先月、祖母が亡くなり、葬儀をしたのですが、出棺のときに「三途の川を渡るためのお金」ということでお棺の中に600円を入れました。
この600円というのは本物のお金ではなく、葬儀場が用意した、この世では通用しないお金です。

「三途の川にお金がいる。」というのは漠然と聞いたことはあったのですが、なんで600円なんでしょうか?
ネットである程度は調べてみましたが、いまいちつかめません。
この分野には全くの無知なもので、ご存知の方教えて下さい。

A 回答 (4件)

まず、三途の川の渡し賃というのは六文と古くから言われていて、江戸時代頃は一文40円~50円くらいと言われていますが、葬儀屋さんが一文100円と考えたんでしょうね。


また、本物のお金でないというのは、実は法律の問題で、今は貨幣に傷をつけると貨幣損傷等取締法違反となってしまいます。
これで一年以下の懲役又は20万円以下の罰金となりますから、この世では通用しないお金とごまかして、使っています。
ちなみにこの法律が施行される前は、実際にお金を入れていたそうです。

さらに深く考えますと、三途の川の渡し賃の六文は、六道銭とも言われています。
なぜ、三途の川の渡し賃に「六道」の考え方が用いられたのか、その根拠は定かではありませんが、六道と六地蔵にそのヒントがあるようです。
仏教の世界の考え方として、あの世とこの世を行き来できる唯一の存在として地蔵菩薩がいます。
地蔵菩薩の中には、六道それぞれにリンクする六体の地蔵菩薩を並べて配置し、これを一まとめに「六地蔵」と呼ぶ例があります。六地蔵は一体毎に六道の1つ1つを守護する存在であり、善光寺(長野県長野市)の三門の手前右側にも六地蔵が安置されています。

六地蔵の存在が物語る様に、昔の人々の間には死後の最初の行き先であろう六道に対する意識が非常に強く、これが「死者に六道の数にあった銭を持たせれば清く成仏できる」という考え方に発展し、「六道銭」ができたようです。

ちなみに、三途の川のほとりには衣領樹(えりょうじゅ)という大樹があり、その下に奪衣婆(だつえば)、懸衣翁(けんえおう)という鬼形の姥と翁がいて、姥は三途の川の渡し賃(六文銭)を持たない亡者が来れば、その衣服を奪い取り、それを翁が受け取って衣領樹の枝に引っ掛けます。そして、亡者の生前の罪の軽重によって枝の垂れ方が異なります。

あと、参考までに

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa222656.html
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
なるほど~。と思いながら読ませていただきました。
勉強になりました。少し謎が解け、すっきりしました。

お礼日時:2008/05/14 16:31

六文銭、もしくは六道銭とも言うようです。


穴の開いた一文銭を6枚、頭陀袋に入れるのが一般的だと思います。
No.3の方の回答にあるように、法律の問題と、
火葬場の炉が傷まないように、
紙に印刷されたものを使用することが多いと思います。
(メガネなども炉が傷むので火葬のときはお棺にいれません)

また、あの世へ渡る川の渡し賃として
ヨーロッパでもお札を入れるところがあるようです。

下記URLの17が参考になるかと思います。

参考URL:http://www3.ic-net.or.jp/~yaguchi/sougi/sougi1.HTM
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
URLがとても参考になりました。いろんなしきたりなどがあるんですね。よく読んで勉強したいと思います。

お礼日時:2008/05/14 16:34

昔は六文(六道輪廻ということでしょうが。

)でしたが、それで600円ということにしたのでしょう。(別に600円と決まっているわけではありません。)
ちなみに真田家の旗印の六文銭は三途の川の渡し賃を旗印にしたものです。(死に物狂いで戦い戦死しても悔いはないということでしょうか。)
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初めて聞いたな


本来は六文銭なのだが今は無いから600円で代用したのかも
紙に六文銭と書いて入れる場合ある
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「三途の川にお金がいる。」というのは漠然と聞いたことはあったのですが、なんで600円なんでしょうか?
ネットである程度は調べてみましたが、いまいちつかめません。
この分野には全くの無知なもので、ご存知の方教えて下さい。

Aベストアンサー

まず、三途の川の渡し賃というのは六文と古くから言われていて、江戸時代頃は一文40円~50円くらいと言われていますが、葬儀屋さんが一文100円と考えたんでしょうね。
また、本物のお金でないというのは、実は法律の問題で、今は貨幣に傷をつけると貨幣損傷等取締法違反となってしまいます。
これで一年以下の懲役又は20万円以下の罰金となりますから、この世では通用しないお金とごまかして、使っています。
ちなみにこの法律が施行される前は、実際にお金を入れていたそうです。

さらに深く考えますと、三途の川の渡し賃の六文は、六道銭とも言われています。
なぜ、三途の川の渡し賃に「六道」の考え方が用いられたのか、その根拠は定かではありませんが、六道と六地蔵にそのヒントがあるようです。
仏教の世界の考え方として、あの世とこの世を行き来できる唯一の存在として地蔵菩薩がいます。
地蔵菩薩の中には、六道それぞれにリンクする六体の地蔵菩薩を並べて配置し、これを一まとめに「六地蔵」と呼ぶ例があります。六地蔵は一体毎に六道の1つ1つを守護する存在であり、善光寺(長野県長野市)の三門の手前右側にも六地蔵が安置されています。

六地蔵の存在が物語る様に、昔の人々の間には死後の最初の行き先であろう六道に対する意識が非常に強く、これが「死者に六道の数にあった銭を持たせれば清く成仏できる」という考え方に発展し、「六道銭」ができたようです。

ちなみに、三途の川のほとりには衣領樹(えりょうじゅ)という大樹があり、その下に奪衣婆(だつえば)、懸衣翁(けんえおう)という鬼形の姥と翁がいて、姥は三途の川の渡し賃(六文銭)を持たない亡者が来れば、その衣服を奪い取り、それを翁が受け取って衣領樹の枝に引っ掛けます。そして、亡者の生前の罪の軽重によって枝の垂れ方が異なります。

あと、参考までに

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa222656.html

まず、三途の川の渡し賃というのは六文と古くから言われていて、江戸時代頃は一文40円~50円くらいと言われていますが、葬儀屋さんが一文100円と考えたんでしょうね。
また、本物のお金でないというのは、実は法律の問題で、今は貨幣に傷をつけると貨幣損傷等取締法違反となってしまいます。
これで一年以下の懲役又は20万円以下の罰金となりますから、この世では通用しないお金とごまかして、使っています。
ちなみにこの法律が施行される前は、実際にお金を入れていたそうです。

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Q三途の川は誰でも見るの?

私は16年ほど前に持病が悪化して死にかけました。
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私は、三途の川ではなく、「銀河鉄道」でしたね。

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 まず「三途」とは地獄・餓鬼・畜生の世界のことです。地獄は火で焼かれるから「火途(かず)」、餓鬼は刀で責められるから「刀途(とうず)」、畜生はお互い食い合うから「血途(けつず)」、総称して「火血刀(かけつとう)の三途」といいます。

 さて、「三途の川」という概念ですが、これは本来は仏教、というか古代インドの死生観に基づくものではありません。日本で仏教思想に基づく死生観に大きな影響を与えた恵心院源信の『往生要集』にも、その名は表れません。
 偽経(ぎきょう:仏教経典の体裁を借りた支那・日本などで編纂された経典。多くは道教・儒教などの思想に基づく内容)のひとつである『地蔵菩薩発心因縁十王経』に、三途の川の観念が登場します。
 
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 いずれにしろ三途の川は仏教に基づくものではないですが、日本人の他界観と一致するものが多かったので民衆化した死生観でしょう。

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 さて、「三途の川」という概念ですが、これは本来は仏教、というか古代インドの死生観に基づくものではありません。日本で仏教思想に基づく死生観に大きな影響を与えた恵心院源信の『往生要集』にも、その名は表れません。
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Q「三途の川の渡し賃は6文」は何が根拠ですか

今週の木曜日、賞金クイズ番組を見ていたら、「三途の川の渡し賃はいくらか」という問題がありました。答えは6文(天界、人界、餓鬼道など6つの世界の担当者に1文ずつ払わなければいけないから)だったのですが、そんな言い伝えは聞いたことがなかったのですが、何が根拠なのでしょうか。

Aベストアンサー

こんにちは。

これは六文銭、あるいは六道銭とも呼ばれる習慣で、結構一般的です。#2の方も書かれているように、現在は(金属は火葬に適さないため)紙に印刷されたものを棺に入れていますね。名前からして、穴あきの寛永通宝が一般化した江戸時代以降に一般化した風習のようです。

もともとは、六道のお地蔵さんにひとつずつ渡せるよう死人に持たせたのでしょう。六道というのは天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の六つの世界で、成仏しなかったものはこのうちのどれかの世界に生まれ変わるという考えから、どこに生まれてもいいようにそれぞれの世界を見守る地蔵さんにいわばお賽銭を持たせたわけです。(お墓へ行くと、よくお地蔵さんが六体ならんでいますよね)

地蔵信仰は平安時代の末ぐらいからありますが、六道銭の記録は近世のものしかありません。恐らく、このお金を「三途の川の渡し賃」と俗に言うようになったことがきっかけで、近世になって急激に広まったのでしょう。
本当に渡し賃ならば一文でも三文でもいいはずですからね。(枕団子を六つ作るなど、葬儀前後の民俗にはこの「6」という数字が沢山でてきます)

専門的には、紙銭を燃やす中国の風習が伝来したもの、という説を唱える人もいますが、かつての貴人の古墳に鏡を入れた伝統が金属である小銭を入れる風習となって残り、やがて仏教的に解釈されてこれが6つとなり、さらに「三途の川の渡し賃」といわれるようになって広まった、という説に説得力があります。

基本にある民俗的な習慣と表面に見える仏教的なものが混交しているわけで、特定の角度から見ただけでは割りと分かりにくいのが仏教の習俗の特徴ですね。

こんにちは。

これは六文銭、あるいは六道銭とも呼ばれる習慣で、結構一般的です。#2の方も書かれているように、現在は(金属は火葬に適さないため)紙に印刷されたものを棺に入れていますね。名前からして、穴あきの寛永通宝が一般化した江戸時代以降に一般化した風習のようです。

もともとは、六道のお地蔵さんにひとつずつ渡せるよう死人に持たせたのでしょう。六道というのは天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の六つの世界で、成仏しなかったものはこのうちのどれかの世界に生まれ変わるという考え...続きを読む


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