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どうせ死ぬなら、所どころ適当でもいい気がしますが・・・。

A 回答 (24件中1~10件)

人生は楽しむためにあるのです。

ですから、死ぬときまで、楽しめばいいだけです。ラーメンの選択肢、味噌だろうが豚骨だろうが、適当でもいいんです。どちらも楽しめますから。仕事だって、サラリーマンになろうが、自営業・経営者になろうが、適当でいいんです。どちらでも、成功の可能性は、大で、一生懸命、ポジティブ思考で取り組めば、十分仕事を楽しめますから。
まぁ、普通のこと、普通の楽しい人生を送るだけです。
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結局、最期は死ぬ「から」、人は一生懸命に生きる

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どうせ死ぬから良いんじゃ無いですか♬(o^^o)



どんなに世を儚んでる人も、どんなに悪タレを吐きながら極悪非道に生きてる人も、人間の本質って魂を磨きながらおのれを向上させることが大好きな生き物なのだと思いまずよ。

この地球上にリアルなRPGの主役になってゲームをしして遊びながら、ついでに自分の気がすむまで何度も何度も生まれ変わり、ピンからキリまでの色んな立場の人間の気持を理解し、患難辛苦や、喜怒哀楽を知り、魂磨きをしに来る……。
それが人間の生き甲斐なのかも。
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「所どころ適当」は良いと思います。

それくらい力を抜く暇は必要でしょうから。

ただ、誰もが生まれてくるまでに「とつきとおか」は掛かっていて、誕生まで、そしてこの世に誕生してから今に至るまで、いろいろな人に支えられて育てられて生きてきたのだと思います。労力だけでなく、心や思いなども含めて。


自分の命は勝手に生まれて育ったのではなくて、事情はそれぞれにあると思いますが、「親から授かった命」であることと、育っていく中で周りの人たちに支えられてくることを考えると、命も生きることも粗末に扱って良いものではないとも感じます。


それなのに、【あっけなく失われることがあるのも命、人生】だと思います。


失いやすいからこそ命を大切にする、一生懸命に生きるというのは、それまでの背景を考えても当然のような気がします。
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誰だって死ぬんです。


ゴールみたいなものです。
だったら、そこまでの道中は楽しい方がいいよね?
充実していた方がいいよね?
要は、生き方の問題ですよ。
テキトーな生き方しかできない人は、テキトーな死に方しかできないってこと・・・
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どうせ死ぬなら、思い通りの死に方が出来るように、


苦労したり努力もします。
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どうせ死ぬなら、納得した人生を生きたいから一生懸命なんです。

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どうせ死ぬから私はぐうたらしています。

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権力者が今の社会を支配しやすい様に働かないと生きられない


一生懸命生きないと、食べられない社会にしたからです。
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どうせ死ぬからこそ、欲を満たしたいと思います。


そして人間には「死ぬ」以外の未來は断定出来ないですから、、
どんな事が待っているかわからない
どんな自分でいるかわからない
どんな死に方かわからない
いつどこでどうなるかもわからない
だからこそ私は私にとって最善の人生を歩みたい。
死ぬ時に、この人生において後悔が多く残ってもそれは死んでしまえば無くなってしまうというのに、死の直前に嫌な気持ちになりたく無いです。

死ねば私の今までが、私にとって失われると分かっているからこそ、良い最期でありたいんです。
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