■高齢になるほどけがや病気をするリスクは上昇
高齢者が入院したとたん、急に老け込み身体機能が低下したり認知症を発症したりする理由を聞いた。
「一つめの理由は長時間の安静対応です。人は日常生活を通じて体や頭を使っているため、身体機能や知的能力を維持できるのです。使わなければ機能が衰えることは自然で、健康な人でも数日間寝込むと体力が低下します。高齢者はさらに速いスピードで足腰が衰えるなど体力が低下し、数日間寝込むと筋力が数十%衰えるというデータもあります。医師に治療方針や状態の予後予測をしっかり確認しましょう」(高橋さん)
予後予測とは要するに、生命的に、機能的に、そして社会的に今後どうなっていくかを予測することである。リハビリを実施してくれるのか聞いておくことも大事だという。
「二つめの理由は環境の変化によるストレスです。私たちは時間、場所、人の中に自分を位置づけ、記憶しながら生活を送っています。住み慣れた場所や、なじみの人との関係性などがあることによって、人は『安心』できるのです。しかし、入院することでなじみない場所や病院職員たちに囲まれ、不安な気持ちが芽生えます。高齢になると環境変化への適応に時間がかかるため、できるだけ家族が面会に行ったり、本人になじみ深いものを持ち込んだりすることで安心感を与えましょう」(高橋さん)
入院による高齢者へのストレスは、我々の想像以上のようだ。
■入院することでせん妄(もう)が現れることも
入院後のストレスに端を発し、症状が悪化することがあるそうだ。
「環境変化によるストレスから混乱を生じ、『せん妄』という症状が出現することがあります。せん妄とは高齢者に多く発症する一種の意識精神障害です。突然暴れる、意味不明なことを口走る、妄想や幻覚などが出現するといった症状が特徴です。せん妄を落ち着かせるために向精神薬を使用することがありますが、さらなる身体機能低下や認知症を発症させることがあります」(高橋さん)
せん妄を抑制するために、身体拘束を行う場合もあるという。
「一時的な混乱やせん妄のために身体を拘束することもありますが、動けなくすることで機能が衰える、意欲がなくなるといった症状が現れる場合があります。身体拘束を実施する際には、病院側から家族に理由や方法、期間などの説明がありますが、身体拘束をできるだけ実施しないために病院側が工夫している点について聞いておくのがおすすめです。点滴時など、家族が傍らで見守るなどの工夫や協力をすることで、一時的に身体拘束をしなくて済む場合もあるでしょう」(高橋さん)
転倒の危険性が高い高齢者を「転ばせないために」という理由で、身体拘束をしている事例もあるようなので病院側の対応方針についてあらかじめ知っておきたい。
■本人の生活習慣を取り戻すことが重要
入院中に何でもやってもらう受動的な生活も、よくないようだ。
「具合が悪いときには介助を受けることは仕方ありませんが、調子がよくなってきても受動的な生活を続けていると、できていたことができなくなる可能性があります。『○○しよう、○○したい、○○しなきゃなあ』といった、活動への必然があるから人は行動するのです。自分のことは自分でする、時には人に助けてもらう、反対に自分が誰かの助けになる、家族や友人と交わる、外の空気を吸う、閉じこもらずに太陽の光を浴びる。そんな普通の暮らしを送ることが重要になります」(高橋さん)
可能な限り本人の生活習慣を取り戻せるようにすることが、元気への礎になるということだ。
「万が一、入院をきっかけに介護が必要になったり、認知症を発症してしまったりした場合には、地域包括支援センターや介護施設、また介護経験がある知人や友人に相談することも大切です。専門機関の紹介や、適切なアドバイスをしてもらえ、解決策を提案してくれるでしょう。家族だけで抱え込んではいけません」(高橋さん)
介護はされる側もする側も非常に大変だ。周囲に協力を求めることでよい結果につながる可能性も高くなるのだろう。
超高齢化社会の日本では、今回紹介したようなケースが今後も頻発するものと思われる。決してひとごとではなく、誰にでも起こりうる事案なだけに、もっと多くの人が高齢者への見識を深める必要がありそうだ。
●専門家プロフィール:高橋 秀明(たかはし ひであき)
社会福祉法人 穏寿会 特別養護老人ホーム「裕和園」入所サービス課課長。千葉市緑区の四季を感じる豊かな自然の中に、昭和62年4月に開設したベッド数181床の大規模施設。
敷地内には診療所(内科)・老人保健施設・ケアハウス・グループホーム・地域包括支援センター等の施設が立ち並び、誉田・高田地区における高齢者医療・福祉の拠点になっている。