■濃い味の「秋新」、さっぱりとした風味の「夏新」
「新そば」といえば、10月から12月頃に見かける「秋新(あきしん)」を思い浮かべる人が多いだろう。一方、ここ数年で「夏新」という文字を目にする機会も増えているようだ。その実態はどのようなものなのか。
「『夏新』は『秋新』と品種が異なり、味も違います。『秋新』はそば本来の味が濃く、香りも豊かです。それに比べると、『夏新』はさっぱりとした風味です。昔は“物足りない味”という印象をもたれていたため、『秋新』の陰に隠れていたのでしょう」(片山さん)
歴史をさかのぼると、江戸時代から出回っていたという「夏新」。
「もともと『新そば』とは、『秋新』だけを指す言葉でした。それと比較すると『夏新』は味が薄く風味が弱いため、『新そば』とはよばれていなかったのです。『夏のそばは犬も食わない』という言葉があるほど、江戸っ子は首を長くして『秋新』が出るのを待っていました」(片山さん)
「夏新」は昔から涼しい土地で栽培されている。現在の主産地である北海道でそばの生産が栄えたことをきっかけに、「夏新」が広く市場に出回るようになったという。
■夏新を食べるなら7月から9月のそば屋へ
味の評判だけを聞くと、やはり「秋新」だけを「新そば」とよぶのがよい気が……。しかし片山さんいわく、「夏新」ならではの魅力もあるとか。
「最近は『そば』自体の品種改良が進んでいます。冷蔵の技術が進化したこともあり、『夏新』もおいしく食べられるようになっています。『薄味』という特徴が、さっぱりとしたおいしさが求められる夏場にマッチし、歓迎されているのです」(片山さん)
食欲が衰退しがちな夏場には、食べやすい「夏新」がぴったりなのだろう。では、「夏新」を食べたい時にはどこに行けばよいのか。
「7月から9月になると、多くのそば屋で『夏新』が使用されています。店頭に『新そばはじめました』と掲げているお店もあるので、狙って入ってみましょう。東京都世田谷区の千歳船橋にある『そば一仁(いちじん)』、長野県長野市の戸隠(とがくし)にある『戸隠日和(とがくしびより)』が特におすすめですよ」(片山さん)
長きにわたり「秋新」と比較されてきた「夏新」。品種改良や冷蔵技術向上の結果、現在では「夏の味覚」として「秋新」とは異なる魅力を発揮している。「新そば」を楽しむ時には、「秋」と「夏」の両方を食べ比べてみてはいかがだろうか。
●専門家プロフィール:片山虎之介(→日本蕎麦保存会jp)
「日本そばの食文化を守る」という信念でスタートした「日本蕎麦保存会jp」の編集長として、そばに関する情報を発信。「蕎麦鑑定士」や「蕎麦のソムリエ」の資格を認定する講座も運営している。
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