育・親の勉強も早い段階から行う事が出来たことは大きなメリットです(これは専門者の目がないと判断出来ません)。
親同士のつながりも早い段階から作る事が出来ましたし、今でもその関係は続いています。

実を言えば妻よりも私(父親)の方が保育園に預ける事を奨めました。
子どもは早い段階から子ども同士のコミュニティで育てるのが一番だと思っていましたし、都内で子どもを安全に遊ばせられる環境がほぼ無いので。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。子供の育ちについて問題がないとの事、そうであれば素晴らしいことです。子供自身の育ちについて、早くから集団生活になじみ育つコミュニケーション能力、よく言われることでそれはすばらしいことなのだろうと思います。
子供の育ちがうまくいったかの判断はそれぞれの価値観でもあり、きっと成人して子供の将来を見届ける頃に改めて気づきがあるのかもしれません。それは私自身もです。
今回は書ききれず言葉足らずで伝わりきれなかった部分が多々ありますが、ひとつ付け加えるとすれば、特に乳幼児期の子供にとって、母子が1対1でじっくりと目をかけ、手をかけ日々向き合う時間は、親子ともにかけがえのない時間であり、一人の人格が育つ上で、将来生きる力の基盤となり得る「精神の安全基地」を作り上げる重要な時期でもあること。そして親自身が子供に無償の気持ちで1日中向き合う限られた時間は、試行錯誤しつつ様々な感情を経験して苦労しながらも、親自身が本当の意味で大人に成長していくチャンスになり得る「親育ち」の大切な時間であること。
私個人の価値観で恐縮ですが、信頼しています。

お礼日時:2017/06/28 12:42

「時代の要請」です。



1960~70年代の方が、高度経済成長期で、親は忙しく、子供も多かったのに、「保育園が足りない」なんて言う問題は、全くありませんでした。
なぜなら、「祖父母」や「ご近所」が機能してたから。

簡単に言えば、「サザエさん」の磯野家。
タラちゃんの面倒は、フネにカツオにワカメちゃんも居れば、タイ子さんやらご近所さんも預ってくれ。
サザエさんには余裕さえ感じられ、磯野家(フグ田家)には保育園など無用です。

しかし、その後は日本が豊かになって「核家族化」が進み。
更に現代はシングルマザーなど「母子家庭/父子家庭」も増加し、「独居化」の時代です。
それに合わせて、社会整備も進みました。

現在でも地方へ行けば、サザエさんの世界も多く残っているでしょうけど・・。
それを都市部に望むのは、もはや不可能かと。

逆に、その代替機能が保育所などであるとも言え、社会的利便性や、行政サービスが向上しているワケです。
「便利さを放棄してでも、古き良き時代に戻るべき!」なんて言う意見も存在しますが、基本的には少数意見として抹殺されがちです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。そうですね、サザエさんの風景懐かしく、のんびりと流れる時間、個人的には大好きです。便利さとは何でしょうかね・・・現代の子供たちを見ていると、いろんな便利さに恵まれているようで、なぜか自然と寂しさを感じるのです。
核家族化、シングルで育てる家族の増加、父親はいても実質母子家庭のような子育て環境のなかで、昔のようにはいかないという現実ももちろん理解します。
子供の育ちももちろんですが、早くから子供を集団生活に入れるという裏側で、小さいうちから家庭にいる時間の少なさの中で、本来子育てで得られるはずの無償で与える時間のなかで育つ親側の成長、「親育ち」の姿を親が子供に見せてやれていないように感じるのです。親育ちのなかで、子供の自尊心をともに育てていくことができればという勝手な願いもあります。

お礼日時:2017/06/28 12:24

子供は色々と 試す機会とぶつかる機会が必要だと思う。



親の愛情は 確かに接する時間が長ければそれだけ強くなろうが その分依存度や 性格的影響 常識観念も強く受ける。
それは決して悪いものではないが 偏りにもなる。
人を育て 人を活かすには 何かを自分から為し 自分で考え やり方を変えていかなくてはならない。
家庭の中に多く留めることは その機会を逃す。

そして 働く姿勢を示すのは 親の背中として必要で 最も価値のあることだ。
もともと親のすべき教育の一番強いものは 生きる姿勢と 護る背中なのだから。
子供とは一人の人格であり 自立すべき生き物であり 悩み苦しみながら考えを作っていくべきもの。
自立のためにも 多くの者との接点を持つことを 幼少期に取り入れるべきと思う。

しかし それとは別に 子供が自分を「愛されている」と実感する必要がある。 
足りない場合 子供が自己愛 つまり 「何もなくても自分は尊い」と思う根拠を失う。
その大半は「だって親が自分と一緒にいるし 自分を愛しているし 何かやっちゃっても一緒にいるし」という 幼少期の記憶だから 幼少期に接する時間はとても重要だ。

これは親が自分の気質をよく考え 頭が難しい親なら接する時間は長く取り 簡単明瞭な親なら 外に出しても大丈夫かと思う。
変な話だが。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。本当にそうだと共感する部分があります。
親の背中を見せることが難しくなっている現代です。
家にいることで、自然と親が働く(家事なども)姿を見せることは生活力や
将来の家庭像を育っていく基盤となり得ると感じます。
今の子達は早くに集団生活をすることで自立を促されて一見自立しているように
見えますが、本来の自立とは子供自身から発生する自発的な自立であるべきではないか、とも感じます。

お礼日時:2017/06/27 12:49

0歳から預けなくてはならない事情もあります。

旦那さんのお給料だけでは質素な生活すら出来ない家庭もあります。
子育てが辛く少しでも子供と離れたいという考えで入れる人も居ます。
あなたの考えに共感できる部分もありますが実際小さいときから保育園に居れてる人からしたら事情も知らないのに…と感じる部分もあるとおもいます。
親と毎日遊ぶより他の子と遊んで楽しいと感じる子もいれば、離れて寂しいと感じる子もいます。
けど土日や休みの日などをつかって存分に触れあえるし、預けた方が沢山の子供に囲まれて遊んだり集団行動をするため良い影響を与えてる事もあると思います。
私は子供の成長を一番に見ていたいし、専業主婦の為幼稚園に入れる予定ですが正直旦那も子育てには協力的ではなく少し離れて一人の時間が欲しいなと感じるときもあります。
子育てを楽しめる人、その余裕すら持てない人もいるし色んな事情があるので聞かれない以上周りに話すのはやめておいた方がいいと感じます。
頼りすぎている人も居るとは思いますが余裕がなく虐待などしてしまう人もいるので子供と良い関係を築けるなら預けることも必要だとおもいます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。私のつたない文章で誤解を生む可能性を承知で発信しました。本来私が書きたかったのが「保育園と幼稚園の同一化への疑問」だったのですが、保育園へ預ける方々への疑問も書き加えたため、焦点がぼやけてしまい、伝わりにくかったと思います。家庭の事情、子育てのつらさ、親と1日一緒より、保育園で集団生活をしたほうがこどもにとって良い環境もある・・・そのご意見は何度となく聞いてきたひとつのご意見です。なので保育園にはその役割と必要性があると理解します。ただ預ける親側の価値観が根本的に違う幼稚園と保育園の同一化を疑問視しているということを書きたかったのです。正直なご意見に感謝します。

お礼日時:2017/06/27 12:44

当然『必ずこうなる』って答えは誰にも出せない前提で。



質問者が言ってることは正論。
ただし、自身でも書いてるが『耳障りな意見でもある』ことも
人によってはあるだろうね。

質問者は自分の考えを伝えようとしてるダケのつもりだろうが、
聞いてる方は『自分の正義を押し付けるなよ』って解釈しちゃう
人だっているのだと思う。

俺様の知り合い夫婦も『手抜き&早くからの集団生活を学ばせる』
を理由に保育園に4年間預けていた。
※妻の方は実際は働いていおらず、知人会社の内定書を偽造して入園。
 結局、親は親としての成長はぜずに離婚。(妻の不倫。証拠は残せず)

親となったはイイが、親が大人になりきれておらず、施設に依存して
遊びほうけている輩も確かにいるね。

幼稚園と保育園のフュージョンは子供達の中で格差を生むかも知れない。
早々に迎えにくる親もいれば夜まで来ない親もいる。
問題が無いかと言えば何かしらは必ず出てくるだろう。

それでも、ストレスで虐待に走る親が子供預けることで制御できるなら、
結果それが良かったということもあり得る。
ただし子供がソレを実感することは永遠に無いだろうけどな。

この世の中には俗に云う『普通の家庭』ではない家族も存在するから、
他人の子供の心配しないで自分の子供を育てきることに全力を注いだ
ほうが良いというのが俺様の結論である。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。そうですね、それぞれの家庭に事情もあり、親の価値観もあり、一概にこれだという正論はないのだと実感します。幼稚園と保育園の特質の違いはあるのが当たり前で、本来の役割が違うと思います。足りない保育園を増やすため、幼稚園まで保育園化を無理やりしようとしている現状が疑問すぎて書き込みをしました。
他の子供の心配までする必要もない・・・というご意見もごもっとも!
ただ、小学校に上がった近所の子供たちを観ているだけでも、育ちに違和感を感じることも多々あり、本当にこれでいいのか・・・という思いも自然とこみ上げてしまうのです。

お礼日時:2017/06/27 12:35

広く意見を聞いてみたいと思われたのであれば答えはもうお持ちだと思います。


人それぞれ、環境それぞれ、事情それぞれなのです。

ただ私が思うのは今の日本社会は保育所を増やすことに躍起になっている気がします。
それは大きな間違いであり、保育所に預けなくてもいい労働体型を作り上げていくことが正しいと考えています。
もともと保育所とは保育に欠ける子どもが避難的措置で入る福祉施設です。
共働きだからどんどん入所というのはどうしてもおかしな社会だと感じてしまいます。

しかしながら育児に関する環境は悪化する一方です。
物事を決定する年功序列の上の方のお偉いさん方は自分が子どもの頃の感覚で政治や決定をしています。
現実は孤立し支援が消えていく中での育児となってしまっています。
頼れるところが保育所しかないなんて家庭も急増しているのも事実です。

もう1つ専業主婦は共働きに対しストレスが2倍以上貯まると言われています。
支援がなくストレスもたまる一方で質の高い育児ができるかと聞かれるとそれもまた疑問です。

要はバランスでしょう。
国のトップたちでさえこのバランスを上手に作る、またはそのための事実を直視する力量がなくなったのが一番の問題です。
逆に言えば子育て、若い世代が投票に行かず政治から無視されているのが第二の原因です。
豊かな子どもの成長環境を整えるには個人ではどうしても限界がすぐきます。
やはり社会全体でもっと育児と次世代、育てる人たちのことをもっと考え尊重する必要があると私は思います。
子どもは国の宝、国の唯一資源は人材というのなら。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。私が話を広げられなかった国の体制の問題まで示唆を含めた分かりやすい見解を頂き、私自身も共感をする部分が多く、回答に感謝いたします。
私も日本の子育て支援の方向性や保育園を増やせばいいのか?という点にかなり問題を感じています。国の体制が整えるべき方向性は、本来は子供のためを思うならば、例えばですが、せめて産後3年は母親が安心して育児を選択しやすくなる環境をと問えることだと思います。産後3年は職場を離れても、その後安心して復帰できる職場環境の強化、産後すぐに躍起になって保育園を探さなくても母子が乳幼児期に一番必要な1対1の愛着関係をじっくり築ける時間を保証すること。共働きしなければ厳しくなる子供の将来の教育費問題の支援を強化するなど・・・言葉足らずになりますが、そういった支援の方向性に目線を変えなければ、今のやり方では子供のための支援に本当になっているのか?と、何か違うと感じずにはいられないのが母心です。そして子供を育てるのが親だけの責任とあれば、経済状況からも苦しくなる親子が増えていくのだろうなと現代の難しさも感じています。

お礼日時:2017/06/28 12:10

同じことを常々思っています。


本文で書かれていることすべてに同意ですが、本文に書かれていることにより、質問者さまが聞きたかったこと以外の回答が寄せられてしまった事が残念ですね…
タイトルの「幼稚園と保育園の同一化」について、私の考えを書かせていただきます。


年長の末っ子が通う幼稚園が、今年度からこども園に移行しました。
未満児は未満児のクラスが新設されましたが、以上児クラスは今まであったクラスのままです。
平日(月~金)の8時半~14時までは、1号(幼稚園部)も2号(保育園部)も混合のクラス編成で過ごしています。
3号(保育園部未満児)も、この時間帯は、0歳クラス、1歳クラス、2歳クラスと別れて過ごしています。
2号のお子さん、3号のお子さんは、週6(月~土)の7時から20時まで預けることができますが、
1号の子がいない時間帯(平日の8時半までと14時以降、土曜日)は、未満児クラス、以上児クラスの2グループに分かれて過ごしているようです。

私が住む地域では、保育料が最高額でも6万円程度と安く、
同じ教育を受け、長時間預けている2号の方が、短時間しか預けられない1号よりも保育料が安いのが納得いかない、と、
1号の方の中にはそれを不満に思っている方も多いようです。
また、先生方の勤務体制が変わり(早番、遅番、休日出勤、代休などができた)、
先生方の負担も増えたことから、理由のよくわからない1号のみの休園日が増えました。
こちらも、1号の保護者の中には不満に思っている方が多いです。
2号3号の方は保育料に給食代とおやつ代が含まれるのに、1号は保育料とは別に給食代が請求されます。
その給食代も、夏休みなどの8月も払っている(年間の給食費を12で割ったためと説明がありました)のに、夏休みの預かり保育を利用し給食を注文すると、1食いくらで別途請求が来るのも納得がいかないという不満も聞きます。
ちなみに、こども園に移行するにあたり、給食代が値上がりしました。
預かり保育代も、今までよりも1.5倍に値上がりしました。
この預かり保育代も、2号3号は保育料に込みなのでかかりませんが、1号は別に請求が来ます。

幼稚園からこども園に移行して、幼稚園に通っていた1号にとっては、何のメリットもありません。
むしろ、保育料が高くなり、給食費も値上げ、預かり保育代も値上げ、今まで保育料に込みだった諸々の課内活動が別途実費請求になり、
先生方の負担を減らすためにと休園に協力を求められ、デメリットばかりです。

幼稚園だった時は、教育方針や理念に共感して入園を決めた、価値観が似ていた保護者ばかりだったのが、
こども園になったことで、市から振り分けられて入園してきた、園に不満はあるけどやむなくというかたも増え、
これまでのアットホームな雰囲気の幼稚園が、ギスギスした雰囲気になりつつあり寂しさも感じています。



私は、子どもが幼稚園に行っている時間帯だけのパートですが保育士をしています。
勤務園も、数年前にこども園に移行し、2号3号の多い中に、各学年数人の1号の子が入園されましたが、
正直、長時間預けられている子に合わせたカリキュラムの中、4時間で帰宅してしまう1号の子は、経験不足から、友達との人間関係、活動面でどうしても他の子に比べてうまくいかないことが多いです。
正直、大勢の保育園部の中に、少人数の幼稚園部の子が入るのも大変だし、
逆に、大勢の幼稚園部の中に、少人数の保育園部の子が入るのも大変で、
幼保一元化…こども園を増やすという事が、果たして良いことなのか、疑問に感じているところです。

幼稚園には幼稚園の良さがあり、保育園には保育園の良さがあるのに、
それを一緒にしたことで、どちらの良さも中途半端になって残念な結果に終わってしまうのではと懸念してます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。同感で私の伝えたかったこと、意見を求めたかったことに的確に回答下さり感謝いたします。本当に同感で疑問ばかりがふくらみます。
幼稚園は本来、特質や園長先生の考え、園の雰囲気などをプレ保育などで体感したり、説明会に行くことで自分の子供に合った価値観の合う園を選び、入園をさせる方が多かったと思います。なぜなら、あくまで保育だけのためではなく、小学校に上がる前の教育機関として親も考えているからです。それと保育園との役割は根本的スタートが違うと感じます。保育園には独自の必要性があり、家庭の事情で保育を本当に必要とする親が必要に応じて利用される分には賛成で異論はありません。ただその本来の必要性がぶれてきているように感じるのと、親が苦労するのを避けている部分もあるように見受けられる人もあるのが残念です。保育園と幼稚園とは根本的に親の必要性や求める機関がまるで違うと思うので、同一化するのは何かが違うのではないかと。幼稚園の特質、保育園の特質を生かしたそれぞれ別の機関として、今後も個々に役割を担っていくべきだと感じます。こども園になることで、園の特質があいまいになり、不安定さ、保育の質の低下など、あらゆる問題が見逃されたまま進められているのが心配です。

お礼日時:2017/06/27 12:22

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!